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71ページ目 付き合い方

 

 〜〜 レオズィール王国 王宮 〜〜


「姫、そろそろ剣技の修練のお時間です。御支度を」

「……はい」

 使用人が頭を下げると、ヘリオス姫は読んでいた書物を閉じる。

 椅子から立ち上がると、美しいドレスを脱ぐ。修練用の動きやすい服装へと着替え始める。


 外を見ると、暖かな日差しが入り込むようになり始めていた。鳥達が小さな蕾を摘みにやって来ている。



 あれから一年が経つ。


 彼の行方が分からなくなってから。



 剣を腰に下げ、髪を一纏めに縛る。

 彼に剣技を見てもらうと言う約束も叶わないまま、彼はドラゴンズ・シンに召集され、そして行方不明となった。

 それから間も無く、彼は死亡したと報告された。遺体が見つからなかったのが気になったが、竜に喰われたのだろうと諭された。


 納得はいっていない。だが、確かめる術は無かった。



「…………アリウス。貴方は本当に……?」



 近々、旅に出なければならない。

 レオズィール家は代々、成人する前の2年間、世界を回らなければならない。身分を隠し、少ない精鋭の護衛を付けて。


 そしてそれは、明日から行われる。


 その時に確かめるつもりだ。

 アリウスは本当に死んでしまったのか。世界中を回ればきっと、真実が分かるはずだと信じて。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 アリウスは、困っていた。


 とうとう、この日が来てしまった。


「くっそ、やっぱり入らねえか!」

「グルゥゥゥ!!」

 そう、シャディが玄関から入れなくなってしまったのだ。ドア枠に翼が引っかかり、呻き声を上げている。

 成長したシャディの丈はアリウスの肩にまで迫り、鼻先には角らしき突起も見え始めていた。羽毛は既に抜け落ち、代わりに鱗がしっかりと付いていた。


「シャディ、外で寝る気は……」

「フシュウウウ!! ガァウ!!」

 歯を向き、足や翼をじたばたさせる。嫌だと駄々をこねているのだけは分かった。

「嫌って言ったってな、家に入らないなら仕方がないだろ。飛ぶ練習の為にずっと外に居たし、いい機会じゃないか?」

「グルル……」


 アリウスは冬の終わり頃から、シャディの空を飛ぶ特訓を開始した。ゼオ・ライジアは本来、雛の頃に親から飛び方を学ぶ。遅いとも思ったが、やっておかなればシャディは飛べないワイバーンになってしまう。



 何度も木から落ちたり、2階から落ちたり、川や海に落ちたりしながら、徐々に飛距離を伸ばして来たわけだ。


 だが甘えん坊な性格は変わらないようで、

「ウゥ……グルァ!!」

 ドアから無理やり中に自分の体を押し込もうとする。しかし翼の付け根がドア枠に引っかかっている時点で入るのは不可能に等しい。物悲しい声で鳴き始める。

「ピィ…………ピ、グ、ガァウ!」

 声帯も発達してきた。雛鳥のように可愛らしいものから、徐々に大人の低いものへと変わっている。そのうち雷が轟くようなものへと変化するだろう。


「でも外生活をするにしても寝床くらい欲しいよな……確か、ゼオ・ライジアは……」

 切り立った崖で普段は暮らし、繁殖期になると餌が豊富な森へと移り住む。ということは、岩や石の上が落ち着くのではないだろうか。


 そう考えたアリウスは、早速近くの石を拾い集め、真ん中に藁を敷いてみる。


「シャディ、これはどうだ?」

「グルゥゥゥァァゥ!!!」

 シャディはアリウス製のベッドを見た瞬間咆哮を上げ、蹴り崩してしまった。

「おい!? 何もそこまですることないだろ!!」

「フシュウウウウウウ!!」

「ダメだ……これは相当ご立腹だな……」



「なーに遊んでるんだいあんたら」



 と、遠方から走り寄ってくる馬が見える。ニドの背中に跨るレンブラントの姿だった。

「随分様になってるな」

「ジークはまだ乗せるには危ないからねぇ。まずは私が色々覚えなきゃならないんだ。彼奴に教える為にも」

「んで、そのジークは? 前に会った時はもうすっかりオシドリ夫婦っぽかったんだが」

「な、ば、夫婦じゃない!! ジークは店番させてる! 本を読んで、少しは、記憶力を鍛えたいって言ってたし…………」

 ゴニョゴニョと言い篭るレンブラントを見て、アリウスは話題を切り換える。

「で、コノハに用か?」

「あ? あぁ、そうさ。ちょっと話があってね」

「コノハなら中にいるから。それじゃあな。シャディ、飛ぶ練習するぞ」

「え? ちょ、アリウス……?」

 何処か不自然な態度で去っていくアリウスの背に、レンブラントは違和感を覚えた。


 だがその違和感は、家の中に入ると更に増した。



「……? あぁ、レンちゃん、久しぶり」

 声は元気がない。何処かボーッとしている。

「…………コノハ、何があったか話しな」

「ふぇ? 何のことですか?」

「しらばっくれるんじゃなぁい!」

 頬を掴み、ムイーッと引き延ばす。だがいつものように慌てる事はなく、やはりボーっと宙を見つめている。

「なんだ、また奴か!? アリウスか!? 今度は何言われた!? 私がまたとっちめてーー」

「何でもないよ……」

 いつもと違い、反応すら薄い。

 いよいよ心配になったレンブラントはコノハの肩を掴み、優しく揉むという、一見奇行じみた行為を始める。


 だがこれはコノハを昔から知るレンブラントならではの方法だった。


「っ! は、はぅぅ……きゅうぅぅぅ……ふむぅぅぅぅん……」


 コノハはこういった、マッサージなどのケアが弱点なのだ。どんなに怒っていようが、泣いていようが、拗ねていようが、こうしてしまえば体の力が抜けるのだ。


「ほれほれ、素直に白状しな」

「きゅううううん……は、は、話しましぇんん……」

「お、ここが凝ってるねぇ……」

「うぅぅん……!」


 だがそれでも口を割らない。

 痺れを切らしたレンブラントが切り札を使おうとした時だった。


「あんま虐めてやんなよレンブラント」

 いつの間にか帰って来たアリウスに止められた。仕方なく手を放した時、レンブラントはまた気づいた。


 コノハの視線が揺らぎ、やがてアリウスを避ける様に去って行ってしまった。


「あ、ちょっとコノハ……」

「……俺のせいなんだ。全部な」

「あんたの……?」

 そう話すアリウスの顔は、少し悲しげだった。

「要件なら俺が聞くが」

「う~ん……まぁいいか。はい、これ」

 そう言うとレンブラントは一通の手紙を手渡した。

 開いてみるとそこには、恐ろしく汚い文字が連なっていた。難解だが、少しずつ読み進めていく。

「なんか送られて来たんだよ。見たらコノハ宛になってたんだ。多分宛先が分からなくてこっちに寄越したのだろうけど……」

「んん……この文字は……まさか……」

 見覚えがあった。この書き方に、否、この話し方に。


 {お、お、お手紙、書きます。元気、2人とも? 私は、元気だよ。えっとね、フォン、文字も、ならたよ。えへ、どう? 上手? 下手かな……で、でも、でも、こんど会ったら、コノハに、教えてもらうの。だから、ま、まーた、会おうね!}


「彼奴……いつの間に字まで……」

 たどたどしく話していたビースディアの少女の面影が過ぎる。嬉しそうに手紙を書く姿を想像し、小さな笑みが浮かんだ。

 その笑みは、コノハという言葉に反応して浮かべたものでもあった。



 レンブラントには言っていない。



 あの日から一言も、コノハと言葉を交わしていないことを。



 続く


次回、ドラグニティズ・ファーム、


「見えない心に、心が揺らぐ」


仕方ないよ。だって……若いんだからさ。

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