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花華にとっては待ちに待った日だ。
俺の隣には少し困ったような表情の愛と、やたらとニコニコしている灯里がいる。
そして、ほわ~とかひゃ~とかアホな言葉ばかりしか言えない花華が対面、といった構図だ。
……にしても本当に語彙力が消失してしまったみたいで正直言葉になっていない。
その雰囲気に圧倒されてか愛はもっとオロオロし始め、灯里も殊更ニコニコとカオスな空間となっていた。口を開きたくないがこのままだと愛が可哀想なので仕方がない。
「落ち着け姉貴。愛も少し落ち着いて」
「はっ……いや~あまりにも可愛いもんだから我を失っちゃったよ。灯里ちゃんは前から知ってたけど、愛ちゃんは今回初めて見たもんだからさぁ~じゅる」
「愛が怯えるからやめてくれ。……てか、お前はどうしてそんなニコニコしてんだ」
「えっ? だってお姉さん美人だなって」
「そうか。ならお前と姉貴は相性ぴったりだな。相手を頼むよ」
俺に暴走気味な花華の相手は荷が重いしちょうどいい。
とにかく俺はまだ一言も話せていない愛を気にかけることに専念する。
「愛、見ての通り色々やばい人だけど悪くはないからさ」
「わ、私こそ……ごめんなさい」
「謝る必要なんてないよ~あ~もう、可愛すぎ! 灯里ちゃんも愛ちゃんも家に来ないかしら!」
「……それって?」
「いちいち狂言に付き合う必要ないから。灯里、姉貴の相手は頼んだはずだろ! 何やってんだ」
「……困ってる愛ちゃんってやっぱり可愛いな~」
「ダメだこいつら」
この場にもし俺がいなかったらそれこそ好き放題されていただろう。ナイスファインプレーだ俺。
……しかし結局俺も愛からすれば困惑の対象だから意味ないかもしれないと考えると、少しだけ落ち込んだ。使えねえな俺。
が、いかにやばい連中だろうと俺といるよりは気楽といえよう。
「じゃ、愛を頼んだぞ」
「は? どこ行こうとしてんの?」
「いや、は? じゃなくてさ。俺がいるより愛も気楽だろ? 俺としちゃ気を使ったつもりなんだが?」
普通そこは止めないだろという感情をおもむろに表情に出して言うと、花華も似たような顔で言った。
「あのさぁ、灯里ちゃんも愛ちゃんも多分私といるより翔といたいわけよ。なのに、あんたはどこか行くって!?」
「それはないだろ。同性同士の方が気楽だよなぁ? 灯里も愛も」
「これだから童貞は。きちんと聞いてから判断した方がいいわ」
「童貞は関係ないだろ。で、どうなんだ?」
「お姉さんとの会話も楽しいけど、翔くんもいてくれた方が私は嬉しいよ?」
「私も……灯里ちゃんと同じ……」
「ほら! 童貞卒業の相手になるかもしれないんだから慎重に動きなさいな!」
「ばっ、そんなことふたりの前で言うな! ほら見ろ、愛がまた落ち着きなくなっちまっただろうが!」
少なくとも今はそういう目線で見ちゃいねえよ。てか普通本人達がいる前で言わないだろ。
デリカシーというか女子力、いや、常識力が欠けているのが致命的問題だ。
「別に高校で童貞って普通じゃん? 灯里ちゃんも愛ちゃんもまだ処女でしょ?」
「はい」
「…………」
ごく普通って感じで灯里は返事を。真っ赤な顔の愛は少しだけ首を縦に振る。
いちいち返答しなくていいんだぞとは言わないでおいた。ここで口を挟むと流石にセクハラになりかねない。
「お姉さんはどうなんですか?」
「わ、私っ? 私は……もう終わっちゃった~みたいな?」
灯里からの問いかけにもぞもぞと花華は答える。妥当な答えだった。
てか前にやっちゃったとかなんとかほざいてたし、見た目からして処女はありえないって思ってたので何ら不思議ではなかった。
「大人ですね!」
「まぁうん、灯里ちゃんより生きてるし……」
「語気がどんどん弱くなってるぞ」
「う、うるさいうるさい。言いにくいに決まってるじゃん」
その割に人には平気で言うのか。人間というのは一種の兵器だな。へいきだけに。
……急に寒く感じたので話題ごと変えてしまおうとひとつ提案をすることにした。
「灯里と愛に頼みがあるんだ。姉貴の部屋の掃除を手伝ってくれないか?」
呼んどいて片付けを手伝わせるのも微妙な話だが、あそこは魔境だ。駿太と俺では触れない物が沢山あり一向に片付かない。そのため、同性の灯里と愛にならと頼んでみると、
「いいよ! そうと決まればお姉さん、行きましょうか!」
「私も……手伝います」
「ありがとうふたりとも! よし、行くぞ姉貴!」
「え~片付けとか面倒くさいじゃん? 一緒に駄弁ろうよ~」
「うるさい行くぞ」
「や~んセクハラ~」
「翔くんのエッチ」
「……セクハラ」
「ぷ~ふたりから言われちゃってるっ。面白~い」
「全部捨てるか。なら姉貴が一緒にくる必要はないよな」
「わ、分かったから~私も行くから~」
「最初からそう言えばいいんだよ」
ただ生半可な気持ちではあの部屋は耐えられない。主に俺の精神力にダメージがいく方向で。
「いざいかん!」
「わっ、下着がいっぱい……」
「……大人」
主なのはパンツだ。花華のパンツで興奮できるようなレベルではないので真顔でソレ以外の物だけに専念するしかない。
パンツ、パンツ、資源ごみ、ブラジャー、パンツ、燃えるゴミと、奇跡と言うほど収納を活かせてない現実が伺えるその空間で女連中だけは楽しそうだった。
特にはしゃいでるのは灯里で以前の話を思い出したのか、花華が過去に着用したブラジャーを貰おうとしているようだ。が、残念ながらやはり胸囲格差のせいでそれでもブカブカだったらしく、
「残酷だよぅ……」
メソメソと涙目になってしまった。もう掃除とかどうでもいいんだな。や、そもそも灯里はそのために来たわけではないのだから別に構わない。
ちらと愛の様子を伺ってみると、困惑ながらも気になって仕方がないって様子だ。ちなみに、花華のだからという話ではないが、多少俺も興味があるのは否めない。
主な感情は毎日つけるの面倒くさそうだなとか暑そうだなとかそんな大したこともないこと。……続けるか。
「はぁ……」
今回は灯里や愛が頑張ってくれてることもあって流石に花華も動かなくちゃいけないと判断したのか、スムーズに片付けは終わった。
床に散乱したそれらがなくなっただけで見違えるほど綺麗になり、そして綺麗になった床にさっそく花華が寝転び始める。
「わ~久々かも~」
「私もやります! わ~」
「……わ、わ~……」
ノリがいい灯里と愛も加わって何だこれ空間度が上がったが、微笑ましい時間とはなった。
「翔はやらないの~?」
「やらないよ。……灯里も愛もサンキュな」
「全然っ。私は特に何もしてないよ」
「……私も」
「まぁ実際灯里はダメージを受けただけだけど。愛は真面目だったな」
「うぐ……見てたの?」
「同じ空間にいれば嫌でも聞こえてくるし仕方ないだろ」
逆に見なかったり聞かなくてすむような機能があればとっくに使っている。
そういう嫌な部分から目を背けられないからこそ、生きていると言えるのかもしれない。
まぁ少なくとも今回のそれは嫌な部分ではないのだが。寧ろ他の男からすれば羨ましい場面か? 知らんけど。
「でもやっぱり俺の言ったとおりになったよな。胸囲格差って恐ろしいぜ」
「そういうこと言わない! ほらもう灯里ちゃんまた泣きそうになってるじゃん!」
「な、泣きそうになんてなってません! ……翔くん、あとで覚えておきなよ!?」
「……はいはい」
ジュースでも奢ってやれば満足するだろう。灯里はそれぐらいの単純さだ。
それを言ったらまた怒るので黙っていることにした。
花華のカオスな空間が片付いた日となった。