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21ページ目 ロマンチストとマンドレイク

 

 いつ訪れても、この森は深い。


 だがここまで奥地に来たのはこれが初めてかもしれない。

 なにせ昇った朝日は背の高い木に阻まれ、その光を地上に届けられていないのだから。


「大分奥まで来たな」

 アリウスは切り株の上に立ち、辺りを見回していた。

「あ、あんた……元気だねぇ」

 息を切らしながら、レンブラントはその切り株に腰掛ける。

「まあ、アリウスですし」

「まあ、兄さんですし」

 コノハとジークの二人は示し合わせたかのように同じ台詞を吐く。どちらも苦笑いだ。


「その言い方はねえだろ。んで、どうだ? このへんならお前の仕事もやりやすいだろ?」

「そうだね」




 昨日、ジークが話した依頼。


 それはこの地方一帯の生物を観察、記録し、図鑑を作ることだった。


 ジーク曰く、ヴィルガードはここからかなり離れた地域にあり、そのため生態系も異なるらしい。

 そこでジークの恩師は、宿題(・・)を渡したのだ。




「にしたってこんな奥に来るこたぁないだろう」

 レンブラントはぶつくさと文句を垂れている。普段は店にいる為か、あまり体力はないようだ。

「でもここには珍しい生き物もたくさんいますし、ジークさんにとって良い場所だと思いますよ」


 コノハは眠そうに欠伸をするシャディを撫でる。「フゥン」と気持ちよさそうな鳴き声をだす。

 ニドはというと、コノハとレンブラントの近くに立っている。二人を守るような立ち位置だ。


「色んなのがいるなぁ……しかもヴィルガードの方にはいないものばかり」

「お気に召したようで何より。……ん?」


 アリウスは視線の先にあるものを見つける。


 倒れた大木と地面の隙間に、緑色の髪の毛のようなものが。

「何だ、ありゃ?」

 アリウスはゆっくりと近づき、その正体を確かめる。



 それは地面から頭だけを出した、人差し指程の大きさしかない少女だった。



「うわぁぁぁぁ!? どうした、誰にやられた!?」

 アリウスは思わず声を上げて駆け寄る。そして引き抜いてやろうと手を差し伸べた。


「ストーーーップ!!」


 声が響いたのも束の間、両肩をガッチリホールドされて引き離される。

 振り返ると、コノハが焦った表情をしていた。

「アリウス、危ないですよ!」

「え、いやだって……」

「少しは警戒してください!」


 事態を飲み込めていないアリウス。

 するとジークとレンブラントがその少女に歩み寄っていく。


「これは……マンドレイクだね」

 ジークは一目見てその名を言った。

「マンドレイク?」

「あぁ、たまに私の店にも入ってくるねぇ。頭の葉が薬膳に使われる奴だろう?」


 ジークもレンブラントもやけに詳しい。アリウスは何故か少し悔しい気持ちになっていた。

「頭に葉が生えてるってことは植物なのか?」

「植物というより、妖精に近いんだよ。今は休憩中。だから無理に引き抜くと泣き出すんだ」

「……泣いたらマズイのかよ?」

「その声を聞いたら最悪死ぬ」


 背中に寒気がした。

「コノハは知ってたの……って、コノハ?」

 アリウスの視線の先にはマンドレイクに臆せず歩み寄るコノハの姿だった。そしてそのまま、マンドレイクへ手を伸ばす。

「なぁっ!? コノハ、お前触るなって今……!」

「危ないですよコノハさん!! 不用意に触らないでくだーー」


 だが二人の言葉は届かず、コノハの手はマンドレイクの頭の葉をむんずと掴んだ。




 ……数秒間の沈黙が続く。一向にマンドレイクの鳴き声は聞こえない。


「あれ? 何も起こらない?」

 ジークは塞いでいた耳から手を離す。

 コノハの手を見ると、そこにはマンドレイクの葉が握られていた。

「コ、コノハさん……どうやって?」

「え? いや、普通に」

「え、えぇ!? 手で、ですか!?」

 コクリと頷き、そして首をかしげるコノハ。

 アリウスはマンドレイクの方へと視線を向ける。葉を取られたことに気づいていないのか、その目は未だ閉じられたままだ。


 ジークはというと、額に汗を浮かべていた。

「そんな……マンドレイクの葉を素手で採取出来る人がいただなんて……熟練の人ですら入念な準備が必要なのに…………」



「ま、コノハだからな」

「ま、コノハだからねぇ」

 アリウスとレンブラントの二人が絞り出すような笑い声を零した。


「ど、どういう意味ですか!?」

 コノハの真っ赤な顔が、更に笑いを誘った。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「それにしてもここは凄いなぁ」

 歩きながらも、ジークはノートを書く手を止めない。その瞳はまるで幼い少年のようだった。


「…………あんたさ」

「はい?」

 レンブラントは突然ジークを呼び止める。

 その目には憂の色が滲んでいた。

「楽しいかい、それ」

「突然ですね。確かに楽しいですよ。ヴィルガードにはいない色んな生き物がたくさんいますし、それにーー」

「そうかい……」

 その言葉にジークはぴくりと反応する。ノートを閉じ、ゆっくりレンブラントの方を見つめ直す。


「どうかしたんですか?」

「いや、何でもないよ。気にしないでおくれ」

 何でもないという割には、その表情には苦しそうな色が見て取れる。

 前を見るとアリウスとコノハの姿はそれほど遠くない。どうやらシャディがはしゃいでいるらしい。しばらくは先に行かないようだ。

「レンブラントさん、少しお話しませんか?」

「は? いいけど、何を?」

「話題はお任せします」

 そう言いつつも、ジークの顔にはこう書かれている。


 さっきの続き、聞かせてください。


 諦めたようにレンブラントは苦笑し、切り出した。

「あんた、エルフの特徴言ってみなよ」

「はい。長寿で、耳が尖っていて、魔法が使える。そして……」

 ジークは少し迷った素振りを見せた後、言った。


「美しい金の髪を持つ」

「大当たりさね」

 レンブラントはやれやれと手を振る。

 それは恐らく、銀の髪を持つ自分に対して。


「おかげで人間はおろかエルフにまで気味悪がられてね。知ってるかい? 銀の髪を持つエルフは呪われてるって伝説」

「……あくまで、伝説でしょう」

「それでもみんな信じてるんだよ。私をみんなと同じ環から外す。ほんの少し、違うだけなのにねぇ」

 段々と彼女の表情が落ち込んでいく。自分の髪を恨めしそうに撫でる手つきからは切なさが滲み出ていた。


「…………悪いね、気分悪かっただろう? あんたのとは関係ないから構わずにーー」

「知っていますか?」

 レンブラントの肩に手が置かれる。俯いていた顔を上げると、ジークは人差し指を上げていた。


「有名な竜騎士の物語にこんな一節があるんですよ。戦いで傷ついた竜騎士の命を救ったのは、美しい銀の髪を持つ森の人であった」

「……」

「それから銀の髪を持つエルフは神聖なる象徴となったそうです。……レンブラントさんの話を聞く限りだと間違った伝わり方をしたのか、それとも……」

「プッフフフ!」

 レンブラントの口から笑い声が噴き出る。

 先ほどまでの暗い表情が嘘のように消えていた。


「随分とまぁ、ロマンチックな励まし方するじゃないか。全然想像つかなかったよ」

「そ、そうですか? そんなにおかしかったですか?」

「いいや」

 その時ジークには、エメラルドグリーンの瞳が少し潤んだように見えた。


「ありがとう、ジーク」




「見ました? 見ました?」

「あぁ、うん……」

 アリウスとコノハは木の陰からその様子を見つめていた。

 だが興奮気味にそれを見るコノハとは対照的に、アリウスは死んだ魚のような目で見ていた。

「やっと、やっとレンちゃんに春が来ました! やったー!!」

「今は夏だ」




 グァ……グァグァ


 木の上から、血のように赤い目を光らせる。

 それは腐った魚のような臭いを放つ吐息を吐き出す。


 グァギギギィィ



 赤い輝きは、一気に数を増した。


 続く

今は夏ですよ、姉御。


というわけで21ページ目でした。ちょっとした事でトラウマを思い出す繊細なレンブラントの姉御と、それをロマンチックに慰めるジーク。

いやぁ、春だ(どっちだよ)


それでは皆さん、ありがとうございました!

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