消えてもらっては困る場所
「う……うぅ……んっ!!」
まず最初に、頭が痛い。
次に、つーんっと耳鳴りがする。
そしてゴムと金属の焦げるにおい。
最後に全身が痛む。
……現実に戻ってきたのか。
頭を上げて状況を確認する。
少し先で、ひっくり返ったワゴンが炎上している。
自分がうつぶせになっているのはアスファルトの上か。
「あ、気がついたね?」
その側で、褐色の少女、カフイがニコニコとあぐらをかいて座っていた。
──そうだ、熱田神宮までもう一歩というところで、追いついてきたカフイに襲撃を受けてしまったのだ。車から逃げ出したはいいが爆発の衝撃で投げ出され、体を強く打って気絶し、そのあとは……あいつの夢の中で遊ばれてたということか……。
「せっかく追いついたのに、肝心の大樹ちゃんが気絶しちゃって、困ったよ」
彼女の背の向こうに、熱田神宮の鳥居が見える。
巨大な、家より高い素木鳥居で、両脇にはこれまたバカでかい献灯が据えてある。
大樹が転がっているのはバス専用の駐車場だ。目の前には国道19号。
つまり、ここは西門か。
「サクラさんとチャーと……それから葵はどうしたの?」
「大樹ちゃんが寝てる間ね、ユズ先輩に葵ちゃんを盗られちゃったって。
サクラ先輩たちはそっちを追いにいっちゃったよ」
はぁ、とカフイがため息をつく。
「なんていうかー、みんな葵ちゃんを護りたいだけなのに、こんなにいざこざするなんてバカらしいとおもうんだけどなー」
「あんたはどうなのよ?」
「ボク?
ボクは大樹ちゃんと戦いたいだけ!
葵ちゃんなら、どうせなんとかなるし!」
むくり、っと大樹は立ち上がった。体は痛いが、打ち所は良かったようだ。
歩く走るに支障は無い。
「あんた、なんか、勘違いしてるのよ」
ゆっくり歩む。目的地はすぐそこだ。
「勘違い?」
「そう。葵は私の舎弟じゃないし、だれかがやらないと葵は死ぬのよ」
「サクラさんから聞いたはずだよ?
大樹ちゃんは普通じゃないんだって。
葵ちゃんならアカリ先輩かサクラ先輩が救ってくれるから、ボクには関係ないよ」
「……あんた、葵の眷属なんでしょ?」
「そうだけどさ。別に、なりたくてなったわけじゃないし」
ふーっとため息をつくカフイに大樹は、
「サクラさんもアカリも、クロっておバカさえ、どうすれば問題が解決するか考えて行動してるわ。……あんたはなにがしたいの?」
「さっきから言ってるじゃないか。
ボクは──、」
カフイが大樹の前に躍り出る。そしてランスを振りかぶった。
「大樹ちゃんと……強いやつと戦いたいだけだよ!!」
「あんたの相手してる暇は無いのよッ!!」
振り下ろされるそれを、大樹は回避して走り始める。
「どこに逃げるんだい!?
葵ちゃんも先輩たちも居ないのに、ボクから逃げられるわけないよ!」
しかし、瞬く間に目の前にカフイが出現する。
「私は葵を助けなきゃいけないの。
邪魔をしないでっ!」
「君がやらなくてもいいじゃないか、そんなこと!
君の嫌いな名古屋が消えてくれるんだよ!? なにがいけないのさ!!」
「好きとか嫌いとかじゃないのよ。
良いところも悪いところもひっくるめて、ここは私の居た場所なんだ──、」
カフイと大樹の武器が衝突する。
「私と葵が居た場所なのよッ!!
消えてもらっちゃ困るの!!」
「いいね、そうこなくっちゃ!!」
ぶつかりあいが満足なのか、意気揚々とカフイはランスを振り回す。
「あんたと戦ってる暇はないっ!」
「でも、戦わなくちゃ進めないんだよ」
カフイの一撃で、どんっと大樹は突き飛ばされる。
……強い。ケンカ好きなだけあって、力任せのユズなんかとはわけが違う。
どうしたものかと考えていると、そこへ、
ギャイイイイイイイッ!!
「やああああああああああああッ!!」
チェーンソーを振りかざし、一人の女の子が飛び込んできた。
カフイに一撃を加え、立ちはだかる。
「クロ先輩──ッ!!」
横槍にカフイの顔が歪む。
「お姉さま、今です!」
振り返り、少女がこちらに笑む。
黒い長髪を縛って纏めただけの簡素なヘアスタイルとヘアバンド。牛乳瓶の底みたいに分厚いめがねに、ほほにはそばかすを付けた、化粧っ気の無い少女だ。
見たこと無い娘だが……まさか。
「あんた、夢の中のニセ葵……」
「現実ではクロは力を使えない。
長く持ちません、早く!」
大樹は頷くと、熱田神宮の境内に飛び込んでいった。
「遊び人のクロ先輩の癖に、一体なんのつもりさ!?」
「だって、クロもお姉さまと葵ちゃんの関係を応援してるもの!」
「でもいざこざはごめんだって言ってたじゃないか!」
するとどういうことか、クロは艶っぽい声で、
「──だって、お姉様ったらあんなに激しく折檻するんですもの」
と熱く湿った吐息を漏らした。
「うぇぇ……。
まーたなんかはじまってるよ……」
「あの人を人と思わない一方的な暴力、見下した冷たい視線、なのに秘めた熱い心。
ぶん殴られながらクロは不本意にも……はうぅー」
「あのさぁ。大樹ちゃんは葵ちゃんとくっつけるんじゃなかったの?」
「2号ちゃんでもいいの!
クロはお姉さまに尽くすと決めたの!」
「あーもーっお願いだからボクにわかる言葉を使ってよーッ!!」
熱田神宮西門で、カフイの絶叫が響いた。




