文化の日
放置すみません(><)再開します!
十一月初め。
天高く、はるか遠いことを思い出すほど、全国的に澄んだ青空の広がることが多い本日。
今年は残念ながら、上から滴がしたたり落ちている。
「はいはい、漫研はこのエリアからはみ出さないでね~お隣のテニスと堀ゼミとは仲良く…あ、空手部のみなさん、良~いところに!食べ物系出しているところに伝え忘れていたのだけど、できるだけお客さんにゴミ箱の位置伝えてくれん?悪いね~」
――たとえ客足遠のき、雨足繁くなろうとも。この刹那、踊り狂えば秋桜――
OGなのか講師だったのか、いつの戯言かは不明であり、意味も不明瞭だが。この一文は昔から伝わるものらしい。品位が疑われるとかで非公式ではあるものの、ここの出身者で知らない者はいない。
そのせいか、『秋桜祭』の愛称で親しまれている本日開催の学祭ばかりでなく、何事においても雨天決行が暗黙の了解となっている。
おかげさまで、会場前の慌ただしさは晴天時の倍以上であることを注記しておく。
「市村。」
「あ、田辺だ~!悪い、これ第三校舎入り口に頼んでいい?」
「わかった。あと、うちのスペース横にあるパンフて」
「雨風しのげるように置いてあるはずだけど、ダメそうだったら打ち合わせどおりウチノサークルのとこ置かせてくれい。スペース無理なら校舎内のと一緒にするから、連絡よろ~!」
「…了解。」
もっとも、走り回っているのは学祭役員がほとんどなのだが。
どちらかと言うとインドアで、たまに人に対して冷たすぎる態度をとることもある市村。
それがなぜか今年は、積極的に参加していて、委員という面倒な役目も滞りなくこなしている。
「よくやるよ。」
仕事ぶりは自分にはどうやってもできないことで、ある種の呆れと憧れが胸中に混じった。
対人関係はなんとかなっても、自身の能力をどう使えば動かせるのか分からない。だから失敗するのが不安で、いつもこういった類いを断る自分にとって、市村がとても羨ましい。
走り去る背中に、重量感のある息を吐き捨てる。不可視の攻撃は、対象に当たることなく地に堕ちていった。
「ふい~、なんとか一段落だぜい。」
屋台のひやかしを一通り終えて、昼休憩の適当な場所を探していると、校舎前の芝生に寝転がる市村を発見。あちらも休憩のようである。
雨は止んだが、市村は重たい雲が朝のままでいる空を見上げている。寒くないのだろうか。
「なにやってんの市村……。」
「おお!田辺~♪」
ため息まじりに話しかけると、顔だけこちらへ動かし、いつもの調子で返された。
「濡れるよ。」
「ふっ。ウィンドブレーカー着用の私に死角はないのだよ!」
わけのわからないVサインをされて、思わず目をそらす。
市村さん、恥ずかしいです。
「あれ?なんで目をそらしたの?」
「……いや、あそこに着物の長尾がいたから。」
運よくそこにいた同じ科の友人を視線で示してごまかす。こんなことで追及は逃れられないかもしれないけれど…
「ん?あ、ほんとだ~。着物ってことは茶道部の当番終わったのかな。これから行こうと思ったけど、あいつが淹れる茶じゃないのか。」
どうやらこれ以上聞くつもりはなかったらしく、案外すんなりと乗っかってきた。それどころか、茶道部の会場へ向かうかどうかを真剣に悩みだしている。その姿に内心、胸をなでおろした。
「あれ。抹茶、平気なんだ。」
甘党の市村が飲みほすところが想像できない。気になりだして聞いてみると、
「お抹茶は甘いよ?」
首をかしげた動作までつけてのたまう。菓子のことじゃないよな。
「いや苦いでしょ。」
「そうかなあ?おいしいよ、お菓子の抹茶は、あれはあれで甘いけど。」
嘘をついていないと判断できる目は、まだ長尾を追っていた。昼は焼きそばにするらしい。着物に匂いや汚れがつかないといいが。というか、見られていることに気づかないのだろうか。
雨が止んだおかげで、屋台の前には人が集まってきている。
これで友人たちから売れ残りを押しつけられないといいのだが。おそらく、量がわずかに減るくらいだろうな。
「――どういう風の吹きまわし?」
「委員のこと?できるだけいろんなこと体験しとかないと、頭でっかちの世間知らずになっちゃうかな~と思って。」
「殊勝な考えだね。…で、本音は。」
嘘ではないのだろうけど。市村のことだから他にもあるはずだ。
「ん?」
「それだけじゃないでしょ。」
ここで市村を見るまでは、聴くつもりはなかった。
その人が平気そうにして口角をあげているなら、できるだけ自身でかたをつけるべきである。手を貸すのが、少し面倒だというのもある。
だが、午前中の憧憬がまだ腹の底で蠢いていた。
自力で抑えるには時間が足りなくて、市村を認めた途端、暴れて飛び出してきてしまう。
こいつのもっと深いところをぐちゃぐちゃにしてしまいたい。
細い双眸が濁るのを見て、自分と同じ人間だと安心したい。
つのる暗い願望を、放つことしかできなかった。
悪意や棘を多分に含んだ声音で話されたら、さすがに怒るだろう、これで市村をつき落とせるのではないか。
予想に反して、市村は怒りもせず、怯んでも不快にも感じでいないようだった。淀んだ感情を向けられていると理解しているはずなのに、表情にも態度にも現すことはない。
「反抗、かな。」
ただ、とてつもなく苦いものを含んだような笑みをこぼしていた。
手の届かないところにある薄墨を、見上げながら。
「文化ってさ、人をまとめたり分けたりするシェルターなんだよね。この世界にそれがあるおかげで、私たちは心が豊かになるし、人と仲良くなれる。」
ふらふら話す市村の顔が、曇天と同色に染められていく。
「けれど、ずっと守られていると繊細になりすぎて生きられなくなっちゃう人もいる。そして怖くなって、なにもしていない外を攻撃してしまう。」
例えば共通の趣味というものは、他人と関わる手段の一つである。
自分と『同じ』ところを探して、共感して、コミュニケーションがとれる。
それはいいことなのだが、『同じ』だからと自分の分身のように扱い、不用意な言動をとってしまうことがある。
理解できないから、理解されないからと自分の外へ追い出し、相手の人格を否定してまで傷つけてしまうこともある。
先程の、自分が市村に対してしようとしたことと、どこか似ている気がした。発端となったことも、そこから発生した感情も、まったく違うはずなのに。
自分から湧いた考えにはあまり納得いかないが、市村の『シェルター』には概ね賛成できる。
「たしかに。芸術の天才というのはある意味、疎外されて孤独で、どこか狂ってしまう人もいるね。」
「その手から生みだされたものは、たくさんの人たちを救うこともあるのにねえ。」
食べるものや日々の習慣の違いから、日々の習慣の違いから。いさかいの原因になることもある。
けれど、グータラおばさんと唯我独尊ガキ大将が、焼き芋の声が聞こえると同時に目を輝かせたり。大陸で育った人と島で育った人が、楽器や歌で同じ曲を演奏するし、金持ちも貧乏も、長く伝わる昔話に懐かしがることもある。
違うけど、同じ。
違う個体だけど、同じ人間。
それを知っているはずなのに。なぜ。
「分かったことや身につけた技術が、世界の役に立つこともあるのに。」
他の生き物がもっている成分から、難病を治す薬ができ。
インターネットによって情報がすぐに広まるようになり。
冷たいものが温くなりにくいカップもできた。逆に冷めにくいのも。
技術はたくさんの人を笑顔にしてきた。
――だが、その反面、かれない涙を流させたものも多くある。
「扱い方を間違えたら、大変なことになるって知っているはずなのになあ。」
「どうして。上手く使えないのだろう。」
自分たちは、大事なことばかり忘れてしまうようにできているのだろうか。
人が、互いを傷つけることしかできないようになっているのか。
「平和に使えたら苦労しない、というのも分からないでもないけど。あ~あ、」
今日は、文化の日。
「一つくらい、世界中のみんなが幸せになるものがあればいいのに。」
瞳にうつった曇天は、ただただ想いを吸い込んでいく。




