27 準備
カトレインの社交界デビューが決まった日から、ポニャトフスキ公爵家は来客や使いの者がひっきりなしに出入りしていた。
公爵夫人が最も心を砕いたのは娘に付ける女官のことだった。王族としての外交や宮廷運営は本人の資質もさることながら、いかに有能な側近を集められるかが鍵になる。
多産で親族が多い公爵家の縁故を最大限に活用し、教育係などの人材は着々と集まっていた。
そんな中、意外な人物の訪問が告げられた。
「ご無沙汰を致しております」
丁寧に挨拶をしたのは故ナタリア妃の主席侍女を務めていたジュワウスキ伯爵夫人だった。
「お変わりございませんか」
王妃との面会を取り持ってくれた伯爵夫人の来訪をカトレインは喜んだ。彼女は背筋を伸ばして公爵夫人と令嬢に告げた。
「このたびは社交界デビューされて王太子妃としての公務に就かれると聞き及びまして、参った次第でございます」
宮廷で最も聡明な貴婦人と呼ばれた伯爵夫人は驚く母娘に頭を下げた。
「私をカトレイン様の宮中侍女としてお仕えさせてください」
「それは…、大変ありがたい申し出ですわ」
喜ぶ公爵夫人にジュワウスキ伯爵夫人は初めて笑顔を見せた。そしてカトレインを見つめて語った。
「こんなに年若いお嬢様が無理難題とも言える申し出を受けられたのは、王太子殿下の御為だと僭越ながら推察しました。私も亡き王妃様のご恩に報いるためにもお力になりたく存じます」
「ありがとうございます。とても心強いですわ」
素直にカトレインは彼女に礼を言った。少し目元を緩めた伯爵夫人は更に意外なことを告げた。
「私だけではございません。王妃様付きだった侍女のほとんどがカトレイン様にお仕えしたいと申しております。どうかご一考を」
公爵夫人は娘と顔を見合わせて微笑んだ。
「是非お願いします。こちらも突然のことに女官の人選には苦労しておりましたの。王妃様付きの方々が加わってくださるのなら、私も少しは心安らげます」
その後は和やかな雰囲気のうちに打ち合わせは終わり、伯爵夫人は公爵邸を辞去した。見送るカトレインに彼女は言った。
「ロステン夫人から王太子殿下のことはお聞きしています。最近では同じ年頃の少年たちと勉学や運動に励んでおられるとか」
「スタシェク様が…」
もしかしたらと、グロースで行動を共にしていた様々な身分の少年たちをカトレインは頭に浮かべた。
伯爵夫人が去った後、公爵夫人は娘の髪を撫でてしみじみと言った。
「あの方にお任せすれば大丈夫ね。本当に良かった」
母の心労を思い、カトレインは小さな頃のように彼女に抱きついた。
その後、ポニャトフスキ公爵令嬢はジュワウスキ伯爵夫人を始めとした宮中侍女を選任し、その報告のためにスヴェアルト宮殿を訪れた。
かつての王妃付きの侍女だった者のほぼ全員を伴っての登城に人々は驚いたが、彼女たちの有能さは疑いようがなかった。
苦々しげにその様子を見ていたチャルトルィスキ侯爵は配下の者に不満を漏らした。
「こうも早く前王妃の側近を取り込むとはな」
「宮中侍女は引退すると言っていたジュワウスキ伯爵夫人までがあちら側ですか」
侯爵家の長女アンゲリカ付きの侍女にという打診を断られた経験が、一層侯爵の不快感を煽った。
「この場に御令嬢がいなくて幸いだった」
侯爵の部下がこっそりと呟いた。
回廊を歩いていたカトレインは一人の貴族に声をかけられた。
「国王陛下へのご報告ですか、ポニャトフスキ公爵令嬢」
それはアシュケナージ宰相だった。カトレインは侍女たちと共に淑女の礼をとった。
「ご機嫌よう、宰相閣下」
二人は並んで歩き出した。
「最近、王太子殿下に勉学仲間ができたと聞きましたが、もしかして閣下のご子息でしょうか」
公爵令嬢の質問に、宰相は愉快そうに笑った。
「私どもの息子も殿下と共に学ぶ栄誉を与えられております。他に様々な階級の子息を集められました」
「グロースではとても仲良く過ごされていましたから」
やはりという思いだったカトレインは、ふと彼に気になったことを尋ねた。
「閣下は王太子殿下のご学友選定をどう思われますか」
意外そうな表情を見せた後でアシュケナージ宰相はしばし考え込んだ。
「忌憚ない意見を述べさせていただくなら、殿下は突出した才能に恵まれているとは言いがたい。しかし、ご自分に何が欠けているかを的確に自覚なさっておられるし、それを補うために他者に協力を仰ぐことを当然とお考えです。そして、周囲はいつの間にか殿下に力を貸そうとする。これは国主として希有な資質ではないかと」
「そうですか」
自分のことでもないのに、カトレインは頬が火照る感覚に囚われた。公爵令嬢の初々しい反応に、宰相はついからかう言葉をかけた。
「嬉しそうですな」
「えっ? いえ、そんな、……はい」
うろたえながらも認める少女に、宰相は笑いを堪えた。
元老院に向かう彼と別れ、歩き始めた公爵令嬢にジュワウスキ伯爵夫人がこっそりと囁いた。
「宰相閣下は人物評価が厳しいお方です。あれほど殿下を認めておられるのに驚きました」
「スタシェク様のお人柄のおかげですわ」
花が綻ぶような笑顔を見せるカトレインに伯爵夫人は優しい目を向けた。
年末にさしかかった頃、ポニャトフスキ公爵家御用達のメゾンからドレス職人が公爵邸を訪れた。
「こんな時期に、ドレスの注文なんて…」
ロウィニアでの社交界デビューは主に新年舞踏会と建国祭舞踏会がある。高位貴族は新年舞踏会、無礼講の意味合いが高い建国祭舞踏会は下位貴族や富裕中産階級と分かれていた。
主に伯爵以上の貴族令嬢のデビュタントとなる新年舞踏会は、それぞれの家の威信を賭けた凝った装飾のドレスが特別注文されるのが常だ。本番までひと月という段階で発注されても間に合わない可能性が出てくる。
「かといって、御一門のドレスをないがしろにもできないしなあ」
憂鬱な気分でドレス職人は弟子を引き連れ公爵邸の使用人に取り次ぎを頼んだ。
公爵夫人は上機嫌で彼らを迎えた。
「こんな時に呼び立ててしまってお困りでしょうね」
「とんでもない、公爵家のご注文ともなればその年の流行を左右しますので」
焦って言い訳する彼に、公爵夫人はくすくすと笑いながら言った。
「特に凝ったことを頼むつもりはありません」
侍女にデザイン画を出させると、ドレス職人は目を疑った。
「これは……、いくらその、お時間が切羽詰まっているとは言え、御一門の姫君のデビュタントドレスとしてはあまりに簡素と言いますか……」
「普通ならそうでしょうね。ただし、生地はこれを使ってもらいます」
侍女が大切そうに運んできたのは昨日工場から届いたばかりの絹織物だった。包んでいた布を開いた時、ドレス職人は言葉を失った。
「……奥様、これは……」
「いかがかしら。これでも貧相な物しかできないとでも?」
「とんでもございません! これほどの物を扱えるとは、職人にとって何よりの名誉です!」
彼はそっと布地に触れ、あれこれと頭でデザインを始めていた。
「分かりました。なるほど、これには余計な物は不要です。我がメゾンのお針子の腕前をご信用ください。必ずご満足される物を仕立てて参ります」
来た時とはうって変わって、ドレス職人は弟子たちをせき立てながら意気揚々と引き上げていった。
「これで一つは解決しそうね」
扇を閉じて公爵夫人は息をついた。窓から見える空はどんよりとしており、雪の予兆がした。
殿下の長所は野生の勘と人タラシ




