ヂュカーリオンサーカス
あまりの美しさと冷めきった眼差しで翔真は見つめられた。
魂すら吸い取られるような感覚に、フェンネルしか目に入らなくなった時、芽依はフェンネルの頬に手を当て引っ張る。
「…………メイちゃん? 」
「あのさぁ。私はメディさんもフェンネルさんもハス君もシュミットさんも大好きなの。わかるよね? 」
「うん……」
「なら、なんで他の人をジッと見るの。3秒以上見つめたら浮気だよ」
「えっ! 知らない間にメイちゃんルールが出来てるっ!! 」
「ちなみにこれ、すぐ周りから好意を集めるフェンネルさん専用ルールだから」
「えぇ?! ちょっと理不尽なやつきた!! 」
「今回3秒以上見つめたからペナルティでお腹を噛みます」
「あれぇ? それいつもやられてるような……」
「はい、文句来たので頬も追加でーす。メディさん離して……はい、いただきまーす」
「まってまって! きゃーー!! 」
ガバッとしがみつかれて頬を齧られるフェンネル。
しっかり腰に腕を回して抱きしめているあたり、本気で嫌がってはいない。
サワサワとお腹を撫でる芽依に押し倒されてるフェンネルは、ちょっと嬉しそうに笑った。
「メイちゃんは僕達のだもんね? 」
「ちがうよ、皆が私のなの」
「……そうだった」
幸せそうに笑うフェンネルの頬を優しく撫でた。
翔真がフェンネルに惹かれたのに気付いた芽依がフェンネルを引き剥がす為に動いたのに気付いたメディトークは素直に手を離したし、ハストゥーレも掴んでいた手を離している。
まだナイフを手放していなかったシュミットもすぐに消し去っていた。
翔真の興味が芽依からフェンネルに移ったから。
「ほら、周りに迷惑が掛かるから静かに座って」
『お前が言うな』
いつの間にか蟻に戻ったメディトークが芽依の頭に足を乗せる。
先程と同じ位置に座った芽依はメディトークに寄りかかりながら翔真を見た。
「翔真も早く座りなよ。迷惑になるよ」
「……あ、うん」
フェンネルを見ていた翔真が気の抜けた返事をして座ると、そっちからなにやら言い争う声が聞こえてきた。
上位人外者が集まる場所に突っ込んで行った翔真を叱っているようだ。
来たばかりでまだまだこの世界を理解していないのだろう。
安易に移民の民に話しかけ不快を与えた翔真は、メディトーク達に殺されても文句は言えないのに理解が出来ていない。
芽依が抑えたからこそ生き残れたと翔真が気付くのはまだ先だ。
[レディースアンドジェントルマン、ようこそお越しくださいましたヂュカーリオンサーカスへ!! 今宵ひととき、皆様の素敵な旅路を越えれるようにお楽しみください!! ]
両手を広げて舞台の中央で挨拶するピエロは笑みを見せて胸元に手を置き深々と頭を下げる。
そして、顔を上げた瞬間魔術が展開して空に浮かぶ花火が上がる。
「……わぁ、綺麗」
メディトークに寄りかかり、飲み物を飲んでいた芽依が呟いた。
集まり出す団員が皆カラフルで鮮やかな服を着ている。
ヒラヒラふわりと揺れる服を選ぶのは、演目で華やかな様子を印象づける為だろう。
夜空に浮かぶ星が魔術で現れ、それに合わせてジャグリングだったり巨大な火の輪を連続で通り抜ける団員。
幻獣もいるのだろう、まるで動物を使ったサーカスのような演目もある。
キラキラと輝くダイナミックな演目を芽依は輝く目で見つめていた。
飲み物や食べ物を出してゆったりした時間を過ごすつもりが目が釘付けだ。
天井からぶら下がる巨大な椅子は半月の形をしていて、月を模している。
キラキラと星屑を散らしながら動く椅子に座る女性が手を振り投げキッスをしている。
その投げキッスはピンクの唇がフヨフヨと宙に浮かんでいる。
他の空中ブランコの団員との投げキッスとぶつかり星屑を撒き散らして消えていった。
「投げキッスだ」
思わずクスッと笑うとフニっと頬に何かが当たる。
「…………フェンネルさん? 」
「奪っちゃった」
至近距離で微笑むフェンネル。
だが、すぐにプクっと頬を膨らませる。
「僕も見て? 」
「今はサーカスの時間だから大人しくしてなさい」
グイッ……と引っ張って膝に転がすと、キョトンと見上げるフェンネル。
いつもは芽依が噛む為に押し倒されるが、今日は芽依の膝に転がされた。
ちょっと恥ずかしそうにはにかみ、芽依を見てからサーカスを見始めた。
芽依のイメージしていたサーカスのスポットライトはここでは無かった。
ギラギラと光るというより、夜の海で月に反射して輝く水面のような穏やかでいて吸い込まれるような不思議な感覚。
演目も、艶やかで動きに表情に客を魅了していく。
ダイナミックに動く度にブォンと音がなり、風も感じる。
臨場感たっぷりに空を飛び回っているかと思ったら、全身を使ったフラフープで艶めかしくも優雅に体を魅せた。
女性で、全身白で統一した服装。
体にピタリと沿うようにマーメイドラインのドレスが動く度にシャラリと音を鳴らす。
フラフープも青から白へとグラデーションしていて、海面に立ち踊っているように見えた。
椅子を使った演目が終わった後、綱渡りが始まった。
高い位置に張り巡らされた綱。
それが無数にあり、演目に出る2人の男女が沢山の綱を行き来しながら踊っていた。
ただの綱渡りではなく、男女の恋物語らしい。
お揃いに合わせた衣装、動く度にヒラヒラと揺らめくドレス。
お互いに絡まり合う細いリボンを解かしながら2人は出会うために踊りながら近付いていく。
その下にある舞台にも優雅に踊る男女。
こちらはまるでバレエのような踊りだった。
芽依はサーカスを見たことがない。動画ですら見なかったが、魔術を駆使して魅せるこのサーカスが始めてみるサーカスで良かったと柔らかく笑う。
芽依が満足しているのが分かって、チラリと見たシュミットは満足そうに笑った。




