「私が手を加えるまでも無く二人はすでにアブノーマル天国おぶぅッ!!」
リゴーン、リゴーン……。
鐘の音が鳴り響く。モザイクグラスから日が差し込み、神々しい十字架が赤いじゅうたんを見守っている。
──ここは神聖なチャペル。
今日、結ばれた二人が、永遠の愛を誓い合う──……。
「あいつ、自分が神道の眷属っての忘れてるよな……」
真っ白なタキシードを着た大樹が、異教徒のシンボルを見上げながら呟いた。
「しかもタキシードって、私はおんなだっつーの」
そこはやっぱり女の子、どうせならウェディングドレスといきたいところなのだが。
教会の中には誰も居ない。どうしたもんかと困っていると──、
バンッ! っと扉が勢いよく開いた。
花嫁だ。荒い息で方を上下しながら、花嫁が飛び込んできたのだ。
「遅れてごめんなさい、大樹ちゃんっ!」
ベールと逆光でわかり辛いが、声からしてあれは葵……否、ニセ葵のようだ。
ぎーっと勝手に扉が閉じて、花嫁はバージンロードを急いてやってくる。
ふわりとした純白のスカートが邪魔なのか、急いでいる割には速度が出ていないが、花嫁はなんとか壇上に上がり大樹の目の前に立った。
小さな口元は薄い紅で彩られ、朱を差した頬が熱い吐息を漏らす。
童顔の少女が、ちょっと背伸びをした、そんな印象の化粧が施されていた。
──う。……ちょっと可愛いぞ。
もともと可愛いタイプではあったが、上手に化粧すればここまで化けるのか……。
大樹は少しどきりとした……いやいや、どきりとしてどうする。
「ごめんね、こんな大事なときに遅刻なんかして……」
一瞬の葛藤の最中、花嫁が言ってきた。
「あ、ああ、うん……」
慌てて言葉を返したために、返事にならない単語が口から漏れた。
すると、ベールの向こうで、葵がつうっと涙を流した。
「──私のこと、嫌いになっちゃった?」
潤んだ瞳がこちらを見上げる。澄んだ涙が大樹を映す。
「いや……嫌いとかそういうのじゃなくて……」
いやいやいや、なにをどぎまぎしているんだ!? これはクロの術中だぞ!
涙も葵もニセモノなんだ、──違う!
そこじゃない、問題はそこじゃない!!
「あ、あのな! 私も葵も女だぞ!
なんで結婚式のシチュになってんだよ!!」
「でも……大事にしてくれるって言ってくれたね」
「言ってねぇ、」
「とっても、とっても嬉しかったよっ!!」
ぱぁっと花が咲いたように葵の笑顔が可憐に輝く。
うぉあ、まぶしぃ──っ!
ズッドーンっと、大樹の胸が不可解な衝撃で打ち抜かれる。
その一方で、これは恋愛感情とはちょっと別物だと、頭の片隅で悟った。
もっと別の、子猫や小動物の可愛らしい仕草に胸を打たれるあの感覚だ。
──しかし〝抱きしめたくなる衝動〟という答えは同じであって。
ニセモノとはいえ葵にそんな感情を抱いていたのは事実であって。
「神父も祝福してくれる人も居ないけれど。
──誓いのKISS、してくれるよね?」
葵がそう誘いかける。
「あ……あああ、あほかあああ、すす、するわけないだろっ!!」
力の篭らない抵抗。
「──して……くれるよね?」
葵が小首をかしげて可愛らしく笑む。
すると、どういうことか体が勝手に動き始めた。
自らの意に反して、大樹の腕が葵に向かっていくのだ。
花嫁のベールをそっとめくり、その美しい素顔をあらわにする。
「な、なにこれ……っ」
クロの仕業か、クソ、体が言うこと利かない!
今キスしたらヤバイ、なんかしらんがヤバイっ。
どくんどくんと鼓動が高鳴り、大樹の唇が、ゆっくりと葵のそれへと触れて──、
バンッ!!
「異議ありよッ!!」
間一髪のところで、教会の扉が開き、白無垢を着た女性が乗り込んできたのだ。
「その結婚、異議ありだわ!!」
場違いなバージンロードをずんずん歩いて壇上に上がる。
そして大樹の腕を掴んでニセ葵に食って掛かかった。
「私のお姉さまを盗ろうだなんて!
この、泥棒ネコ!!」
「「えええええええええええええ!?」」
乱入してきた女に大樹とクロが声をそろえて仰天する。
「な、なんなのこの女の人は!?」
っと、大樹が言う。
「し、知らない! 誰ですかあなた!?」
予定が狂ったクロの悲鳴じみた声。
「お姉さま……。
私のこと、お忘れですか……?」
綿帽子で顔が伺えない。
……一体誰なんだ?
「私です──……わ・た・し♪」
バッと乱入者が白無垢を剥ぎ取る。
変装を解いたその実態は、なんとブギーマンだ。
「やぁん、おねえさまったらっ!
薄情なんだからぁ!」
先ほどまでの完璧な女装とうって変わって、露骨なオネエ口調でくねくねと踊る。
「「うげええええええええええええ!!」」
再びシンクロして仰天する。
「あらやだ、しつれーねー。これでも宴会の席でお酌に呼ばれるほどモテるのよ!!」
確かに女だと思って疑わなかった……。
「なんかもう、私がおかしいのかお前らがおかしいのかはっきりしてくれぃ……」
ちょっと自信をなくしてしまう。
「ちょっと! 私のお姉さま×葵ちゃん計画の邪魔をしないでよね!!」
「そんなことしらないわ! お姉さまは私のものなのよん!!」
「……オネエキャラでレズって破綻してないか?」
でも良く考えたら大樹は男装しているので成立する気もする。
「もう少しだったのに、きいいいいーっ!」
クロは悔しそうに地団駄踏む。
そうっすね、もう少しでした。
危なかったよ……。
大樹は数秒前の自分を振り返って冷や汗をかいた。
「こうなったら最後の手段よッ!!」
「それさっきも言ってたぞ」
「むうぅぅぅぅん!! 分身ッ!!」
ニセ葵の体が三原色に別れ、赤青黄と三つになる。
そしてぽんっという煙と共に彩色が戻り、三人のニセ葵が現れた。
……いいのだが、今度はメイド、ナース、婦人警官とそれぞれコスプレしている。
「正攻法がダメなら物量戦よ! さあー葵ちゃんがよりどりみどりですよ!!」
「ああ、死にたい。一度でもお前の術中にマジになった自分を殺したい」
「まどろっこしいのはもうやめよ!
葵ちゃんボディでいろいろ教えて差し上げます!!」
バッと葵軍団が大樹を取り囲む。
「ふっふっふ……」
「ニセモノとはいえ姿は葵ちゃん」
「果たしてお姉さまにこの体を傷つけることができふぐぁッ!!」
メイド葵の顔面に大樹の拳がめり込む。
「あ。当たるんだ。こりゃあいい」
ダメージを確認して、仰向けに倒れたところを馬乗りになり、もう一撃。
「ひ、ひどい、いくら同性とはいえ女の子の顔をグーでふごっふっ!!」
「そんな、葵ちゃんの顔なのに!?」
「どうして平然と殴れるの!?」
周りの葵から非難が飛ぶのを、
「ああん?」
と睨み付けてやる。
二人の葵はびくりと怯えすくんだ。
「葵にはいろいろイラついてんのよ。
ちょうど良かったわ、同じ顔があって」
「でも顔面なんて普通なら絶交えぶしっ!!」
「構わん。どうせいつもやってる」
「いやああああ、この人鬼だばぁ!!
私たちたすけあがしっ!!」
「ごめん私っ!!」
「怖くて助けられないのっ!!」
抱き合って怯える葵達が見守る中、大樹の拳はごっつごっつと顔面を強打し続ける。
「葵ちゃんいつもぶばしッ!!
こんなべがふッ!! 酷い目におばしッ!!」
しばらく殴りつつけ、ウサが晴れたあたりでやめてやる。
「手が疲れた」
純白だったタキシードは鼻血で彩られ、当のニセ葵は口をパクパクさせていた。
「……あ、あはは、わかった。わかっちゃった。
私が手を加えるまでも無く二人はすでにアブノーマル天国おぶぅッ!!」
こいつの勘違いは修正できなかったが、まあいい。
「下らんこと言ってないでとっととこっから出せ。マスク取ったジェイソンみたいな顔にしてほしいか?」
「ひぃぃ……、わ、わかりました、わかりましたからっ!!
もう酷いことしないで……ッ!!」
クロが指をぱちんと鳴らすと、背景が真っ白になった。
そして大樹の意識も同じように遠のいていく……。




