カテリーデンでも食テロ
本日の暫定食はカテリーデン参加日。
暫定食とカテリーデンが重なった日は、カテリーデン内でも暫定食の料理が賑わうようになった。
芽依の惣菜販売から周りの売り子も惣菜販売をする人が増えてきたのだ。
庭の広さも十分で、手を貸してくれる従業員と化した家族がいる芽依は、工場の力もフル活用して2日に1回、または3日に1回の販売をしているが、他はそうはいかない。
だから、1週間や、2週間に1回カテリーデンに合わせて食事の準備をして販売をしている売り子が多いようだ。
そんな中、暫定食は必ず食べなくてはいけない食事、または食材がある為買い物客は必ず買。
だから、その日は沢山売れるのだ。
今回は蒸しパン。
子供も大人も大好きな食べ物だ。
これは売れる! と沢山の人達が準備をして販売を始めると、飛ぶように売れていき喜びの雄叫びをしている売り子がいた。
「…………本当にいいのか? 」
「うん。沢山いるし」
販売用に作ったカボチャとさつまいもの蒸しパンがあるのだか、思っていた以上に蒸しパンを売っている人が多かった。
さつまいもは芽依の庭からしか出来ないので、さつまいもを好み買う人が増えているので喜んでくれるかなと思っていたのだが、需要と供給がガバガバなので、今日は辞めておこうと決めた。
お馴染みのブースを2箇所借りて、テーブルに並べていく芽依。
野菜や果物、果物をベースにした普段売らないソースも並べる。
料理にもデザートにも万能なソースで、十分な甘味料となり砂糖いらずの優れもの。
ハストゥーレが来た当初に作ってくれたソースは、我が家の料理の甘味料として定着していてコクや味わいを出してくれる。
メディトークの美味しい料理に、ハストゥーレのソース。美味しいが弾ける。
それを今回販売するのだ。先着30人である。
他にも、春呼び祭りで好評だった米も販売してみた。
惣菜や、お弁当が売れ出してパンを主食にしているドラムストに少しずつ米が定着してきている。
炊き方の紙を付けて販売すると、春呼び祭り以降、米の販売は無いのかと聞く人が増えた程だ。
「これだけ新商品並べたから大丈夫かな? 」
『そうだな、まあ、いいか』
「蒸しパンはまた別の時に売ろうよ」
にこやかに笑って言う芽依に頷くメディトーク。
そんな2人を見て、フェンネル達もカボチャとさつまいもの蒸しパン美味しかったのにね、お客さん残念! と笑いながら陳列していく。
「あ、そうだ。ハス君せっかく抹茶が出来たから抹茶のパウンドケーキ作って欲しいな」
「はい、帰宅しましたら必ず」
「わぁい、楽しみ! 本当は濃厚抹茶のバウムクーヘンが食べたいんだよねぇ」
「では、そちらも作ります」
「いいの?! 」
「はい、お任せ下さいご主人様」
「すっき!! 」
メロメロとハストゥーレを見ている芽依に、フェンネルが思い出したかのように話し出した。
「あ、そうだ。米を使ったお酒……ニホンシュ出来たよ、メイちゃん」
「今すぐ帰る」
『駄目だ阿呆』
帰宅準備をしようとする芽依の頭を掴むメディトーク。
止められた芽依は絶望を色濃くさせた顔でヨロヨロとパピナスに抱きついた。
「そんな……私のお酒……お酒を浴びるほど飲みたいのに……浴びるほど……」
『何回も言うな』
ギュッ……と抱きしめると、パピナスが顔を赤らめ身をよじる。
腕ごと芽依に抱き締められているので、身動きが一切とれないのだ。
「あぁ……この締め付けはメイ様の悲しみですね……お任せ下さい、私が全て受け止めます……もっと締め付けてください」
「メイちゃん今すぐ離れよっか!! 」
「ああぁぁぁ! せっかくのメイ様との触れ合いなのに! なにをしますかフェンネル様! 」
「君は下心出しすぎ!! 」
「下心を出さないと貴方達に取られて終わりですから!! 私に指咥えて待てをさせ…………それも良いかもしれないわね……」
「ずっと待てしとけばいいよ!! 」
「…………うん。私、愛されてるね」
『めんどくせぇからって適当言うなよ』
そんな4人の軽口を聞き、ハストゥーレは微笑みながら準備を続けた。
周りには沢山陳列している蒸しパンの甘い香りが漂っていて、暫定食メニューだからと飛ぶように売れているのがわかる。
ハストゥーレは、とても美味しい蒸しパンだから残念だとは思うが、芽依達の場所に同じ物が並ぶと皆こぞって欲しがり他の店から冷たい眼差しが来る事がある。
それ程の売れ行きであり、芽依達と同じ物を販売できる程に販売内容が豊富になったということだ。
それはいい事だと思うから、わざわざ争いの種を出す必要は無い。
ハストゥーレは、芽依の意向通りに商品を並べていった。
「………………はぁ、ないのかぁ」
これで何回目だろうか。
蒸しパンを求める客が肩を落として帰っていく。
中には本当はあるんじゃないのか? と聞いてきたりするが、芽依は笑顔で首を横に振った。
そう聞くのも仕方ないだろう。
休憩と座るフェンネルとハストゥーレは、芽依が作った蒸しパンを食べているのだ。
数種類を選び、食べては目を丸くして美味しいとはしゃぐ2人を見た客が欲しがってもおかしくないだろう。
暫定食でのカテリーデン参加に、期待していた客も多いから余計だろう。
「あれ! あれは? 美味そうなんだけど!! 」
「非売品です」
「なんっでだよっ!! あんたの所のは美味いって聞いたのに! 」
「わぁ、ありがとうございます! 」
「売ってくれよぉぉぉ」
「家族用の軽食なので。私たちも蒸しパンは食べないといけないから」
凄く粘ってくる客がいる。多分他国の人。
どうやらおすすめされたようだが、言われても売れませんと首を横に振る。
そんな客の隣にたまたま来た我らが天使ニア。
ニアの為に芽依が作らないはずが無い。
すぐさま箱庭から袋を出してニアにしっかりと手渡した。
半透明な紙袋の中にはゴロゴロと蒸しパンが入っているのがわかる。
家族用のから、予定していた販売用のカボチャとさつまいもの蒸しパンもあるし、別に潰れないように箱に入った生クリームとぶどうが挟まったのも用意した。明らかに贔屓である。
だが、これはニアだけではなく、他の知り合い分も用意しているお裾分けなのだ。
「少年……はい、スペシャルだよ……食べてね」
「……ありがとう」
嬉しそうにほんのりと笑ったニアに芽依は満足そうに笑うと、気に入らないと顔を歪める客。
そんな顔をされても、販売用は今日は無いのだ。
芽依のこの贔屓は客たちも分かっているから、今さら何かを言うことはない。
それを欲して仲良くなろうとする人も中にはいるが、芽依に対して好ましい人でないからと、尽くメディトークに却下されている。
販売用とは別に用意されているので、客が文句を言う筋合いはないのだ。
ちなみに、移民の民と人外者、領主館以外で人間に渡すのはカイトだけである。
芽依の大切な呉服屋さんなので、お裾分け必須である。
「なんだよっ!! 俺には売れなくてコイツにはやるのかよ!! 贔屓じゃねぇか!! 」
「……贔屓、ですね。少年が好きだから私個人で準備していて売り物じゃないですし」
「なっ……」
まさか堂々と贔屓だと言うとは思わなかったらしい。
それに男性は声を上げた。
「なぁ! いいのかよ!! こんな依怙贔屓を目の前でされて!! 同じ客だろ?! コイツは良くてコイツは駄目とかないだろ!! 」
両手を広げて声高々に言う客に、カテリーデンの客たちも顔を見合せていた。
ニアを含む他の知り合いが手渡されるのを羨ましいと感じる人は多い。
文句などは言わないが、羨ましい気持ちは強いようだ。
『……なるほど、客達は不満があるってことか……なら辞めるか、カテリーデン。メイに当たり散らすヤツがいる場所で我慢して売る必要ねぇし』
「じゃあ、片付けるー? 」
「ちょっと待ってください!まだ半分残ってますから! 」
「ゆっくり食べててください、私たちで片付けをしますので」
指を舐めながら立ち上がるフェンネルに、慌てるパピナス。
ゆっくり食べて、と声を掛けながら同じく立ち上がったハストゥーレと皆片付けをしようと動き出すとちょうど買いに来たおば様が目を丸くした。
「えっ?! なに? どうしたの?! 」
明らかに怒っているのが分かり芽依は困ったように笑っているから、何かあったのだとおば様は人垣をかき分けて前に来た。
「ああ、ちょっとメイちゃんに難癖付けてきたから撤収するね。今後の販売方法は検討してからかなぁ……残念だねぇ。今日は初売りの果物のソースやお米もあったのに」
残念と言いながら笑うフェンネルは怒りから壮絶な美しさで煌めいていた。
感情が怒りによって膨れ上がっているからだ。
それはフェンネルだけではなく、メディトークとハストゥーレにパピナスも怒りを滲ませている。
「な……何が起きたんだい……」
ドンッと米をテーブルに叩きつけたフェンネルは、にこやかに笑う。
「販売用以外の私物を芽依ちゃんがそこの腐れ天使モドキに渡したら」
「フェ〜ン? 可愛い天使」
「………………可愛い天使モドキ」
「もぅ」
「に! 渡したら! 贔屓だって騒いだのがいただけ。個人的に渡したいのを渡して何が悪いの? そりゃ、客の前で手渡ししてるけど、確実に会えている時に渡したいって思ったらだめ? それに、僕たちの軽食にも文句言ってきて。お腹すいたら軽食なら食べてもいいってなってるんだから、グチグチ言われる筋合いないよね。てかさ、メイちゃんがしてること、カテリーデンでの売り子はずっと昔からみんなやってるよ。知り合いに差し入れとか、お裾分けとか。いつもいつも、みぃんな、メイちゃんばっかりに文句言うから嫌んなるよね」
はぁ……とため息を吐いて言うフェンネルに、客たちは申し訳なさそうな顔をしている。
出す商品が周りよりも飛び抜けているからこそ、芽依を標的にされる。
「まっ……まっておくれ!! そりゃこっちが悪いよ!! 私たちは客で、物乞いじゃないんだから!! あんたら恥ずかしいことするんじゃないよ!! 」
カテリーデンのスタッフや、巡回中の騎士が止めるべきかと見ている中で、毎回お馴染みのおば様が一喝した。




