表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
11/13

408『二人の佐近を繋ぐ者(カケルのターン)』

 鶴岡山の崖を越え、茂みを掻き分け中腹まで来ると、視界が広がった。


 カケル(肉体は嶋左近)と菅沼大膳と山県お虎の三人は、茂みの中から、もう一合先の山にある鶴岡砦の様子を伺っている。


 大膳がさっきから、首を捻って一人ブツブツ独り言を言っている。


 隣にいるお虎が、念仏のような大膳の独り言に、癇癪を起した。


「黙れ、大膳!」


「何を言うか、お虎。ワシはあの砦のおかしさに気がつき思案しておるのよ」


 カケルが話を受け取る。


「大膳さん、何がおかしいの?」


 大膳は、鶴岡砦を指さして答えた。


「見てみよ、おかしくはないか?」


 お虎が、キレた様子で噛みつく。


「おかしいのはお前の頭ではないのか?」


「何を申すお虎よ。良く見よ、明らかにおかしいではない」


「おかしい……、あっ!」


 カケルは気がついた。大膳が言わんとするのは、篝火はおろか、鶴岡砦の表に門番がいないことだ。


 カケルの説明を受けたお虎は、「確かに」と頷いて、耳を澄ませた。


「聞こえるのは野鳥と虫の声……、穏やかすぎる」


 大膳が、「ほれ、みよ」と威張りだす。


「お虎は、ワシをいつも馬鹿にしおるが、お前は月の物でもあるせいか、気が短くて敵わん。もう少し、女らしゅうだな」


 と、大膳がそう言った時、鶴岡砦の門を開けて、頭を丸めた少年が二人の兵卒を連れて出て来た。


 カケルたちは、身をかがめて、少年の様子を見守った。


 少年は、自分より年上の兵卒になにやら命じて走らせた。


「おい、左近。もしかして、あのガキがこの砦の主ではあるまいか?」


 大膳が囁いた。


 お虎が、少年の顔に目を凝らして、カケルに告げる。


「あの顔の面影は、名は忘れたが、御屋形様の養女として下条智猛の元へ輿入れした姫君に似ている。私は父と共に子供の頃に姫君を見送った」


 カケルは、大膳とお虎の話を聞きながらも、少年から視線を離さずに、捉えつづけた。


「あっ!」


 カケルは、閃きのような声を漏らした。


「どうしたのだ左近?」


 大膳が、一人頷くカケルに問いかける。


「そういうことか」


 お虎も頷く。


 大膳が、自分だけ仲間外れにされたように感じて口を尖らせて突っかかる。


「おい、左近とお虎、ワシだけ退け者にするな」


「ごめん、ごめん、大膳さん」


 カケルは笑って説明を始めた。


 鶴岡砦から出て来た少年は兵卒を走らせたことから見て、おそらく砦の主で間違いない。しかし、その後、中へ一人で入って行き、自分で門を閉めたのだ。


「それが、どうしたのだ?」


 大膳は、説明されてもピンとこない。


 お虎が呆れたように、吐き捨てるように言った。


「大膳、あの砦には、おそらく数えるほどしか兵が居らぬのだろうよ」


 それを聞いた大膳は、立ちあがって金棒を担いだ。


「ならば、一気に押し込んで、このワシの武勇であの砦たいらげてくれよう」


「焦るな馬鹿者!」


 お虎がまた吐き捨てた。


「数は、少ないとしても、まだ、あの砦には“鶴岡山の猛虎”下条智猛がおるやもしれぬ。迂闊に踏み込めば、こちらは三人。あの子供は我らのような隠密の動きをするものを騙す罠かも知れん」


 すると、カケルが鶴岡砦を睨んで薄笑いを浮かべた。


「おい、左近。また、お前は!」


 大膳が、カケルの微笑みに動揺する。


「左近、まさか……」


 お虎も、大膳と共に動揺を浮かべる。


 カケルは、手揉みをして、手の平に唾をつけ槍を握った。


「面白くなってきた。久しぶりに城攻めと行きますか!」


 と、カケルは武田信玄の西上作戦せいじょうさくせんにおいて、信濃を奥三河へ下る山県昌景の先兵として実戦で鍛える無茶な鍛え方を思い出した。


 まずは、大膳の父・菅沼定忠が守る田峯城、奥平定能が守る作手亀山城、同族の菅沼正貞が守る長篠城を、身一つで次々と潜入させられ、瞬間的な機転と閃き度胸を試される経験を積んだ。


 その証として、背中に背負う愛槍・大千鳥おおちど十文字じゅうもんじ槍を授かった。


 カケルは、愛槍を握って声をかけた。


「俺は、あの山県のオジサンの無茶ブリの試練を潜り抜けたんだもんな」


 大膳と、お虎が止める間もなく、門の前まで駆け出した。


 カケルは、門の前に立つと、槍を地面に突いて、大声で呼びかけた。


「俺は、筒井家家臣・嶋左近清興、この砦を守るは、名高き猛将・下条智猛殿だと聞く。俺に一手ご教授願いたい」


 カケルの大声が、ピタリと虫の声を止めた。


 かと言って、砦の中から見張りがすぐに顔を出すでもない。


 誰も居ないのではないかと思うくらい。カケルの声だけが響くのだ。



 しばらくすると、砦の物見代に先ほどの少年が顔を出した。


「そこのお方、名を嶋左近清興殿と申されましたか?」


 と、カケルを興味深そうに問いかけた。


「はい、俺は元・武田家赤備え、山県昌景が一番隊を率いた嶋左近清興だ。下条智猛殿と一騎打ち、もしくは話がしたい。取り次いでください」


 少年は暗がりで表情は詠みにくいが、一瞬、困ったような顔をしたように見えた。だが、すぐに冷静さを取り戻しカケルに返事をした。


「筒井の嶋左近様ですね。そこで少しお待ちを、父に取り次いできます」


 そう言って、物見代を下りて行った。



 半時ほど、すると門が開いて、先ほどの少年が三人の兵卒を連れて出て来た。


「私は、下条智猛の嫡男・智林と申します。父は、“嶋左近清興”殿とまずは、話をするよう命じました。どのようなお話で?」


 智林はわずか十三歳にしては堂々たるものだ。少しも砦の中を空にしてたった二人の兵卒をつれてカケルと会っているとなど微塵も感じさせない。


 カケルは、丁寧に智林に答えた。


「智林殿ありがとうございます。俺の要求は、山県のオジサンは俺の師だ。娘のお虎さんも俺の側にいる。出来ることなら武田と織田の争いはこの辺で手打ちにしないかって親父さんに伝えて欲しい」


 と、カケルは年少の智林に深く頭を下げた。


 智林は、カケルの申し出と、その丁寧な人柄に驚いた。


「あの、左近様、あなたはこの戦を話し合いで解決しに来たのですか?」


 カケルは、頭を掻いて正直に答えた。


「実は、俺、織田信長さんからは、武田じゃ無くて、味方の明智光秀さんをその……さあ」


 と、言葉を濁す。


 智林は、感じ取って、


「つまり、左近様は、鶴岡山を武田を倒すことではなく、味方の明智光秀殿の方を?」


 カケルは、鼻を掻いて答えた。


「まあ、そういうことです。だから、俺は山県のオジサンと戦いたくないし、噂で聞いたけどオジサン若殿から折檻を受けたんだって?」


 智林は、驚いた敵将から、武田家内部の秘事がすでに知られていること、それを駆け引きの道具とせず明け透けに答えるもう一人の嶋左近に――。


 智林は、カケルの堂々たる体躯と、その正直な性格、たった一人で門の前に立ち交渉する糞度胸に笑顔を見せ答えた。


「我らの味方にもあなたとは違う島左近様がおられます。二人を比べて見ると姿形、性格の多少の違いはありますが、お二人とも実直で豪胆まるで同一人物のような気がいたします。わかりました、父に話を持ち帰り返事をしますので、もうしばらくお時間を頂きます」


 そう言って、智林は砦の中へ消えて行き、もう半時ほどすると、智猛の花押かおうを押した武田の停戦要求書を認めて現れた。


「ん?」


 カケルは、書状を渡す智林の手が少し震えているように感じた。

(智林さん、今が、昔の俺みたいな試練の瞬間なんだな)


 カケルは、力強く書状を受け取ると中身を確かめた。


 一、織田家は鶴岡山攻めを諦めて速やかに八王子神社から撤退すること

 一、今後、一年間は、織田は武田の領内へ踏み入らぬこと

 一、織田の若殿と武田の松姫様が復縁すること


「初めの二つはわかるけど、若殿と武田の松姫の復縁?」


 武田信玄が生きていた頃は、信長は甲斐の虎を恐れて、武田と徳川で起こった三方ヶ原の戦いにおいても、三河に隣り合う家老の佐久間信盛、平手ひらて汎秀ひろひで、水野信元を申し訳程度に派遣したぐらいで、積極的に対立は望まなかった。


 それが、信玄の死を知ると、それまで欠かさず貢物を贈っていた姿勢をひっくり返し、隙あらば、秋山虎繁が守る岩村城へ出兵を始めた。


 重ねて、信長の嫡男・信忠の正妻だった松姫を離縁し送り返してきたのだ。


 智林は、島左近の知恵で遠山家の人質から解放され、側についている内に昌景と松姫の関係を知りえ、信忠に未練を残しているのをカケルに渡す停戦書状に認めたのだ。



 つづく


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ