72ページ目 見えない心に、心が揺らぐ
用件を伝えると、レンブラントはすぐに帰る支度を始めた。どうやらジークの事が心配らしい。
「今のあいつ、危なっかしいからさ。しっかり見ておかないとね」
「弟を頼むぜ、未来の嫁さん」
「は?」
「悪い、何でもない」
そんな他愛のないやりとりを終えると、ニドの嗎と共にレンブラントの姿はみるみる遠ざかっていく。
正直な気持ち、もう少しだけいて欲しかったとアリウスは感じていた。せめて、コノハとの距離を戻すきっかけが出来るまでは。
ろくな会話もなく共に食卓を囲み、お互い何かを言いかけてはその言葉を飲み込む。そんな日々が続く中、互いに距離感を掴めないまま春を迎えてしまった。初対面の時よりもぎこちない。
「どうすりゃいいんだよ、俺……」
「ガアウ!!」
と、突然シャディが大きな声で叫び出した。何事かとシャディの視線を追い、上を見上げると、
「やっほー、元気してたー?」
太陽を影が遮り、1人の女性がアリウス達の前に着地した。
「ウィス……さん? どうかしたんすか?」
「うん、ちょっと用事。……おぉ、シャディちゃん大きくなったねぇ!」
シャディにかけより、その頭と首を撫で回すウィス。シャディも悪い気はしないのか、身体をグリグリとウィスに擦り付ける。昔とは違い、彼女の体が少しよろけるくらいの力になっているようだ。
「おっと、アリウス君も。いやー、背高いねー。撫でるのも一苦労だ」
「あのな……」
懸命に背を伸ばし、アリウスの頭を撫でるウィス。その様子はやはり彼女の娘に似ていた。
「で、用事って?」
「ん、そうそう。まずコノハに話さなきゃならないんだけど……あれ、コノハは?」
「あぁ……あっと…………」
バツが悪そうに目を逸らすアリウス。彼の目をウィスは懸命に追うが、決して合わせようとしない。そんな様子を見たウィスは、指を顎に当てて考え込む。やがて、ハッとしたように顔を上げた。
「アリウス君……!」
「…………」
「コノハと、おたのーー」
「それはないから安心しろ」
「そう? 安心したような、ちょっと残念なような……」
ほんの少し肩を落とすウィスに、アリウスは溜息を吐く。
「…………家の中」
「もう〜、最初から素直に言いなさいな〜。このこの!」
肘でアリウスの胸を数回小突くと、さっさと家の中へ入って行ってしまった。あれでコノハより年上、推定百数十歳なのだから、年月は人の心を変えたりはしないのだろう。
シャディと目を見合わせ、しばらくの間自分達の行動を考える。そして、2人が下した決断は、
「まずはお前の寝床だな。さて、今度は硬めに作る為に石で……」
「ガウガウ!!」
「ダメか……」
シャディの必死の抗議が降り掛かる。考え過ぎかもしれないが、寝床に対して以外にも文句を言っているようにも見える。
今、コノハと無理に関係を修復しようとすれば、溝を深めかねない。だから機会を伺っている。伺い続けて…………いつか、来るのだろうか?
アリウスの頭の中で、コノハの哀しげな表情がグルグルと巡っていた。
「おっはよー、コノハー! お母さんが来たよ!」
扉を開き、大きな声で呼びかける。しかし数台のゴーレムがびっくりしたようにウィスの方を向いただけで、返事は返って来ない。
「あれ? コノハー!! お母さんだよー!!」
しかし、まだ返って来ない。
仕方なしに、ウィスは捜索を開始する。何かあったのではないかと心配になっていたが、意外と早く見つかった。
コノハは台所で、呆けた状態で薬を練っていた。まだ制作途中なのだろうか、すり鉢の近くにはまだすり潰されていない薬草や野菜が置かれていた。
「コノハー?」
「…………」
「……ワッ!!」
「きゃあっ!?」
背後に回り、コノハの頬を抓りながら、パンの生地をこねるように弄ぶ。やっと気が付いたのかすりこぎから手を離し、必死に抵抗し始める。
「い、いつゅの間にぃ!?」
「ちゃんと玄関で呼びました! お母さんのことを無視する悪い子はこうだ!」
「ふむぎゅぎゅー!! 何でみんなでほっぺを抓るのー!?」
ウィスはコノハを解放し、椅子に腰掛ける。すぐにコーヒーが入ったカップがゴーレムによって出される。
「それで、今日はどうしたの?」
「あー、その前に私から質問させて欲しいな」
「?」
一体何事かと疑問符を浮かべるコノハに、ウィスは優しく笑いながら問いかけた。
「アリウス君と喧嘩でもした? なんか様子がおかしかったけど?」
「アリウス……いや、別に」
「はい嘘ついた。バレバレなんだぞお母さんには。さっきも明らかにボーッとしてたし、アリウス君は不自然な感じだったし。今回の用事は2人の力を借りたいのに、喧嘩してたら意味ないんだよ」
「別に喧嘩してるわけじゃ……!」
「何で2人して素直じゃなーー」
「喧嘩してないのは本当だってば!! ……アリウスは何にも悪くない。むしろ、私が勝手に距離を取ってる…………酷い事してる…………」
今にも泣き出しそうな顔になるコノハ。それを見たウィスは慌てて立ち上がり、彼女をその胸に抱きしめる。頭を撫でると、閉じられた瞳から涙がポロポロと溢れ始めた。
「あんなに辛い過去なのに、無理矢理聞いて……また約束を破って…………私、アリウスと一緒にいたらダメ……!! 彼に辛い思いさせるだけで、何もしてあげられてない…………!!」
「そう……お母さんもごめんね。でも黙ってたら、アリウス君だって何が何だか分からないままだよ? あっちに行ってからでいい、まずはコノハの気持ちを素直に伝えなさい。答えは出てる筈」
「答え…………」
そう言うとコノハの背を押し、2人は玄関から外に出る。
しばらく庭を歩くと、遠くから悲鳴と竜が怒る唸り声が聞こえ始めた。
「やめろやめろ!! 石も嫌で藁も嫌で砂も木も駄目なら何が良いんだよ!?」
「グルァァァッ!! ガウガウ!!」
シャディに頭を齧られるアリウス。そしてその隣では数々の寝床の試作品が、無残にもバラバラになっていた。どれもシャディのお気に召さなかったらしい。
「イデデデ……あ、話は終わ……」
と、ウィスの隣にいたコノハにようやく気がついたようだ。途端にアリウスの声が消え入るほど小さくなる。
「ほら!」
背を押され、前に出されたコノハは手持ち無沙汰なのか、服の裾を摘んで俯いたまま口をつぐむ。それを見たアリウスは、少し困ったような表情を浮かべながら話し始めた。
「…………そういえばまだ、言ってなかったな。おはよう、コノハ」
「お、おは、よう……………………ごじゃいます」
ごもごもと口籠ったせいで呂律が回っていない。
ギクシャクとした雰囲気。だが以前に比べればほんの少しだけマシ。ウィスはそう判断した。
「まぁまぁ。若いから仕方ない! さぁて、じゃあ行きますか!」
「行くって何処に、ぃぃぃぃぃ!!?」
突如としてアリウスの身体が宙に連れ去られた。空を見上げると、ウィスの伴侶である赤いドラゴンの姿。
「さぁ、私達はこっち」
ウィスが口笛を吹くと、黒い飛竜が降り立った。摘まれた状態で空を飛んで行くアリウスの姿に、コノハはほんの少しだけ、笑ってしまった。
続く
次回、ドラグニティズ・ファーム、
「焦土の桃源郷」
まさに桃源郷だ。風景はそう見えないがな。




