箱庭の便利さを今更痛感する
不安なのは芽依だけではない。
芽依たち以外にいた移民の民もこの場に一緒にいて、端で1人体をふるわせていた。
それを見て芽依は息を吐き出す。
ピリピリしていても現状が変わることはない。
そう深呼吸していると、良い香りがふわりと漂い芽依の心を解してくれた。
「ほら、紅茶を飲みなさいな」
カチャリと音を鳴らしてテーブルにカップが現れた。
可愛らしい花柄のカップがソーサーの上に置いてある。
全員分あるようで、窓の外をカーテンの隙間から見ていた情報屋はきっちりカーテンを閉めてからソファに座った。
「あんたもお座りよ」
手招きして端にいる移民の民を呼ぶリリベル。
ビクリと体を揺らしたその人は、俯いていた顔を上げてリリベルを見た。
その眼差しには畏怖が浮かんでいる。
芽依は、隣に座っている翔真の肩を叩いて空いている椅子を指で指す。
「向こう行って」
「え、なんで」
「早く」
そう言っても動かない翔真に芽依が立った。
そして、隅にいる移民の民の前に行く。
「大丈夫、座りましょう。脱出する為の話し合いも必要ですし」
ゆっくりと芽依を見るその人は男性だった。
26歳くらいだろうか、芽依より少し下くらいだろう。
同じ男なら翔真が気を使えよ、と思いながら椅子へと促す。
「(たぶん、喰われてるんだろうな伴侶に)」
怯え様が異常だった。
何を見ても怯えている。この世界にいる事自体が、もう怖くて仕方ないのだろうな、と芽依はソファに座った男性を見る。
芽依も少し隙間を開けて座ると翔真がムッとして見ていた。
逆に翔真はまだ来たばかりと言っていた事から喰われていないのだろう。
リリベルから渡される紅茶を普通に飲んでいる。
「…………さて、まずは場所を提供してくれて感謝する。私はミリーナと言う」
頭を下げたのは人間の女性だった。
恋人と来たサーカスで巻き込まれたらしく、厳しい表情ながらも礼儀正しく頭を下げた。
数人の人外者から祝福されているらしく長命で既に700年程生きている女性らしい。
恋人も人外者のようだ。
「この場所からの脱出という話だが、この6人で行動するのでいいんだろうか。出来たら考える為にも脱出の為にも頭数はいた方がいいと思う。皆はどう思ってる? 」
ここには6人の人がいる。
芽依にリリベル、翔真にもう1人の移民の民、そしてミリーナと情報屋だ。
この状況を打破する為に芽依も複数いた方がいいかもしれないと思うが、緊急時の心細い状況が余計にそう思わせているのかもしれない。
どちらにしても、リリベルから離れる選択肢はなかった。
「私はリリベルさんと一緒にいます。リリベルさんが皆と一緒に動くなら私も」
「そうか、君は伴侶と一緒なんだな。よかった」
「え?……いや……」
「この子は私が守るからこちらのことは気にしなくて構わないよ」
「そうか、わかった」
芽依がリリベルを見ると人差し指を唇に当てていた。
真横で小さく、シーと言うリリベルに芽依は小さく頷く。なにか意味があるのだろう。
そんな芽依を見てから、隣にいる移民の民も震える手を上げた。
「……お、れ……」
「どうする? みんなでいるか、ひとりで脱出をするか」
「…………一緒……に」
ちらっと芽依を見てから言ったその人。
それに被せるように翔真も一緒にいる選択をした。
残りは情報屋だけ。
「勿論一緒にいるよ。脱出の為には手を組んだ方が良さそうだし。僕は情報屋やってるこう見えて幻獣だけど戦闘は苦手だから戦力にはくわえないでね……あーと、アーシェって呼んで」
全員で動く事が決まり、ふぅ……と背中をソファに当てる。
無意識に手首を掴んで息を吐き出す芽依は、横にいるリリベルを見上げた。
「脱出ってだけ言ってましたけど、具体的にはどうするんでしょう」
「そうだねぇ。情報を集める方がいいとは思うけどこのままじゃ出れないね」
「出れない? 」
リリベルの言葉にミリーナが反応する。
リリベルは立ち上がりカーテンを少しだけ寄せて外を見ると、殺気立っている水の底の住人が誰かの髪を掴み引き摺っているのが見えた。
その引き摺られているのはここに飛ばされたうちの誰かだろう。
必死に逃げようとしているが、既に片足を失っていた。
引き摺られていく道路に血の跡が出来ていて生々しい。
「…………このまま出たら死ぬだろうねぇ」
「それは同感。たぶん、足だね」
アーシェが紅茶を飲みながら頷く。
芽依は振り向きリリベルを見るが、すぐにカーテンは閉められ外の様子はわからない。
「水の底の住人は足か尾かでどこの住人が見分けているんだと思うよ。さっきちらっと足のあるヤツらを捕まえないとって言ってたしね」
「…………いつの間に聞いてたんだよ」
「情報屋を舐めないでよね? 」
翔真の驚きの声に得意げに話すアーシェ。
どちらにしても足を何とかしないと出られないのはわかった。
「そのまま出たらどうなるの? 」
「今まさに、誰か捕まったみたいだったよ。足を失いたくないなら尾を手に入れるしかないねぇ」
「…………なるほど、足を失う事になるんだな」
「足っていうか、命も危ういかもね? 」
完全に防音になっているのか引き摺られていく人の叫び声は聞こえなかった。
だから、カーテンの隙間から覗き見たリリベルしかわからない事実。
なんとなくわかっているアーシェをのぞき、芽依達はまだそこまで深刻に捉えていなかった。




