22ページ目 血に飢えた眼
「お、何だこれ?」
森を歩いていると、アリウスが何かを見つけた。
アリウスの小指の半分ほどの大きさの、ツルツルした白い破片だった。
「兄さん、それは?」
「これは……」
「石か何かじゃないのかい?」
後ろからジークとレンブラントが覗きこむ。レンブラントの方は何やら野草などを小脇に抱えているが、どれも怪しいものだ。
「いや、多分これは歯だな」
「歯?」
よく見ると、確かに歯の根のようなものが僅かに残っていた。
アリウスは何かをせっせと集めているコノハの元へ白い破片を持っていく。
「コノハ、これ何の生き物のものか分かるか?」
「ん〜? ……え!? もしかして……」
「やっぱ、そうだよな」
二人には、ある共通の生物を思い浮かべていた。
その時、ジークが恐ろしい状況を伝えた。
「兄さん! 周りに生き物の骨が散らばってる!! これってまさかーー」
ジークの声を聞いたのか、辺りからけたたましい鳴き声が鳴り響く。
「マズイ!! こっから離れるぞ!!」
「え、ちょ、ヒィッ!?」
「ピィィィ!!」
コノハは反応する間もなく、アリウスの肩に布団のように担がれる。
シャディも後を追い、翼を意味無くぱたつかせながら走り出す。
「レンさん、ニドの背中に乗ってください!」
「れ、レンさんって……って、ちょっと待ちなジークどこ触っ!?」
レンブラントは同じようにジークに担がれると、ニドの背中に乗せられる。
ジークも同じように飛び乗り、手綱を手に取った。
「いいよニド、兄さんの後を追って!」
「ブフフルルゥ、ヒィィィン!!」
「え、うわぁぁぁぁ!?」
レンブラントは振り落とされないようにジークに手を回す。直後、ニドは風を切る様に走り始めた。
グギギギィ!!
血に飢えた様な金切声と羽音が重なる。
アリウスはコノハを肩に担いでいるにも関わらず、森の中を疾風のように駆けていく。
「アリウス、もしかしてあれって……」
「ああ、間違いない。ハーピィ・ワイバーンだ」
ハーピィ・ワイバーン。
ワイバーンの中では小型だが、獰猛な性格、そして大きな群れを作ることから恐れられている。
普段は動物の死骸を餌としているが、時として人間や家畜を襲うことすらある。
「まさか知らない内に巣に入ってたなんてな……。下手な獣よりもタチが悪い奴らだぜ」
「兄さん!!」
馬の蹄が鳴り響くと、ジーク達が追いついて来た。
どうやら良くないことに気づいたようだ。
「まだ追いかけて来てるよ、縄張りはもう抜けた筈なのに!」
「あいつらにとって、俺らは侵入者じゃなくて餌だからな。多分森を抜けるまで追い続ける」
「じゃあどうしたら……」
「私が説得します!」
コノハは担がれた状態で提案した。
「私、ユーランスペルで話せますから、何とかやってみます!」
「そうか! それなら……」
「悪いが、それは出来ないだろうな」
賛同しかけたジークの声を遮り、アリウスはその提案に待ったをかけた。
「どうしてですか!? きっと話せば……」
反論するコノハに被せるように、今度はレンブラントが話し始めた。
「あのねぇ、コノハ。あんたは食べようとした鶏が、俺を食わないでくれ、って言ったらどうする? 腹が減ってるときにだよ?」
「それは……その……」
解答が見つからず、俯いてしまったコノハ。
アリウスはそれを見ると小さく息を吐き、そしてコノハの頭に手を置いた。
「コノハなら見逃してくれそうだが、生憎と奴らは諦めねぇだろうな」
「なら……どうするんですか?」
するとアリウスは前に一歩出る。
背中に吊っている、白銀の鞘に納められていた剣の柄に手をかけた。
「強さで示すしかないだろ。これが一番伝わりやすい」
「そんな、いくら兄さんでもワイバーン相手に……」
「いやぁ、実戦はいつぶりかも分からないがやってみるさ。向こうもその気らしいしな」
気がつけば追いつかれていたらしい。
身の丈よりも大きな翼膜。赤黒く染まった牙からは嫌らしい唾液が糸を引いている。
赤い無数の斑点が、アリウス達を囲んでいた。
グギギギィ ギギギギィアィ
「焦んなよ。ジーク、レンブラント、コノハを頼む」
「うん」
「任せときな」
ジークとレンブラント、そしてニドとシャディまでもが、コノハを囲むようにして守る。
「…………」
攻撃魔法が一切使えない、みんなに守られるだけの自分を、コノハは情けなく感じていた。
「アリウス! 私は、どうしたら……」
「ん? そうだな……」
彼は一瞬振り向き、そしてこう言った。
「帰ったら、とびっきりのご馳走用意してくれ」
グギヤァァァァァァ!!!
耳をつんざく号令を上げ、一斉に飛びかかってきた。
アリウスは背中の長剣を抜いた。
その瞬間、辺りに眩い光を放ったのだ。
普段、この暗い森で生きてきたハーピィ・ワイバーン達はその光に怯んでしまった。
それが、最後の時。
「ぜぃやぁぁっ!!」
気迫を放つ叫びと共に走った剣閃は、ハーピィ・ワイバーンの首を二つ斬り飛ばした。
突き出された爪を強引に掴み、肩口から胸に袈裟斬り。深々と刺さった剣を力任せに引き抜くと、その勢いを利用して二匹の胴体を真っ二つにした。
「…………」
正に死神の如く敵を冥府に送るその強さに、コノハ達は絶句していた。
と、背後から一匹が奇襲を仕掛けて来た。
「後ろからだ! レンさん!」
「あぁはいはい!」
レンブラントは掌を合わせる。
「ベグネレズ ジノハユガ レイズ ギグラサヴィス ガナデラ (跪け、かの者らよ 生命を焦がし尽くす 紅蓮の焔)」
するとレンブラントの掌から鎖のように炎が現れ、薙ぎ払われたそれはハーピィ・ワイバーンの首に巻きついた。
苦悶の声を上げる飛竜にとどめを刺すように、レンブラントは首を焼き切った。
次々と斬り捨てられていく仲間を見たのか、一旦木の上に退避し、威嚇をし始めるハーピィ・ワイバーン達。
ガラスを引っ掻き回すような声を上げ、翼を大きく震わせる。
しかし、アリウスは全く怯まない。
それどころかその眼には、獣のような闘争心が宿っていた。
「失せろっ!! お前らの餌になるつもりはない! これ以上突っかかってくるなら……ここで根絶やしにする!!」
ゾワリと、コノハの背中に寒気が走った。
その声、その表情。コノハの知るアリウスではなかった。
ハーピィ・ワイバーンは一斉に黙り込む。それが一層、不気味さを醸し出していた。
ギギィグァ!!
一匹が声を上げたかと思うと、群れは一斉に飛び立ち、森の奥へと消えていく。
戻ってくることは、二度となかった。
「…………ふぅ」
アリウスは剣を一払いし、コノハ達の元へ戻って来た。
その顔にはベットリと返り血が付いているのに対し、剣には一切の血汚れが付いていなかった。
「兄さん、凄かったね」
「ん? そうか?」
「いや、正直引いたね私は」
「嘘だろレンブラント……そんなにか?」
アリウスが肩を落とすと、ジークとレンブラントはクスリと笑いを零した。
……コノハは、笑うことが出来なかった。
見てはいけないアリウスを見てしまった。
ドラグニティの超感覚は、アリウスの狂気をしっかりと脳内に焼き付けてしまっていた。
ふと、浮かない表情をしているコノハに気がつき、アリウスは手を伸ばした。
「なぁコノハ、大丈ーー」
「っ!!」
パシィン、という甲高い音。
コノハの手が、アリウスの手を振り払った音だった。
「あっ……違うんです、これは……」
コノハは反射的にやったことに今頃気づき、謝罪しようとした。
だが、
「いや、いい。気にしてない」
アリウスは踵を返した。
気にしてない、そう言った目は悲しみの色を含んでいた。
「あの……ごめんなさい……」
アリウスが差し伸べた手を振り払ってしまった自分への嫌悪感。
拭えない、アリウスに対しての恐怖心。
「私、臆病者だ……!」
続く
血に飢えた眼は、ハーピィ・ワイバーンの方か、アリウスの方か……。
というわけで22ページ目でした。この話でアリウスが本当に人間か、作者自身疑いましたが……彼は人間です!
そして今回、レンブラントの姉御が魔法を使いましたね。その際にユーランスペルを話していましたが……姉御は動物とは話せません。
そちらの理由は次回に判明します。
それでは皆さん、ありがとうございました!




