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頂上にあるもの


「…………これ」


「吊り輪、だな」


 上まで登りきった先は部屋になっていた。

 入ってすぐに見たのは巨大な吊り輪で、先程垂れ下がっていたロープに付ける為のかもしれない。

 芽依は吊り輪を触ってみると、少しザラっとしていて手に吸い付くような感触だった。しっかりと硬い。

 手を離してから周りを見ると、ベランダもありそこから巨大な時計の裏側が見える。

 芽依は身を乗り出して時計の表を見ようとすると、翔真が危ねぇ!と腕を掴んで中に引き摺ってきた。


「落ちちまうぞ! 」


「…………ありがとう」


 大丈夫だったのだが、無駄に言い合うのも嫌だからと簡単に感謝を伝えると、何故か得意げに笑った。

 なんなんだ……と思いながら周りを見る。

 他にはロッカーが数個並び、使い古された机や椅子が隅に置いてある。

 一体なんなんだろう、この場所は……と見ていると、下から叫び声や怒声が聞こえてきた。

 芽依はピクリ反応して振り向き下に続く扉を見ると、ミリーナが小声で全員に言った。


「誰か来る……隠れろ」


 指さしたのはロッカーだった。

 全員が足音を消すように慎重にロッカーまで行く。

 4つしかないロッカー、リリベルを見て一緒に……と思ったらトーマスに引っ張られて一緒にロッカーに入ってしまった芽依。

 リリベルの歪んだ顔と翔真の驚いた顔を最後に扉が静かに閉まった。


「……なんで」


「ごめんね……怖くて……他の人は怖いけど、1人も恐くて……」


 カタカタと震えそうな体を必死に抑えるように、芽依を背中から抱きしめるトーマス。

 狭いロッカーだから仕方ないのだが、背中に密着する家族以外の男性の感触はまったく安心感がない。

 腹部と胸元に回されたトーマスの腕をどうにかしたいと手を動かした時、扉が開いた。

 ぴくん! と芽依が反応をすると、トーマスの腕に力が入る。


「(痛い……)」


 眉をひそめて我慢をすると、背中から伝わる早い鼓動にトーマスの恐怖心がさらに上がっているのが分かった。


「………………はぁ、今回も駄目なのか……いつまでこの生活が続くと言うんだ。風を感じたい、大地を踏みしめたい、美味い飯を食べたい……」


「ぐぅ……うぁぁぁぁ」


 誰かが入ってきた。

 低く渋い男性の声はしゃがれているが聞きやすい声だ。そして、何かを引きずる音。

 重たいのだろう、重量がある音がする。

 それと呻き声に鉄の臭いが一気に充満した。

 小さく後ろから悲鳴が聞こえ、芽依は手を伸ばしてトーマスの口を塞ぐ。

 後ろにいる長身の男性の口を塞ぐのだ。

 伸び上がり寄りかかった無理な体制で静止。

 トーマスは涙が流れ出し、伸ばされた芽依の腹部と胸元に回る腕をそのままに身をさらに寄せる。


「……4回目……今回は調べたうえでこちらに転移させたと言っていたから成功すると思ったのに……ああ……キーワードを見つけることも出来ずに死んでいく……登るために必要な浮上 浄化 豊穣……はぁ……」


 独り言のように呟くが、まるでヒントを与えているようでもあって。

 芽依はゾクリとした。まさか、ここに居ることがバレているのだろうか……。


「…………うあぁぁあぁ!! くっ……はな……離せぇ!! 」


「……あぁ、うるさい……うるさい! 少し足を切ったくらいで……羨ましい……俺だって足はあったのに……切り裂いても俺に足は帰ってこない……あぁ、本当に理不尽だ」


 ズリ……ズリ……


 芽依はロッカーの扉に付いている小さな3つの隙間から目を凝らして見た。

 ボサボサの緩やかなウェーブがかかった銀髪を肩まで伸ばした男性だった。

 見た目は45歳程だろうか、渋くかっこいい顔をしているが、目に光が無く酷く疲れた顔をしている。

 片手で引き摺っているのは、こちらに一緒に飛ばされて来たうちの1人だった。見覚えがある。

 その人は既に片足がなく、おびただしい量の血液が流れてズリズリと床に擦り付けていた。

 逆の足は曲がらない方向に曲がりぶらりとぶら下がっている。

 痛みにブルブルと震えながらも離せと叫ぶ男の髪が暴れた事でブチブチの抜けた。

 

「…………ああ、本当に煩わしい」


 銀髪の男性は、チラリと男を見てからベランダに行く。

 芽依は何をするつもり……と見ていると、時計に触れ何か魔術を試行した瞬間、時計は形を変えて空中飛行するブランコに姿が変わる。

 有名な、ブランコにぶら下がった状態で別のブランコに飛び移るサーカスの曲芸だ。


「…………捕まれ」


「は……何を……」


「これで……試すんだ」


「ぐぅ……何を……ため……すって……」


「これでブランコを飛び移り地上に出ろ」


「は…………ぁ? あぐっ!! 」


 無理やりブランコを掴まされた。

 座り込んでいた男は、ブランコを掴むと上に引き上げられ体が持ち上がる。


「ひっ…………」


「いけ」


「ぐ……うああぁぁぁぁぁぁあ……………………」


 ブン……と揺れる音と、叫ぶ男の声が小さくなっていく。

 芽衣はブランコに揺られ、現れた次のブランコに届く前に手が離れた男が落ちていく様を目の前で見ていた。

 ビクッ!! と体が反応してロッカーにぶつかる。

 ガシャ……と音が響き芽依は口を抑えた。


「………………誰か……いるのか? 」


 ゆっくりと近付いてくる男性。

 芽依は恐怖で心臓かバクバクとなっていた。

 近付いてくる男性を、隙間から見る芽依は目が離せない。


「(こわいこわいこわいこわい……メディさん……こわい)」


 頭に浮かんだのは巨大な蟻。

 最初、この世界に来た時から常にそばに居て守ってくれたメディトーク。

 その後、次々と家族の顔が浮かんできた。


「(こんな所で死にたくない……家族がいない場所で何も出来ずに死を受けいれたりなんかしたくない)」


 芽依は箱庭を取り出してギュッと握った。

 箱庭が使えないので大根様達を出すことが出来ない。

 だが、サイズが変わる箱庭を大きくして殴ることは……と握りしめていると、下からまた別の声が聞こえてきた。

 芽依が入っているロッカーに手が触れた男性は、数秒そのままで静止した後振り返り、ゆっくりと部屋を出ていった。


 息を止めて動かないようにじっとしている芽依。

 扉が開き、ビューーっと鳴る風の音に女性の声と男性の声。

 次第にそれは小さくなり時計塔から離れていった。

 反響する建物だったからこそ、下の音すら拾い上げていた事に感謝して息を吐き出した瞬間、ロッカーの扉が空いた。


「…………はぁぁぁ、良かったよ、無事で」


 トーマスにしがみつかれている芽依を見て安堵したリリベルがしゃがみ込んだ。

 そんなリリベルを前にして、芽依はやっと安堵の息を吐いたのだ。死の恐怖は過ぎ去った。

 まだ力が入っているトーマスの腕を引き剥がしてロッカーから出た芽依を翔真が走って来て抱き締めてきた。


「大丈夫か?! 怖かっただろ!! ほら、泣いても大丈夫だ!! 」


「いや、離してよ」


 ぐい……と胸を押し返して離れ、リリベルの隣に行く。

 その頃には全員がロッカーから出ていた。


「はぁ、なんとか乗り切ったか」


「大丈夫だった? 」

 

 ミリーナの安堵の声に、アーシェの心配そうな声を震えながら聞く芽依。

 ゆっくりと顔を上げて2人を見てから頷いた。


「あの移民の民じゃないけど、泣いてないねぇ。てっきり泣くんじゃないかと心配したよ」


 リリベルが芽依の顔を覗き込みながら言うと、静かに首を横に振った。


「………………家族が待ってるから、泣くのは帰ってから。抱き締めて貰って泣きたい」


 ぐっ……と下唇を噛み締めながら小さく呟いた。

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