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カレンチナという街は


 呼吸が苦しい。

 ぐったりとする体は今、メディトークに寄りかかりギュッと抱き締められている。

 手はハストゥーレに握られ、傍らにはフェンネルとシュミットが。

 芽依は薄らと目を開けて4人を見た。


「………………だいすき」


「しってるわ、この馬鹿」


 震える声がすぐ近くから聞こえる。

 こつりと当たる額と至近距離の顔は、歪みながら笑っていた。

 珍しいメディトークの震える声に、芽依もほにゃりと笑う。

 

 他にも水の底に沈んでいた人達を迎えに舞台の上に人が集まっていた。

 抱えていたり抱きしめたり。

 かたや四つん這いになっている翔真の背中に片足を乗せて怒り狂う美幼女もいるが、そこからは敢えてそっと顔を背けた。


「あぁ……これで長年の夢が叶えられる。皆さんには深い感謝を」


 頭を下げるサーカス一同。

 3日間完全に閉じ込められ、死者すら出ていたのに晴れやかに笑う姿に全員の怒りが込み上げてきた時、割れた水槽からゴポリと水が溢れてきた。


「くそっ……やっぱりか」


 シュミットの声に芽依も水槽を見る。

 ブワッ……と増えだした水はジワジワと地面を濡らしていき足元やズボンをべっしょりと濡らしていく。


「……な、なに……」


「箱庭代わりとなっていた水槽がメイたちのクリアによって呪いと魔術、魔術具で繋いでいた全てが解除された。だから、水槽で押さえつけられていた水が……溢れ出る」


 水槽から溢れ出る水は止めようがない。

 水槽は食い止めていただけに過ぎず中央の沈んだ場所も浄化されて水嵩が増えていっていた。

 街を飲み込み水が支配する。

 なのに、おかしいくらいにテントの外から悲鳴は聞こえない。


 ピエロはゆっくりと今まで存在しながった扉を指さした。


「どうぞ、お帰りはあちらの道からです。ご来場ありがとうございました」


 そう言って頭を下げたサーカス一同。

 その人数は増えていて、街中でいた果物を売っていた店員がそこにいる。

 他にも通りすがりにうろ覚えで見た顔があり、芽依はまさか……と呟く。


「…………アイツらは全員死者だ。街は一瞬で全部沈み全てを消した。その場にあった水槽が沢山の人達の思いや呪いを受けて街全体に魔術を掛けたて半分が水に沈み半分は地上と変わらない死者の国を作ったんだ。世界中全員の記憶を欺いて」


 シュミットの言葉に弾かれたように顔を上げた。

 サーカス一同、みんな離れないように手を繋いでいる。


「解放して欲しくて人を集めていたけど、それも毎回失敗に終わる。気付けば死者を呼ぶ街に変わっちゃってたんだね。かつては華やかで豊かな街だったんだよ」


 既に腰あたりまで水は増えていた。

 客は全員見送るべき。そう教えられていたサーカスの人達は、フワフワと服を翻して入口辺りで手を振った。


 [買ってくれてありがとう、大事にしてくれると嬉しいわ]


 途中に聞こえた女性の声に芽依は振り向いたが、話しかけた人はもう見えなかった。


 来てくれてありがとう

 見てくれてありがとう

 見つけてくれてありがとう

 助けてくれてありがとう


 沢山のありがとうに見送られて芽依達も道を通った。

 何故か、涙があふれる。

 既に600年前に死んだ街と人々。

 でも、みんな笑顔が溢れて手を振ってくれる。


 道を出た先には、飲み込まれていく街を高台から見下ろしていた。

 道を抜けた先に、サーカスの人達は安全な場所を選んでくれていた。

 でも、カレンチナの沈む姿が見える場所。

 かつて600年前に起きた出来事が今目の前にある。


 沈む街、静かに笑っていたり目を瞑っていたり。

 そんな人たちが、長く縛られた生を終わらせていく。

 みんな笑顔なのが印象的で悲しかった。





 様々な最後のさようならを見送った。


 過去のしがらみに繋がった翔真という歪な愛。

 この世界の根底とも言える豊穣と収穫の妖精ディメンティール

 水に沈んだカレンチナとその住人たち。

 今見えるのは、住んだ水の中で飛び跳ねる水に住む妖精や精霊たちだけ。

 新しい生活の場に体調が治った人外者たちは笑みを浮かべ、岸に座るエルローリエがこちらを見て手を振っていた。


 全てが開放された瞬間、新しく土地が生まれた。

 そして、悲しみや喜びの気持ちを土から吸い取り、ディメンティールという全ての力を受け取った。

 以前の芽依とさようならをして新しい自分が生まれた場所。


「…………芽依」


 幼女にお仕置されたらしい翔真が、家族に囲まれる芽依を見る。

 何かを焦がれるように目を潤ませている姿にフェンネルが眉を寄せる。

 ギュッと芽依を抱きしめると、幼女が近付いてきた。


「…………良く似てる。あたしの姿が君と似ていると理由で選んだなら腸が煮えくり返りそうだが、君は翔真に興味が無いとわかった。過去とはいえぶち殺したいが、そうすれば戦争になるだろ? それはあたしも避けたいし。近場に住むもの同士、助け合い心から感謝するよ」


 ぺこりと頭を下げた幼女は、今芽依とソックリな女性の姿をしている。

 偽りは申し訳ないからと言ってから姿が変わったのだ。


「……それにしても、本当に良く似てる。面白いな」


 まじまじと顔を覗き込み、頬をペタリとくっつけてきたその人はグイッと引っ張り全員を見た。


「どうだ、好きな顔が2つだぞ? うれしかろ? 」


「嬉しくない」


「メイを返せ」


「君の伴侶、僕たち許さないからね」


「…………まあ、気持ちはわかる。ごめんよ。あたしからしっかり叱りつけておく」


 苦笑して翔真の後頭部を殴ると、いって!! と叫んだ。

 完全に気の強い伴侶の尻に敷かれている。

 だからこそ、芽依にまた強く惹かれたのかもしれない。


 

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