28 舞台裏
それぞれが事情を抱え忙しい日々の中、ゆっくり会えないままの王太子とその婚約者は、久々に王宮で顔を合わせることが出来た。
ただし、新年舞踏会に向けてのダンスの練習という場だった。
少し離れていた間に、スタニスワフは以前と雰囲気が変わったようにカトレインには思えた。
「また背が伸びたのでしょうか?」
彼女の言葉に嬉しそうな顔を見せた王太子は、改めて見た婚約者との身長差がそれほど少なくなっていないのに落胆の表情に変わった。
「御令嬢はまだ十四歳で成長期にありますからね。殿下もこの一、二年のうちに成長期を迎えられれば、あっという間に大きくなられますよ」
焦る少年を慰めたのはダンス教師だった。細身で姿勢のいい男性は子供たちに基本の姿勢を取らせた。
「殿下、左手で御令嬢の手を取って、右手を背中に回して。身長差で多少不自然な形になっても構いません。見た目を気にしておどおどするのではなく、背筋を伸ばして堂々となさっていればよろしい」
密着する状況は妙に気恥ずかしかったが、二人は努めて平静を保った。ダンス教師は満足げに頷いた。
「それでは、基本のステップから」
ピアノ奏者がゆったりとした円舞曲を演奏した。それに合わせて王太子と婚約者は踊ったが、まだまだぎこちない動きだった。ダンス教師が手を叩いて演奏をやめさせた。
「殿下、ご婦人は殿方のリードで踊るのです。殿方が迷いながら踊っているとそれに合わせた動きしか出来ません」
彼は失礼と言ってカトレインの手を取った。基本姿勢を取るとピアノ奏者に合図する。音楽が始まるとダンス教師は拍子を取った。
「行きますよ、一、二、三」
彼は軽く流すようにステップを踏んだ。しっかりと上体を保持されたカトレインはその踊りやすさに驚いた。
軽快に優雅に踊るダンス教師と公爵令嬢を見て、スタニスワフは呆然としていた。
踊り終えたダンス教師は呼吸を乱すこともなく王太子の前に立った。
「分かりましたか、殿下」
スタニスワフは沈黙するしかなかった。少年の顔に「無理」という感情を読み取り、ダンス教師は微笑んだ。
「安定しないのは、単純に身長差からくるものです」
揃って気落ちする二人に、彼は目を細めた。
「それも今だけです。目を閉じてください」
王太子と婚約者は言われたとおりにした。ダンス教師は続けた。
「では想像してみてください。一年後、まだ殿下は頭一つ分くらいはお小さいでしょうね。それでは三年後、身長はほぼ同じでしょう。五年後、殿下はすっかり御令嬢を追い越して、誰の目にもお似合いの一対と映るでしょう」
彼の穏やかな声は二人の未来を鮮やかに描き出した。ゆっくりと目を開けて互いを見たスタニスワフとカトレインは夢から覚めたような顔をしていた。
「今はその未来への途中に過ぎません。この身長差で自然に踊れるようになれば、何年か先には国賓を迎えての舞踏会でも恥ずかしくない技術を身につけられますよ」
再度二人を組ませて、ダンス教師は厳しくも丁寧な指導を再開した。
ようやく練習を終えた二人は、奥宮のサンルームで休憩を取った。
「お疲れでしょう。お茶とお菓子がありますからね」
王太子の乳母ロステン夫人が汗を拭く彼らをねぎらった。
「ダンスって大変なんだね。回転するとふらつきそうになるし」
溜め息交じりのスタニスワフに、気の毒そうにカトレインが言った。
「ドレスは嵩張る上に重いですから、スタシェク様に負担を掛けてしまいますわね」
「大丈夫、足腰鍛えればいいんだから」
慌てて何でもないと強調する王太子を見てロステン夫人が笑った。
「最近では宰相様のご子息を始め、殿下とご一緒に勉学や運動に励む方たちで賑やかなのですよ」
「トマシュ様たちですね。運動はグスタフ様が中心になるのですか?」
「うん。すごく力が強いし、銃の扱いも慣れてるんだ。他のみんなも色んなことを教えてくれるよ」
友人を語るスタニスワフは楽しそうだった。いくばくかの寂しさを覚えるカトレインにロステン夫人が言った。
「急なことで公爵家ではご準備に大変なのではないですか」
「母が色々と手を回してくれています。他に父方の叔母たちも何かと気を遣ってくださいますし」
「御一門は親族が多い上に結束力が強いですものね」
王太子の乳母は感心した様子だった。ポニャトフスキ公爵家は多産系の大家族であり、貴族にありがちな愛人を持つことはなく家庭的なことでも知られていた。
「公務の方はジュワウスキ伯爵夫人や王妃様付きだった方たちが力を貸してくださるので心強いです」
「私も、あの方たちにまた王宮でお会いできると思うと嬉しいです」
王妃の存命中を思い出したのか、ロステン夫人は目を潤ませていた。
「ジュワウスキ伯爵夫人が王宮に戻ってくるの?」
スタニスワフも懐かしい人の名を聞いて声を弾ませた。
「はい、そのうちスタシェク様にご挨拶に伺いますね」
「母上のことを聞けるかな」
「ええ」
彼女が自分の侍女として仕えてくれるのは王妃の遺児のためでもあるのだとカトレインは知っていた。
「この王宮も変わっていくのですねえ」
しみじみとロステン夫人が呟いた。それに頷き、よき方向に変わって欲しい、変えていかなければならないと公爵令嬢は決意した。
同じ頃、王宮に併設された王立図書館でポニャトフスキ公爵家の長男エドムンドは派閥の青年たちと情報を付き合わせていた。
「傭兵部隊の襲撃に関してチャルトルィスキ侯爵の関与は立証できないか」
「何しろ用心深い御仁だからな。失敗した時のために何重にも逃げ道を作っている」
「後宮から出たヴェロニカ・ブラウエンシュテットの動きはないのか?」
「それが、殿下の帰還後すぐに倒れて入院中らしい」
「どこの病院に?」
疑わしげにエドムンドが尋ねた。何年も後宮を牛耳ってきた女がそんなにあっさりと退場するとは思えなかった。
「分からない。病状も不明だ」
「…テオドルが一番弱い者から切られると言っていたが」
青年の一人が思い出したように言った。
「後宮であの女の世話係をしていたスコルプコ男爵の姿も見かけなくなったな」
「商用でアグロセンに行ったらしいぞ」
「切り捨てられない者は国外に逃がしたか」
一応国交のあるアグロセンだが、相当の理由がない限り送還には応じないだろう。
「あとはグロースからの続報待ちだな」
手詰まり状態にエドムンドの声は苦々しかった。
「バルバラ様なら徹底的に調べ上げるだろうが」
自供を得るためなら実力行使も辞さない武闘派修道院長を思い、彼らは乾いた笑い声を立てた。
公爵邸は年末を迎え、屋敷の飾り付けの他にも新年舞踏会での令嬢のデビュタントの準備に余念がなかった。
待望のドレスは先日職人が興奮状態で届けてきた。予想以上の出来に公爵夫人は満足し、侍女たちは感嘆の声を上げた。
「何て素晴らしい」
「さぞかしお似合いでしょう」
「待ち遠しいですわ」
公爵夫人はドレスに合わせた宝石類の選定を相談し、ダイヤで統一することにした。
「デビュタントですもの、ネックレスは華やかなガーランド様式にしましょう」
「ティアラの方はどれを合わせましょうか」
「そうね、頭までごてごてするよりはココシュニックくらいすっきりした方がいいわね」
完成図を思い描き、公爵夫人は安堵の表情でお茶を運ばせた。
そして邸内で見かけない家族のことを尋ねた。
「エドムンドとテオドルは宮廷かしら」
「お二人とも別々にお出かけになりました」
行き先の見当が付かなかったが、公爵夫人はすぐに他の用事に忙殺された。




