63ページ目 始祖の村
凄まじい吹雪が、行軍している部隊を襲う。
険しい山道を超えて来た兵士達の体力も限界で、戦闘を歩く隊長もそれを察し始めていた。だが天候が落ち着かない今、休息を取るのは困難だった。だからといってこのまま行軍するのは悪手である事も事実。
「アリウス……」
「話しかけんな。舌が凍る」
「ある意味今回の遠征が一番辛いよ……目の前は白いし、身体の感覚も消えて来た……」
「貧弱な奴め…………次のキャンプまで生き残れるかカリスお坊ち…………やばい、舌が……」
軽口を叩き合いながら決死の思いで歩を進めるアリウスとカリス。2人は騎士の魂でもある剣を杖代わりに、やっとの思いで登っていた。
「そ、そも、そも、お前、槍の名家だったんじゃない、のか……? 何処やった?」
「置いて来た、に、決まってるだろう……今回は、調査、任務なん、だから……」
「ちきしょ……そっちの方が杖代わりに、な、なりそう、だったたた、のに……」
「き、君は僕の槍を、何て事に使おうとして……!!」
「後続へ通達! 洞穴を発見した、全員入れるそうだ! 急いでーー」
「うぬおぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
「ち、ちょっと待ってよアリヴッ、し、舌噛んだ!!」
列を崩して駆け抜けていくアリウスを引き止めようとし、カリスは思い切り噛んだ舌に苦しめられていた。
「痛い…………舌、痛い…………」
大きく口を開けた洞穴の中での休息。焚き火の中で煌めく炎は少し眩しいが、十分な暖かさで洞穴の中を満たしてくれている。
「あの寒さの中喋ってばかりだったからだろ」
「僕は君を止めようとだな……!!」
「煩いぞ! 寝ている奴もいるんだ、声の大きさを考えろ!」
凛と通る声に諌められ、2人は慌てて口を閉じる。その時、またしても2人同時に舌を噛んだ。
声の主はこの部隊の副隊長、ダイヤ・レートン。金色の髪にオレンジの瞳、中性的な顔立ちをした美しい女性だ。腰にはサーベルを提げている。
「よっ、お二人さん羨ましいね。ダイヤ副隊長直々のお叱りだ」
「羨ましいのはお前だけだろ、フリック」
洞穴の奥から姿を現したのは、緋色の短髪に黒い瞳をした青年、フリック・ペール。アリウス達と同期だが、その背は2人よりも高かった。
「いやいや、ダイヤ副隊長に叱られる、つまりそれは気にかけてもらっているってことよ。俺なんかほら、呆れられてるから基本無視されるもん。ね、副隊長!?」
「…………」
「ほらね!」
そこで3人は笑い合った。アリウスとカリス、そしてフリックは騎士団に入った時からの長い付き合いだ。身分や境遇はまるで違うが、友情は硬い。
「まったく、馬鹿者3人が…………」
「いいじゃないか。若者らしい」
と、塩漬け肉を頬張りながら話す壮年。髭を蓄え、貫禄のある長い白髪を縛っている。巨人の様な体格に、小さなシワが刻まれた顔。
この部隊の隊長、グレーガン・ビクトリオ。騎士団内では「凶熊のグレーガン」と言われている熟練の騎士だ。
「馬鹿をやっている間が一番充実しているのさ。お前も、もっと気楽にしてて良いんだぞ?」
「私は…………別に気負っている訳では……」
「なぁに心配ない。吹雪ももう時期止むだろうしなあ。ただ…………」
「やはり気になりますか? 今回の任務の事が」
「まぁな」
その話題になると、グレーガンとダイヤは神妙な面持ちになる。
今回、レオズィール騎士団第一部隊に課せられた任務。その内容は、
「この地方にある、始祖の村から魔剣を回収する事か。魔剣なんて実在するのかは知らんが」
「でも魔剣か……ちょっと気になるよな?」
フリックは興味津々な様子でアリウス達に話を振る。
「気になるって、何がさ?」
「そら気になるだろ!? もしその剣をとったら世界を支配出来るかもーとか、人間を超えた力をーとか!!」
「そんな……御伽噺じゃあるまいし」
「そもそも回収したらお前のものじゃなくて国の宝物庫行きだろ」
「夢の無い奴らだ……」
ドライな反応を示すアリウスとカリスに、フリックは寂しげな声を漏らす。
だがカリスは引っかかっていた。
何故突然、王は魔剣の回収をしたいと言い出したのか。何故魔剣の場所をこの近辺まで絞り込めたのか。
あまり深く立ち入るのは命の危機に、そして家の存続に関わる。だから人には聞かず、自分一人で考えている。
「…………お、吹雪が止んできたな。よし、出るぞ」
「総員出発準備! 焚き火は消して痕跡も残すな。日が沈むまでに村へ向かうぞ!」
グレーガンとダイヤの指示に従い、騎士達は荷物を運び出し、焚き火を消す。
アリウス達は洞穴を出る。
先ほどまでとは打って変わって眩しい日の光が差し込む。地面の雪がそれを反射し、キラキラと輝いている。そしてその下には急斜面と、流れの速い川が流れていた。
「にしても、すっげえなぁ」
「俺達はこんな道を進んで来たのか……」
眼下に広がる絶景にアリウスとフリックは驚愕する。
「ち、ちょっと、危ないよ2人共。落ちたりでもしたら……」
「安心しろってカリス。俺達はそこまでガキじゃねえよ、なぁアリウス?」
「当たり前だ。身の危険くらい考えてーーっ!!?」
直後、アリウスとフリックが立っていた地面の雪が崩れ落ちた。
「うぉっ!?」
フリックは咄嗟に木の幹にしがみつき、滑落を防いだ。
だがアリウスは、
「…………っ!?」
掴んだ枝はすぐに折れ、どんどん滑り落ちていく。
そして投げ出される感覚と共に、目の前には川があった。
「アリウスッ!!?」
「止めろ! お前まで落ちるぞ!!」
飛び出そうとしたカリスをダイヤが慌てて引き止める。
既にアリウスの姿は見えず、激流に呑まれてしまった。
「アリウス…………」
「この季節にあの川の速さだ。助かるわけ…………」
「縁起でも無い事言わないで下さいよ副隊長!! 彼奴は、彼奴は死ぬわけ無い!! 早く助けに行きましょう、隊長!!」
フリックは斜面から上がると、グレーガンに必死に訴える。彼は厳しい表情で考え、そして口を開く。
「……皆、急いで山を越えるぞ」
「隊長!? アリウスを助けないんすか!?」
「奴は若い、それに死ぬような奴じゃないのは俺も知ってる。だがこの切り立った地形だ。それにまたいつ天候が荒れるか分からん。………………合流出来るよう、祈るしかない」
そう言うとグレーガンは出発の合図を出し、先陣を切って歩いていく。
「アリウス…………」
「こんな所で死ぬなよ、馬鹿野郎…………」
しばらくの間、2人は動く事が出来なかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
吹雪が去り、太陽が爛々と煌めく。
村から少し離れた平原に、一軒の家が建っていた。白い雪面の中、白い毛並みをした2頭の狼が眠っている。その大きさは熊と並べても遜色がない程巨大だ。
ドアが開き、中から少女が姿を現した。
雪と見紛うほど白い髪、白い肌。大きな瞳は燃える炎の様に赤く、華奢な身体つき。ゆったりとした衣服の上から毛皮のコートを羽織っている。
「寒いなぁ。お散歩、やめようか?」
「ダメだよ! 僕達の楽しみの1つなのに!」
「そうだそうだ! お散歩する!」
少女の足元に、ワラワラと小さな仔竜達が纏わりつく。それぞれ体の色も、羽の有無、形も違う。だが皆、人間の言葉を話していた。
『さーんーぽ!! さーんーぽ!!』
「分かった、分かったよ……風邪引かないように気をつけてね」
「わーい!! 流石ネフェルは優しいね!」
「ほら、良いからこれ巻きなさい」
そう言うと少女ーーネフェルは、仔竜達の首に小さなマフラーを巻いていく。無いよりはマシだ。
夢中で駆け出していく仔竜達を遠巻きに見守りながら、2匹の狼達を起こす。
「ギム、ザーゴ、あの子達のお守りをお願いね」
「「グルゥ……」」
2匹は小さな欠伸を1つすると、はしゃいで回る仔竜達の後を追う。
まだ自分には仕事がある。薪割りに掃除、魚も獲ってこなくてはならない。場合によっては村に降りて買い物をしなくてはならないかもしれない。
望んで始めた独り暮らしだが、誰か1人くらい同居人が欲しいとも思っていた。
「ネフェル〜!! 大変なの〜!!」
と、遠くから1匹の仔竜が、ギムの背中に乗って戻ってきた。何やら非常事態らしい。
「どうしたの? また誰か木から降りれなくなっちゃった?」
「違うの! 人間が、人間が……」
「人間?」
「人間が倒れてるの!! 河岸に流れ着いてるの!!」
「あら……!」
急いで河岸まで降りると、ザーゴが体を寄り添わせて温めていた。
その青年の身体はびしょ濡れで、意識はなかった。持ち物はないが、服装から騎士である事は想像出来る。
「ど、どうするネフェル……?」
「家に連れていくよ! 私は暖炉に火を入れ直してくる。貴方達はギムとザーゴと一緒に彼を家まで運んで!」
ネフェルは急いで家まで戻る。
思わぬ来客との出会いに、心がざわついていた。
続く
次回、ドラグニティズ・ファーム、
「君について」
こんな形でお客様を迎えるなんてね……。




