75ページ目 側にいた時間
剣を交えた2人はすぐに跳び退き、距離をとった。
アリウスはハーヴィンの意図を掴めず、ただただ困惑していた。だが対するハーヴィンは厳しい視線をこちらにぶつけている。
「俺がコノハと関わっていて、お前に不都合があるのか?」
「俺じゃない、コノハに不都合がある。ヒューマンと関わってろくな目に合う筈がない」
「……俺は、あいつにそんな事は」
していない。
そう言い切りたかった。
言葉を、何かが喉元で堰き止めていた。
言い淀むアリウスを見たハーヴィンは呆れたように溜息を吐き、剣を鞘に収めた。
「だがまぁ……俺も悪かった。幾ら何でも、さっきのは礼節を欠いていたな。すまない」
そうは言いつつも、頭を下げようとはしなかった。そのまま立ち去っていく。
コノハとはどういう関係なのか。何かを知っているのか。聞きたい事は山程あった。しかしアリウスはハーヴィンを追う事をしなかった。
きっと自分には何も話してくれない。直感的にそれを悟ったのだ。
何より、今の自分にはやらなければならない事がある。
「…………畑の整理、しなきゃな」
自分の中で渦巻く感情と共に。
一方コノハは、ヴァーレカルムに連れられ、鍛冶場まで来ていた。その後ろではベルクラドがその様子を見守っている。
「あの、私の用事というのは……?」
「お前さん、そろそろ成人するだろ。……成人する、よな?」
「……はい」
ヴァーレカルムの言葉が揺らいだ原因を何となく察し、小さく頬をむくれさせる。
「母ちゃんはもうちょい大人びてたんだがなぁ。まぁまぁ、初々しくて良いってこった」
「ヴァーレカルムさん、そろそろ本題へ移られた方がよろしいかと」
「そうかい? じゃあそうするか」
段々と不機嫌になりつつあるコノハを見たベルクラドの仲裁により、ようやく本題に入り始めた。
だが次の発言にコノハは凍りつく事となる。
「よっし嬢ちゃん。逆鱗見してくれ」
「…………は、は、はぇ?」
反射的にうなじを手で隠す。その様子を見たヴァーレカルムは不思議そうに首を傾げた。
「何面食らってんだい? ほら、早く」
「い、嫌です!」
「なぁに恥ずかしがってんだ嬢ちゃん?」
「嫌です!!」
赤面しながら後ろの柱にピッタリ張り付き、うなじを隠す。
そんなやりとりを見ていたベルクラドが、苦い表情をしながらヴァーレカルムに耳打ちする。
「あのですね。若い娘さんにはしたないですよ」
「何恥ずかしがる事があんだい。別にやらしい意味で聞いたわけじゃあるまい」
「忘れていらっしゃいませんか? 本来なら逆鱗は、生涯を共にする相手にしか見せてはいけないのですよ。だからーー」
「じゃあ女同士ならいいか。おーい、あ、お前らだ。ちょいと嬢ちゃんの逆鱗見てくれや」
「いえ、あのですね……」
ベルクラドの話など何のその。作業をしていたドラグニティの女性2人が、コノハの前にやってきた。
「ちょ、やめ、や、あ、あう!」
見る間に取り押さえられ、髪を上げられてうなじが露わになる。
「ううん……こりゃ多分ウィスの嬢ちゃんと同じタイプだな」
「は、話が違いますぅ!! 見ないで、見ないで下さい!!」
「…………よし、大体分かった。今日はもういいぞ」
そう言うとヴァーレカルムは鍛冶場の奥へと消えていった。ベルクラドは頭を抱え、コノハの肩を優しく撫でた。
「け、結局何だったんですが、もう……!!」
「何て雑な、おっと失礼。私とした事がつい本音を。ではコノハお嬢様、お戻りになられますか?」
「あぁ、いえ……少し寄りたい場所があるので」
「良いのですか? お休みになられた方が……」
「大丈夫です。すぐに戻りますから」
鍛冶場を出て行くコノハ。その背は幼い頃よりも少し頼もしくなってはいたが、同時に何か切なさが宿っているようにも見えた。
ここを訪れたのは、もう数十年前だ。
里を少し下った場所にある湖。昔付近の火山が噴火した穴に水が溜まり出来たものである。豊富な火山灰と湖により、この周りにのみ小さな森が出来ている。夕日に照らされ、美しい風景を作り出している。
幼い頃のコノハは、マグラスやウィスの仕事柄様々な種族の里へ出向いていた。2人は閉鎖的なドラグニティと他種族と友好関係を結べる様に世界中を飛び回っていたのだ。
だがどの里も、ドラグニティを受け入れようとするものはいなかった。大人達は良い。話し合えば距離感など伝わる。争いごとになることはなかった。
問題は、子供達だった。
首にある鱗を気味悪がられた。生き物と話せる事を気持ち悪がられた。幼くして魔法を使える事を妬まれた。
多種族だけではない。コノハは同じドラグニティにすら疎まれていた。領主の血を引き、強く言い返す事も出来ない少女。ある者は気に入られようと擦り寄り、ある者は気に入らないと鬱憤をぶつけた。
そんな中、コノハの記憶にはある人から受け取った言葉が今でも残っている。その人の言葉のおかげで、今自分は笑っていられるのだ。
「辛い事があったら、俺が側で守る。だからお前は、笑っていてくれよ。俺、お前の笑う顔、好きだ」
懐かしい。生まれて初めてされたプロポーズ。子供の時はとても胸が騒いだ。嬉しかった。
だから約束した。大人になったら、結婚しようと。
この場所、湖を見渡せる森の小高い場所で。まだ男女の距離感も分からない、幼い子供達が交わす約束。微笑ましい光景だったに違いない。
「今、どうしてるのかな……」
「やっぱりここにいた」
突然背後からかけられた懐かしい声。振り向いた先にいた姿は、コノハが知るよりも大人びていた。
「ハーヴィン……!」
「変わってないな、コノハは。あの時は……俺の方が小さかった気がするけど」
「……綺麗になったね」
「男にそれは、褒め言葉なのか?」
2人は小さく笑いあった。
「思い出すな。コノハはいっつも泣いてた。他の里から帰って来た後も、里にいる間も。しょっちゅうちょっかいかけられて」
「あれは……そう言うハーヴィンだって、女の子みたいって言われるとすぐに怒って喧嘩して、強がってた癖に」
「互いに、互いの弱さを守りながら、過ごしてきた。お前がマグラスさんの家に行くまで」
隣に歩み寄り、大きな切り株に腰を下ろす。空いたスペースにコノハが座る。ぴったり背を合わせるような形になる。
仲が良かった2人の別れの日は突然だった。コノハはマグラスの家に住む事になり、家族3人でこの里を離れなければならなくなった。そこには領主の後継者問題や、様々な背景があったのだ。しかし子供であった2人にとって、それは理不尽な別れであった。
「全く……親父は面倒がないようにそうしたってのに、俺は何にも理解してなかった。反抗して、家を出て行って……」
「おかげで私が遊びに来ても、もういなかったんだもん。酷いよね」
「あぁ、本当に酷い事をした。……だけどもう、俺は約束を破らない」
「え? どういう……っ!?」
言葉の意味を訪ねようとした時だった。
肩を抱かれ、そのまま引き寄せられた。見上げるとそこには、あの時と変わらない瞳が見つめていた。
「そのままの意味だ。あの時にした約束を、果たしに来た。俺がお前を守るんだ。お前の、笑顔を」
「き、今日は、ここまでにして、おくか……」
疲労困憊なアリウスは剣を杖代わりにし、険しい坂道を上ったり下ったりを繰り返していた。
何とか畑のゴミのほとんどを掃除する事が出来た。だがボロボロな土、更にはハーピィワイバーンの事も残っている。まだまだ先は長い。
「ってか、道はここで合ってるのか? 湖が見えて来たんだが……」
間違いない。自分は迷っている。森の様な場所に迷い込み、既に日は傾き始めている。
これは、まずいのではないのだろうか。
そう考え始めた時、木々が拓けた場所が目に入った。夕日に照らされ、人影も見える。話を聞きに行けば分かるかもしれない。
アリウスは人影に声をかけようとし、やっと気がついた。
その人影は2つあった。見慣れた赤い髪の少女と、先程出会ったピンク色の髪をした青年。ぴったりと身を寄せ合っている光景は、輝いて見えた。
やっと理解した。ハーヴィンが言っていた意味を。
アリウスは音を立てない様、静かに後ろへ下り、元来た道を戻って行く。
その時、懐かしい声が聞こえた気がした。
ーー いいの、アリウス? コノハちゃんは ーー
「良いんだよ。それが、あいつの幸せなら」
彼女の夢を諦めたわけではない。自分は竜奏士になり、コノハの夢を叶える。
だがそれと、コノハの幸せは別の話だ。
自分は、1人の少女の幸せを助ける事が出来なかった。
これは、コノハを思っての選択だ。
後悔はしていない。
何故、自分は後悔していないと、自分に言い聞かせているのだろう。
何故、心がぐちゃぐちゃに掻き回される苦痛に襲われているのだろう。
分からない。
分からない。
続く
次回、ドラグニティズ・ファーム、
「幸せの決めつけ」




