不特定多数が通る道
外から見たテントは、芽依が前の世界でもテレビ等で見ていた丸型のテント。
ゲートを抜けると、カラフルで鮮やかなテントの外側とはまた違う雰囲気だった。
全てが青で統一されていて、濃淡の差で深みが出ている。この場にいると、まるで海に揺蕩っているような気分だな、と思ってると、トンネル内にいた蝶のように今度は色合いの穏やかな魚が泳いでいた。
本当にコンセプトは海の中なのかもしれない。
「綺麗ですね」
少し後ろにいるハストゥーレが小さく呟いた。
振り向くと天井を見上げていて、同じように見た。海中から見上げるように濃淡の強い美しい水の底から海水が揺れ、白波がおだやかに上がり月が映っている様子が見える。
明るいような暗いような、そんな幻想的な世界で見上げる月が、ほのかに灯りを海底まで届けてくれる。
実際に綺麗な海の底から見た様子など芽依は知らないが、きっとこうなんだろうなと納得する美しさと幻想的な情景に胸がグッ……と締め付けられた。
「凄い、まるで海の中みたい」
「見事な映像投影の魔術だな。視覚聴覚、触覚……様々なものに刺激を与えて完成度を高めている。しかも、その時間はほぼ開演期間続くだろうし……中々の魔術師がいるんだな」
開演期間は数ヶ月に渡る。
その期間、この海中を維持するのは大変らしい。
この空間はロビーのようなもので、ここから数箇所に続く道がある。
メインのサーカス会場にお食事処、お土産やレストルームなども完備されているのだが芽依は、あ……と声を上げた。
「どうしたの? 」
「いやぁ、この道私1人で通れないなぁって思って」
「僕たちがいるからひとりで通らなくても大丈夫だよ? 」
「え……うーん、トイレとか……」
「あ、入口までは着いていけるから大丈夫だよ」
レストルームまでの道を通れないと心配していたが、大丈夫なようだ。
芽依はホッとしたが、次の言葉にギョッとする。
「誰が一緒に行く? 」
「誰でもいいぞ」
「私、ご一緒しましょうか? 」
『ハストゥーレか。その方がいいかもな』
当然のように言ったハストゥーレを全員で見てから、頷く。
「ああ、そうか。ハストゥーレだからな」
「そうだった、ハス君だもんねぇ」
「……え、なんで納得してるの? 女子トイレにハス君投入する気? 」
えぇ……とさすがに引く芽依だったが、4人は首を傾げている。
『パピナスが居ねぇからしかたねぇだろ?』
「……どういう事? 」
『パピナスがいたら一緒に付き添わせてたが、居ねぇもんは仕方ねぇだろ』
メディトークの言葉に、確かに外出時パピナスがいる時は側から離れることは無い。
芽依がトイレに行く時も、個室に入る以外はそばに居る。
今更だが、パピナスが芽依を守っていたのだ。
「トイレとか、1人になるから余計にね。本当はお風呂も一緒に入りたいんだよ? 」
「全力でご遠慮します」
深々と頭を下げると、全力拒否は傷付くとフェンネルに言われる。
芽依がパピナスと出会うまで、長時間の外出をしたことが無いと思い出した。
祝祭の時は、攫われる危険性を領主館側が阻止するための魔術を一帯に敷いているので、短時間のレストルーム使用をメディトークは何も言わないが、それ以外は転移をして庭に戻るまでの徹底ぶりだった。
短時間の外出なので、数回程ではあるが。
「それで、ハス君が来るの? 」
『白の奴隷はいついかなる場合も主人を守るからな。風呂だろうがトイレだろうが着いてくるぞ』
「ハス君……ギルベルト様の時もしてたの? 」
「…………はい」
目線を下に下げて答えるハストゥーレ。
彼はギルベルトのお気に入りだった。
だから、頻回にあったのだろう。
「っ! ハス君! そんな事しなくてもいいんだよ!! 」
『風呂は入ったじゃねぇか』
「ああああぁぁぁぁ! そうだった!! ごめんセクハラして! 」
「いえっ! 楽しかった……ので」
「くっ……可愛さで殺しにくるっ!!」
頭を抱える芽依をシュミットの鋭い眼差しが射る。
ゆっくりと近付いてきて芽依の顎をすくい上げた。
「……なんだそれは、聞いてないぞ」
「冤罪です」
『有罪だろう』
ピリピリしているシュミットをなだめながら、芽依達はメインであるサーカスの道へと進んで行った。
道とは、以前に聞いた転移への道の事だった。
個人的に開いた道ではないので、沢山の人が通る。
あの一瞬で移動していた道は、個人で作っていたからこそで他者が不特定多数の為に作った道は、以前ニアが過去に行った芽依を助けに行く為に無理やり開いた道のようなもので、個人で歩いて向かう。
時間等の差異がないので、急ぐ必要も危なくもない安全な道。
「メイちゃんは初めてだよね、こういう道を通るの」
「……うん」
チラリとメディトークが芽依を見る。
あの時の夜の砂漠を飛ぶような感じはなく、今は浜辺をゆっくりと歩いているようで、ジャリジャリと砂を歩く音と、波打ち際の音がする。
潮風と独特な塩味を感じるが、体のベタつきを感じないだけ嬉しいと感じてしまう程にとてもリアルだった。
それを体感しながら、何も知らないフェンネルがにこやかに笑って聞く。
あの日のリンデリントから帰る日に通ったよ、なんて言ったら悲しむのは目に見えている。
だから、芽依は優しい嘘をついた。
 




