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直江状から始まる関ケ原  作者: fanboy
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承兌(ほぼ内府)からの手紙

秋の歴史2022フェアがやっていたので、初投稿です。お手柔らかにお願いします。

自分的に歴史と言ったら戦国時代。戦国時代で手紙と言ったら……まあ、直江状と信玄のラブレターと幸村の愚痴しかないか。と思って衝動で書き上げました。


IF戦記は一応です。そこまでいくか分かりません。

―― 慶長5年(1600年) 4月1日 会津


「内府、いや狸めっ!!」


直江兼続(なおえかねつぐ)は怒っていた。

上杉家を陥れ、屈服させようとしてくる内府、すなわち徳川家康(とくがわいえやす)に対して。

上杉景虎(うえすぎかげとら)が謀反を起こしたときでさえ、ここまで怒りを覚えることはなかった。

兼続の今までにない激情に、評定の間に居た上杉家家臣団はとても驚愕していた。

しかし、彼らには兼続がここまで怒る理由も分かる気がした


兼続の手には一つの書状が握られていた。

それは家康の家臣・西笑承兌(さいしょうじょうたい)が兼続宛で送ってきた手紙である。

恐らくその書状の内容を実際に師事したのは家康であろう。と、諸将のほとんどが考えていた。


家康は天下人・豊臣秀吉(とよとみひでよし)の死後、後を継いだ豊臣秀頼(とよとみひでより)が幼いのをいいことにして、秀吉の遺言に背き政治の主導権を握って勢力を拡大していた。質の悪いことに秀頼の威光を借りながら。

家康との政争に敗れた石田三成(いしだみつなり)浅野長政(あさのながまさ)ら官僚は失脚し、家康と同じ五大老の前田利長(まえだとしなが)も権力を失ってしまっている。

そして家康は五大老の一人・上杉景勝(うえすぎかげかつ)も失脚させようとしている。景勝こそが兼続とここにいる諸将の主君であり、名門上杉家の当主だ。

彼が失脚するということは仕える家臣団にとっても一大事。万一領土没収などとなったら、ここにいる者のほとんどが地位も財産も失ってしまう。

ここにいる程の者たちなら他家に再仕官することも可能だが、低い身分の武士は違う。

諸将も自分達の家臣と家のため、屈する訳にはいかないのである。


それは兼続も同じ。

というか、そもそも兼続は家康と言う人物が嫌いだった。


初めて見たときには、「太っている」と思った。

所謂中年太りと言うやつだが、兼続が憧れていたのは、筋骨隆々で逞しく身体から熱が溢れる故・上杉謙信(うえすぎけんしん)のような人物だ。

兼続としては生理的に受け付けなかったのだ。


それに謀略で人を嵌め、弱者を脅して自分達の利益を追求するところも、兼続が掲げる「義」の精神に反していた。

詰まるところ、兼続と家康という人物は人間的にまったく合わなかったのだ。


「落ち着くのだ、兼続。書状を叩きつけるな」


表情の間に凛とした声が響き渡った。

広間の一番奥に座する、巨体を持ち精悍な顔つきの男の声。体が細く整った顔つきの兼続とは正反対のような人物だ。

彼こそが上杉景勝。

米沢を中心に奥羽に120万石を有する大大名・上杉家の当主。

ここにいる者たちの主だ。


景勝はいつも通り、一人冷静だった。

その低い声に一同は一瞬で平静を取り戻した。

ただ一人を除いて。


兼続は「ぬあぁぁ!!」と、叫んで憤慨し畳に投げつけた書状を足で幾度も踏みつける。


「狸め!狸め!狸め!うどんと一緒に大鍋で煮込んでくれるわっ!!」


「落ち着くのだ、兼続。書状を踏むな。書状を拾うn……それはいいか。おい、書状を破るな。私も読むのだぞ」


「っはッ!!……申し訳ありませぬ。少々取り乱してしまいました」


そう言って兼続はいつもの涼やかな調子に戻る。兼続の後ろにいた武将は座った兼続を見て思った。「今のが、少々……?」

景勝は表情を変えずに兼続から受け取った書状に目を通した。


書状を読み終えた後も、その顔は揺らぐことはなかったが、一部の家臣は確かにその目が天を仰いだのを見た気がした。


「内府は、我らの謀反を疑っておられる」


広間はしんと静まり返った。

諸将の予想していた通りであった。家康は上杉家の牙を抜くために謀反の疑いをかけ、領土を没収するつもりだ。


「そして、大坂まで来て釈明するようにとのこと」


「「「行ってはなりませぬ!!!」」」


兼続含めて、多くの家臣達が同じ言葉を口にした。

それは景勝も分かっていた。

かつて前田利長がそうだったのだ。母を人質に出し、自らが大坂城に居る秀頼と家康に釈明に行ったところ、前田家は服従を余儀なくされ、今は諸大名の調停役という立場すらも失っている。

景勝が行けば上杉家もそうなることは、誰の目にも明らかだった。


「殿、先ずは全員が手紙の詳細を知る必要があるかと」


重臣の千坂景親(ちさかかげちか)が口を開いた。先代・上杉謙信の時代から上杉家を支えてきた名将である。

景勝はその言葉に頷くと、傍に控える小姓に書状を声に出して読ませた。


「景勝卿の上洛が遅れていることについて、内府は大変不御審をお持ちであります。上方では良くない噂が流れておりますので、そちらの領国の米沢に使いを下しました。武器を集め、神指原に新城を作ったり、越後河口に橋を造ったりするのは特によくありません。景勝卿がそう思っても山城守(兼続)が進言しないのは慢心であり、内府の御不審もごもっともです」


小姓の凛とした声から「内府」という言葉が出るたびに、兼続の眉毛がピクリと動く。

小姓はそれに気づかないふりをして続きを読んだ。


「一、景勝卿に謀反の心が無ければ神社の起請文で弁明するのが内府の御意向です。一、景勝卿が律儀であるのは太閤様(秀吉)以降家康様もよくご存じです。釈明が認められれば問題はないでしょう。一、隣国の堀監物(かんもつ)(堀直政)が再三謀反の報告をしているので内府もお疑いです。しっかりとした謝罪がなければ釈明も認められないでしょう。お気を付けください」


「監物かっ……」


家臣の一人が声を上げた。

監物とは、上杉家が領する陸奥国の隣にある、越後国を治める堀家の家臣である堀直政(ほりなおまさ)の通称だ。

直政は亡き豊臣秀吉に、兼続・小早川隆景と並んで天下の三陪臣に数えられた名宰相である。

ライバルに訴えられたことが、兼続が怒り狂った理由の一つでもある。

既に兼続は「監物めぇ!!」と怨念のこもった声で叫んでいる。


それに堀家が治める越後の国は、古くから上杉家――細かく言えば長尾家の領土であった。

長尾家は鎌倉時代からある名家で、室町時代に関東管領・上杉家の家臣として越後国に根を張っていた。


上杉謙信――長尾景虎は、50年前に病弱な兄から長尾家を継いだ。

景虎が当主になってから、長尾家は義のために戦った。

周辺諸国で助けを求める諸国人に加勢し、弱きを助け、強きを挫く。

それは景虎の意志でもあったし、残虐の限りを尽くした父・為景の行いへの償いでもあったのかもしれない。

景虎は自分の利益を優先せずに、困窮する国人を助けて戦った。

彼の義は認められ、主筋の上杉家を継いで、その後も関東を簒奪した北条家、信濃を侵略する武田家と戦い、彼らに苦しめられる大名家をいくつも救った。

いつしか彼は出家し、謙信を名乗った。

その名前と全ての戦いは、この広間にいる全員の心の中に残っている。


それは兼続も同じ。

景虎と彼が行った義の戦は、兼続の憧れであった。

そして今兼続は、家康と直政に対する不平不満時々悪口を声高に叫び、諸将に取り押さえられながら畳で悶えている。

「これが……義?」と、一人の家臣は思った。


つまり、越後は古くから上杉家の領土だが、秀吉に加増転封されたので上杉の領土は増えたけど、縁もゆかりもない陸奥に領土替えされたから悲しい。その後入ってきた堀家は羨ましい。いいなあ。という話である。


「落ち着くのだ、兼続。畳に爪を立てるな。児島に齧りつくな。小姓が困っておる」


「っはッ!!……申し訳ありませぬ」


「続けろ」


「はっ。一、この春、肥前守(前田利長)が謀反を疑われましたが、釈明したことで許されました。そのことを是非教訓となされるべきです。一、増田右衛門長盛と大谷刑部吉継が京におられますので、釈明は両人にお伝えください。一、元はといえ景勝卿の上洛が遅れているのが原因ですから、一刻も早く上洛されるように、上洛を止めているあなた(兼続)が勧めてください」


「遠まわしに私が悪いと言っているではないかぁ!!」と、兼続は悶える。

相変わらず落ち着かない兼続に、小姓は汗をかいて狼狽し始めたが、最後の一息とばかりに続けた。


「一、上方では会津で武器を集めていることや、道や橋を造っていることが問題とされています。家康公が景勝卿の上洛を待っているのは明・高麗へ降伏するように使者を使わしているからです。降伏しなければ来年か再来年かに軍勢を出すことになります。その相談もありますので、早く上洛して直接釈明されるべきです。一、愚僧と貴殿は数年来親しくつきあってきましたから現状が心配です。会津の存亡、上杉家の興廃が決まる時ですから、熟慮が大切です。これは全て使者の口上にも含まれています。頓首」


「朝鮮のことまで持ち出してきたか……」


景勝がポツリと口にした。

秀吉は晩年、朝鮮に出兵を始めた。秀吉の死で日本軍は撤退したが、未だ日本と明・高麗(朝鮮)の間では和睦が結ばれていない。

しかし、おいそれと上洛すれば結果は目に見えている。


「どうしたものか……皆、意見を述べてみよ」


広間にいた諸将は各々の考えを景勝に語った。黙殺するべきというのがほとんどで、中には徹底抗戦し、家康を倒すべきだという意見もある。

しかし、本来従うべき秀頼は家康の手の内にあり、今の上杉家には「義」がない。それが景勝の悩みの種だった。

今の上杉家と同じだったからこそ三成も長政も利長も、家康に敗北したのだ。


「上方に遠い我らでは如何ともし難い……」と、この時初めて、景勝は自らの境遇を恨んだ。

思えば先代の謙信も、京から遠い雪国に産まれたが故にいくら強くても天下を取ることができなかったのだ。

大義名分はなく家康が策を練る間、詳細が分からずに暗闘し続ける必要があった。

それが今天下をその手に掴もうとしている家康との違い。そう景勝は感じた。

既に進退窮まったとも。


しかし、兼続は違った。


「殿、私にお任せください!」


声を張り上げたのはやはり、兼続だった。


「どう熟考しても、家康に義があるなど考えられませぬ。とすれば義なしの家康に代わって大義名分をもつのは我らが上杉!あの腹黒狸めを義の鉄槌で下してやりましょう!」


兼続の顔は今までに無いほど恍惚し、狂気を帯びている。

これこそが怒りと憎しみの力。兼続ら上杉家が今まで避けて通って来た道だ。

ここに兼続はその暗黒面(ダークサイド)の力を引き出した。


全ては自分が謀反の様な事をしておきながら、上杉家に後ろ指を指して陥れようとしてくる家康を倒すため。それは上杉を救うためにも、豊臣を家康の魔手から解放することにもつながる。

決して自分が悪く言われたからではない。きっと、おそらく、たぶん。


「分かった兼続、では何をするというのだ。申せるのならば言ってみよ」


景勝は上座に座し、顎に手をやって兼続を凝視した。

諸将も皆が兼続に目を向け、一途の期待を抱いている。


彼らの期待を受け止め、兼続は微笑を浮かべた。

それこそは上杉家宰相・直江兼続の顔。


「はい、狸は手紙を用いて前田も上杉も貶めようとした。ということで私も『手紙』で対抗します。皆々様方、我がお手並み是非ご拝見あれ」

お読みいただきありがとうございました。

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