74ページ目 信用できない
鍛冶屋で少しの間休息を取ると、アリウスはウィスに案内されて目的の場所に向かう事となった。コノハはというと、どうやら別の用事がある為、ヴァーレカルムの鍛冶場に残る様だった。
人里から少し離れ、荒れた道を通り抜けた先。
「これは…………」
アリウスも目を疑う様な、凄まじい光景が広がっていた。
元々は畑だったということは辛うじて分かる。だが畝はほとんど崩され、辺りには石や木の枝が散乱。そしてその犯人の正体はすぐに分かった。
荒らされた畝、そして付近の土には、大量の生き物の骨、そして糞が撒き散らされていたのだ。
「ハーピィワイバーンか……」
「中々みんな追い払ってくれなくて……竜が大切なのは分かるんだけど、これじゃあ……」
「骨や糞が溜まってるってことは、いずれここを巣にするつもりなんだろうな。そうなると、いつかは人里に下りて、畑だけじゃなく家畜や里の人までも襲う……良い事じゃあないな」
「そう。だから目標はもう一度この畑を耕して、ハーピィワイバーン達に他を当たらせる事。……面倒ごとを押し付けてるみたいで、ごめんね?」
申し訳なさそうに深く頭を下げるウィス。アリウスはそれを見ると慌てて両手を振る。
「いやいや、それは別に良いんだが……これが竜奏士に必要な事、なのか?」
「竜奏士の資格はね、この里の近くにある火山。そこに住んでいる火を司る竜に認められると貰えるの。ただそのためにはいくつか条件があって……まぁその1つ、かな」
「火を司る竜、ね」
少し前ならばまるで物語みたいだ、と口に出していたかもしれない。しかし過去にジルフィウス、フィオディーネに出会っている。風、水、地、火。生命が生まれ、存続する為の要素を司る竜がいても、不思議でも、絵空事でもないのだ。
「分かった」
ハーピィワイバーンを討伐するのではなく、あくまで別の住処に誘導する事。それが動物と会話が出来ないアリウスにとって、どれだけ難しい事かは理解していた。
「じゃあ、お願いね。…………あ、お手伝いさんはちゃんと置いていくよ。ちょっと失礼」
そういうとウィスは木の枝が特に多く転がっている場所に立つと、懐から小さな木の歯車を取り出す。そしてそれを地面にばら撒き、空中に指で文字を刻む。
すると瞬く間に木の歯車に土と木が纏わりつき、複数のゴーレムが誕生した。
「はい、お手伝いさん達。いると便利でしょ?」
「前にコノハがやったのを見たが、詠唱はいらないのか?」
「それはほら、私は年季が違いますし」
むっふんと胸を張る。誇らしげにする動作まで娘と同じだ。だが流石は一児の母、張る胸があるのは娘と違う点である。
「頑張って。きっとみんな、分かってくれるはずだから」
そう言って、ウィスはその場を後にした。
「……始めるか」
「フンッムグ!!」
アリウスが動き出すと同時に、ゴーレム達も作業を始める。
流石に元は畑だったこともあり、鍬やスコップ、バケツなどは残っていた。畑の状況を見るに長い間放ったらかしだったようだが、輝きは損なわれていない。相当良い代物だ。
「まずは……糞と残飯の掃除からだな」
鋤とスコップを用いて、散らばった骨や糞を一箇所に集める。勿論、ただ捨てることはしない。
ゴーレム達に穴を掘らせ、そこに入れる。その後、骨や糞を砕きながら混ぜ合わせ、天然肥料に加工するのだ。
「に、しても多いな……どれくらいかかるやら」
ゴーレム達も奮闘してくれているが、地面を掘り返せば掘り返すほど残飯や糞は湧き出る。せっかく作った穴がもうすでに埋まりそうな勢いだ。
おまけに作業を進めるほどに悪臭が凄まじくなってくる。
「確かにやりたくないっていうのも無理はないな。まぁ理由はどっちかというと、ハーピィワイバーンを無碍にしたくないんだろうが……ん?」
ふと、誰かの視線を感じる。1人ではない。複数人から、観察されているかのような色を感じる。
視線を感じた方向を向くが、姿は無い。だが僅かに、岩陰から小石が転がり落ちるのをアリウスは見逃さなかった。足元に落ちていた丸い小石を拾い上げ、岩陰目掛けて放り投げる。すると、
「きゃっ……!」
「おい馬鹿、声出すなって……!」
「だって頭に当たったんだもん……」
小さな囁き声がする。静かに話しているつもりらしいが筒抜けである。声からして子供のようだ。
「誰だ?」
しんと静まり返る。返事が来るか、若しくは逃げ帰るか、反応を待つ。
だが返ってきたのは、そのどちらでもなかった。
突如として小石や木の枝が大量に投げ込まれてきたのだ。
「なっ!? おい、待てって……!」
虚をつかれたが、アリウスの対応は早い。すぐさま手で小石を払い除け、木の枝をはたき落した。
「やっつけろー!!」
「里を守れー!!」
すると岩陰から2人の少年が飛び出し、後に続くように3人の少年、そして3人の少女が突っ込んでくる。
更に先頭の少年2人の手には、先端が鋭い木の棒が握られている。
「喰らえ、ヒューマン!!」
突き出された二撃の刺突は、
アリウスの手で簡単に止められた。
「こ、この! 離せ、離せよ!」
「卑怯者! 正々堂々戦え!」
握られている木の棒から手を離せば良いだけの話だが、少年達は必死に取り返そうとする。おまけに、
「このやろ! にいちゃん達を離せ!」
「てい、てい!!」
ほか6人の少年少女の援護は、あまりにも頼りなかった。背が低いせいか、必死にアリウスの腰をポカポカ叩くだけで、大した痛手を与えられていない。
「…………俺は、畑を直してただけだぞ」
「嘘つき! お前なんか信じるもんか!」
「ヒューマンは悪い奴等ばっかりだって、お父さんもお母さんも、里の大人はみんな言ってるぞ!」
「里から出て行って、お願い!」
「…………」
取りつく島もない少年少女に溜息をつく。どうやらこの里では、よほどヒューマンが嫌われているようだ。領主から説明はあったはずだが、そんな事は子供達に関係ないのだろう。
だからといって無理に追い返せば、変な噂を流され兼ねない。困り果てていた時だった。
「何してる、お前ら」
突如空から降りかかる声。アリウスと子供達が見上げると、1人の青年が降り立った。
鮮やかな桃色をした長い髪、ぱっちり開いたヴァイオレットブルーの瞳。その身を皮の服とズボンで包み、腰には一振りの剣を差している。
一瞬女性にも見えたが、よく鍛えられた腕や肩周りの筋肉のつき方は紛れもなく男性だ。
「ハーヴィン兄ちゃん!」
子供達は一斉に走り出し、ハーヴィンと呼ばれた青年の元に擦り寄る。
「あいつヒューマンだよ! 僕達の里に悪さしに来たんだ!」
「ハーヴィンお兄ちゃんは強いんだ! お前なんかすぐボッコボコに……っで!?」
少年がそう言い切る前に、ハーヴィンは頭にゲンコツを振り下ろしていた。
「お前、親父が言ってたヒューマンだろ。うちの里のガキ共が悪かったな。…………お前ら、とっとと帰れ」
「でも…………」
「帰れ。全員母ちゃんに言いつけるぞ」
「お、お母さんに!?」
「や、やだぁ! 私怒られたくなぁい!」
その言葉を聞くと、子供達は蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていった。せっかく片付き始めていたというのに、また散らかってしまった。
「すまない、助かったよ。どうしたもんかと思っててーー」
「ガキ共にはあぁ言ったが……」
アリウスの言葉を途中で遮ると、ハーヴィンは目を細めて睨みつける。
「俺は、いや、俺たちドラグニティは、他の種族を信じてなんかいない。頼りにもしていない。何の理由で来たかは知らないが、さっさと帰った方が身の為だぞ。……ったく、親父と叔母は何を考えてるんだ、他種族を里に入れるなんて」
「親父? 叔母? それは、この里の領主の事か?」
「あぁ。ユーシ・レミティとウィス・レミティだ」
「つまり、お前は……コノハの従兄弟?」
「……何でお前がコノハの事を知っているんだ?」
一瞬のうちにハーヴィンの形相が変貌した。
「それは、コノハに世話になっているからだ。そもそも里に来たのもーーっ!?」
何か嫌な予感を感じ取った刹那、光が閃いた。反射的に剣を鞘ごと構え、その光を食い止める。
「何のつもりだお前……!?」
「こっちの台詞だ! ……なるほどな、叔母が言ってた奴はお前だったか!!」
続く
次回、ドラグニティズ・ファーム、
「側にいた時間」
弱虫だった私は、ハーヴィンのおかげで変われたんだ。




