ナプキンの思い出
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「さあー、遠慮なくつまんでね」
ジェシカが自らお茶を注いでくれたあと、そううながす。
てっきり召使いの誰かを呼ぶのだと思っていたリーナはあわてて立ち上がり、自分がやろうとしたが、ジェシカに座らされた。
「いいのよお。こういうのはホストの役割。あなたは今日はお客さま」
こんこんと銀の道具を使い、器用に砂糖の塊を砕いていく。
「お砂糖、これくらいでいい? ミルクは?」
リーナの下町では砂糖はまだまだ高級品だ。
こんなにどっさり入れてもらったのははじめてで、なんだかどきどきする。
「ホストって。おまえ、ここは俺様の居間だぞ」
レオは足を組んで、あいかわらずいらついている。
だが、テーブルの上に決して肘をつこうとはしない。
やっぱり王子様らしく、変なところで礼儀正しいのだ。
二人ともそれでも、さっきまでとは別人のように雰囲気がやわらかい。
原因はわかっている。
テーブルの上のナプキンを見た途端、リーナがぽろぽろ泣き出したからだ。
「……リーナちゃん!?」
これはジェシカにとっても予想外だったようで、珍しくおたついた。
「おまえ、そんなに腹がすいていたのか。ここにあるもの全部食っていいからな。足りなければ、肉も焼くか? 羊と鳥とどっちがいい。ベーコンもあるぞ」
空腹に関しては妙に寛大なレオが勘違いする。
食堂に今なにがあるか、しっかり把握しているらしい。
「あ、う、違うんです……」
嗚咽がこみあげてきて、リーナはうまく返答できなかった。
ジェシカはじろんっとレオを睨んだ。
「……さ、あほの俺様殿下は無視していいから、座って」
「お、俺様殿下……」
絶句しているレオをよそに、ジェシカは椅子をひいて、リーナを座らせてくれた。背中を撫でる。
「だいじょうぶ? お茶会はあとにして、どこかで休もうか」
リーナはかぶりを振った。
「ち、違うんです。お母さんを、思い出しちゃって……ごめんなさい……」
リーナの家は裕福とはとてもいえなかったが、母はよくお茶会の真似事をしてくれた。砂糖もバターもろくに入っていない、アップルクランブル。火をともさないキャンドル。テーブルの上には野に咲いていた花を生けたもの。手先が器用な母は、ナプキンをバラの形に整え、テーブルに添えてくれていた。豪華さではリーナの家のお茶会と比較にさえならないが、同じようなバラの形のナプキンを見た途端、思い出が一気にあふれでたのだ。
「……大切な家族を思い出して泣いたことを詫びるな。色褪せないほどの愛をそそいでもらったことを誇りに思え」
リーナから事情を聴いたレオは、ぼそっと吐き捨てた。
いつもの俺様王子っぷりがむしろ芝居なのではないかと思われるほど、まともなことを言った。
「お茶会の神髄はおもてなしの心よ。贅沢な食事や茶器よりも、それが一番大事なこと。リーナちゃんのお母さんは、リーナちゃんを楽しませようと一生懸命だったの。いいお母さんだったのねえ」
自分のハンカチを使って、ジェシカはリーナの涙を拭ってくれた。
鬼のように怖い二人だが、母親という言葉には、どうも弱いところがあるようだった。
「それにしても俺様殿下に無理に引っ張ってこられて怖かったわねえ。口と態度と性格は最悪だけど、基本女の子には危害は加えないから、安心してねえ。さっきの前蹴りは例外。あなたを助けるため、相手に手加減する余裕がなかったの。許してあげて」
「……勝手に俺様の気持ちを代弁するな、ジェシカ、おまえ、ナリ子を慰めるのにかこつけて、俺様の悪口を言いたいだけだろう。だいたいおまえがデモンズの裏の顔なんぞいきなり見せるから、ナリ子が怯えたんじゃないのか」
憮然とするレオに、ジェシカはくすりと笑った。
「嫌ですわ、レオ殿下。私の殿下に対する鬱憤は、今口にしていることの千倍はありますわ。いつもいつも好き勝手に動かれて、どれだけ私が苦労しているか。そして、初登場はインパクトが大事ですから、ちょっとやりすぎちゃっただけですわ。だって、自分でいうのもなんですけど、私、表ではかなりの後輩たちに慕われるおねえさまキャラですのよ」
ジェシカは、ふわりと縦巻ロールの髪をかきあげた。
しゃらんっという効果音がした気がするくらい、上品であでやかだ。
「まあな」
渋々レオが認めたところや、彼女が生徒会長をやっているということからも、事実なのだろう。
「優しいおねえさまと懐かれて、あとで裏の顔を見られて幻滅されるほうがよほど困りますもの。それなら最初から嫌な部分をさらけだしたほうがいい。身内のものに『裏切られた』と思われるほど、危険なものはないですわ。……殿下も私もよくわかっていることでしょうに」
ひょうひょうとジェシカは言ってのけた。
「……たしかにな、おまえの言う通りだ……こたえるな、あの手のことは」
最後に二人の顔色が曇ったのは、過去になにかあったのだろうか。
それをリーナが知るのは、もう少し先の話だった。
「……それにしても、さっきの虫の筒はやりすぎだ。はじめて見たが、ああいうのは好かん。二度とこの離宮に持ち込むな」
リーナは思い出して、ぶるっと身震いした。
リーナにとってもあれがジェシカへの恐怖の決定打になった。
「……虫……? ……ああ」
対するジェシカは、目をぱちくりしたあと、からからと笑いだした。
「殿下、あの金属の筒の中はからっぽですわ。だいたい殿下も聞いたことがないような、デモンズの秘儀があったとしたら、そう軽々と手のうちをさらすはずがないでしょう。虚をもって実となせ。これもデモンズ家の家訓ですわ。嘘の言葉というのは、安価にして、きわめて有効な兵器ですのよ」
あー、ごめんなさい。お茶が冷えてしまうわね、ここからはお茶を飲みながら、と言いながら、ジェシカがナプキンをたたみなおし、膝の上に置いた。
「……こわい女だろう。言葉にまで気をつけねばならんとはな。よく覚えておけ」
リーナは唖然とした。
ジェシカは、はったりだけで、ありもしない拷問用具をでっちあげ、脅しに使ったのだ。
レオの言葉には同意するが、本人の前でうなずくわけにもいかず、リーナは口ごもった。
ジェシカは苦笑した。
「おやめくださいな、リーナちゃん困ってるじゃありませんか。だいたい言葉といえば、殿下だって、さっきから聞いていれば、二言目には殺す殺すって。リーナちゃん、あの口癖は殿下の鳴き声みたいなもので、本音は違ったりするから、よく注意して見てあげてね。中身は意外にフェミニストよ。十五年間、殿下のウォッチャーをしてきた私からのお願い」
「そうなんですか……」
思わぬ言葉にリーナは目を見張った。
だが、言われてみると心当たりはある。
不穏な言葉遣いをのぞき、行為だけ見てみると、レオのリーナへの遇しかたはそれほど悪くない。
「……ああ、ジェシカは嘘つきだからな。いちいち真に受けるな。だいたいな、十五年間ウオッチャーって、おまえ、まだ十六歳だろうが」
手をぴらぴら振ってめんどくさそうにレオが告げる。
「あら、私、一歳の頃には、すでにしっかりした自我がありましたのよ。父の荷物に身をひそめ、よく殿下を観察しておりましたわ。そういうとき幼児って便利ですのよ」
ジェシカがほほえんだ。
「……怖いわ!!」
あきれたようにレオがのけぞり、背もたれに重心をかけたが、椅子がぎいっと軋むと、すぐにぴんとした姿勢に戻った。悪ぶってみても、マナーの遵守が抜けきらないらしい。
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