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407『鶴岡山の激突!・九 炎と猛虎(左近のターン)』

「取り逃した、あいつはたぶん兜首だった」


 切り立つ崖の上に消えた菅沼大膳を弓で射止め損ねた島左近が、斬鬼の念を漏らした。


 崖を前にした左近は、顎に手をやり、追ったものか、追わずに別の道から回り込んだものか思案するように山岡の方へ眼をやった。


「ん?」


 左近の視線の先に暗闇に紛れて、鶴岡山に忍び寄る部隊がある。


「あの水色桔梗ののぼりは、……明智光秀、あやつ気づいたか!」


 左近は、そう言うと、小隊の足軽たちにだけ聞こえるような声で命じた。


「追うのは止めだ。ワシらは、この山中で伏兵となろうぞ」


 左近は、そう言って、崖に背を向けて藪に身を隠した。



 南・吉良見の逃口では、名誉挽回と河尻秀隆が、陣を整え、秋山虎繁を迎え撃つ準備万端だ。それに、遊軍として長谷川秀一の隊もある。


 虎繁は、五百の手勢で如何に戦ったものか思案した。目算では、先の戦いで河尻の兵をかなり削いだが、それでも三倍の千五百はあるように見える。しかも、今回は五百ほどの備えもいる。


「ほう、織田の若殿もなかなかやりおるわい。さあて、どう料理してやろうか」


 虎繁は、河尻、長谷川の両備えに目を走らせてニヤリと微笑んだ。


「誰か、あの腰抜を引っ立ててこい!」


 虎繁が命じると、縄で簀巻きにされたフンドシ一丁の河尻秀長が、犬の散歩のように引っ張って来られた。


「ワシは、若殿に顔が利く、秋山殿と申したな、この縄を解いてくれ、そうすればワシが必ず若殿に撤退するように説き伏せてみせる。頼む、助けてくれ!」


 虎繁は、鬼髭を撫で、秀長を見据えた。


「ほう、それは願ったり叶ったりだ。よし、河尻秀長殿、ワシはお主に掛けた」


 秀長は、思わぬ虎繁の返事に気色ばんだ。


「真か、それならば善は急げだ。すぐにこの縄を解いてくれ!」


 虎繁は、首を左右に振った。


「それは、できない。秀長殿は、大事な人質だ。そなたを一人で行かせれば、必ず約束を反故にするに決まって居る」


 秀長は、目尻をピクピクさせながら、怯え声で尋ねた。


「では、ワシをどうするのだ?」


 虎繁は、薄い微笑みを浮かべて秀長を見つめた。



 ドーン!


 ドーン!


 ドーン!



 遊軍として吉良見に布陣する長谷川秀一の耳に秋山虎繁の部隊から太鼓の音が聞こえて来た。しかも、虎繁の軍は、秀一の部隊の目の前を、河尻秀隆の部隊も無視して、真っすぐ信忠の控える八王子神社へゆったりと行軍している。


 秀一の家臣が言った。


「殿、このまま、秋山の部隊の側面を突けば、簡単に壊滅できますぞ」


 秀一は頷いて、馬の腹を蹴ろうとした。


「待て! あの先頭で縄をつけられ、背中に幟を差しておるのは誰だ?」


「はっ! あれは……」



 同じ頃、虎繁の横腹を見せながらの行軍を見た河尻秀隆は、怒り狂わんばかりにガチガチと歯を鳴らした。


「おのれ、秋山虎繁、許さぬぞ!」


 秀隆が、軍配を奮って、突撃の命令を出そうとするのを古老の家臣が必死で止める。


「殿、なりませぬ。あの左三巴の幟旗は……」


 と、言葉を濁した。


 秀隆は、家臣三人で抱き着くのを引きずって、自ら突撃しようと足を進める。


「殿、なりませぬ。アレは若にござれば」


 秀隆は、目を剥いて怒鳴った。


「ええぃ! 河尻は黒母衣衆筆頭・武門の家。その嫡男が無様に敵に捕まって腹を切らぬとは情けない。ワシがアイツの首ごと撃ち落としてくれる」


「殿、なりませぬ。若を失えば河尻家は断絶。いくら武門の家でもそれでは……」


「……必ず、必ず、秋山虎繁は、俺の手で殺してやる!」


 秀隆は、今にも目玉が飛び出そうなほど見開いて、白目に血を滲ませ、奥歯をかみ砕き、ガリガリと飲み込んだ。



 鶴岡山の砦にいる下条智猛の嫡男・智林は、山裾の武田と織田の動きをつぶさに捕え、広げた絵図面に筆を走らせる。


「北面は、優勢。南面は、……秋山殿が何かしらの策を持って目前の敵を足止めしている。うん? 正面から水色桔梗……、明智!」


 智林は、父・智猛が残した兵に命じた。


「父上だけでは危ない! 武藤喜兵衛殿にも明智が来ると知らせるのだ!」


 智林の命を受けた兵はスグに走った。




「ん? 六文銭が我らの道を開けた。まあ、構わん」


 鶴岡山の麓に着いた明智光秀は、ユラユラとした松明たいまつの灯りに、顔を浮かび上がらせ、家老の斎藤利三に振り返って言った。


「やれ!」


 利三は、片合掌し、静かに松明を持ち並ぶ兵に命じた。


「鶴岡山を焼くのだ!」



 鶴岡山の山裾を昼間と見間違うような、炎の灯りと、息が詰まる黒煙が立ち上がった。


 山の中腹で伏せていた智猛の元にも、木が焦げる匂いが漂って来た。


「なんだ、木が焦げている」


「殿、あれを!」


 智猛の家臣が、山裾の水色桔梗の幟旗を翻して、山を焼く炎に浮かび、鶴岡山の砦を真っすぐ睨む明智光秀を指さした。


「明智光秀……、比叡山だけでなく、この山も焼くか」


 智猛は、唖然の声を一瞬漏らしたが、次の瞬間には家臣に命を出した。


「おもしろい、明智光秀。鶴岡山が焼けつくすのが先か、お前の首が落ちるのが先か、この下条智猛、命を賭けて、お前の首を挙げてやる。者ども、つづけ!」


 “鶴岡山の猛虎“と仇名される芥子武者・下条智猛が山から撃って出た。


 つづく

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