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帽子の受け取り


 春呼び祭りの帽子が出来上がったと連絡を貰ったのは4月に入ってすぐだった。

 メディトーク宛に連絡が来て、翌日芽依は仕事の為ドラムストの中を移動して歩くというセルジオとシャルドネをお供に帽子を取りに行く事になった。


「………………なんでお前まで来るんだ」


「それは私のセリフでは? セルジオ」


 2人は芽依を挟んで何やら険悪にやり取りをしている。

 つい数日前、仕事中意見の相違で久しぶりにギラギラと睨み合い喧嘩をしたようだ。

 最近、比較的機嫌が良かった2人の喧嘩に、アリステアは懐かしい風景だな……としみじみ思ったのだが、新人3人は振り回されていい迷惑だろう。


「まったく、なぜ好き好んでセルジオと出掛けなくてはいけないのでしょうね」


「それはこっちのセリフでは? 俺だって頭でっかちな妖精なんかと出掛けたくはない」


「なら帰ってよろしいですよ? ええ、今すぐに」


「馬鹿か、仕事だ」


「なら別行動といたしましょう。私がメイさんを守りますので早く消えて下さい」


「お前が消えろ」


 お互いシッシッと手を動かす2人のイライラした雰囲気に、周囲が勝手に道を開ける。

 そんな2人の間に挟まれている芽依を哀れんで見たかと思うと、予想外に笑みを浮かべている芽依。


「やはり、お前とは合わんな」


「そうですね、清々します。私だって貴方と仲良くなんかしたくありませんから」

 

「…………んふふ。懐かしいなぁ。やっぱり2人は仲良しだなぁ」


「……お前の目は節穴か」


「メイさんが居なかったら今すぐ別行動していますよ」


 笑う芽依を2人は見る。

 方や嫌そうに。方や笑顔だが柔らかさの欠片もない表情で。

 だが、来たばかりの頃の2人は今のようにいつもイライラとして、顔を合わせれば喧嘩をしていたのだ。

 それに胃を痛めないアリステアが、芽依で胃を痛める姿に少しの憤りを感じないでもない……と、顎に指先を当てる。


 そんな悩んでいる間にも、芽依を挟んで喧嘩をする2人。

 そして、忍び寄る怪しい影が地面から芽依の側へと迫っていた。

 ほんの少し、ジッと注意深く見ないと分からない程の色の変化。

 少しだけ濃い色をしているそれは、地面の中にいるのだろう。

 ずずず……とまるで這ってくるように忍び寄る影。

 地面から美しいレースが施された真っ白な手袋をはめた手が出てきて芽依の足首に後数ミリで到達する、という時だった。


「んっ?! 」

 

 芽依はシャルドネに一瞬で引き寄せられ、地面から出てきた手はセルジオの革靴が踏みしめる。

 セルジオが手袋を脱ぎ、指先を足元へと向ける。

 そして、足元に小さな魔術陣が浮かび下から風が吹き荒れた。

 芽依はベールが吹き飛びそうになり急いで抑えると、女性の甲高い悲鳴が響き周囲は何事だと立ち止まった。

 ザワザワと騒がしくなったが、また何か魔術が発動したのだろうと次第に喧騒は戻っていく。


「……え…………えっ?! 」


 風が強く目を瞑っている間に何が起きたのかと、目を白黒させる芽依。

 そう、いつもお洒落に着込んでいるセルジオが一瞬で返り血を浴びていたのだ。

 芽依は目を大きく見開きセルジオを見ると、指を鳴らすだけで全身の返り血が消えた。


「セ……セルジオさん……大丈夫ですか……怪我……? 」


 プルプルと震える指で服を軽く握ると、通常通りの無表情が芽依を見る。


「俺じゃない、返り血だから大丈夫だ」


「私たちがいるのにメイさんに手を出そうとするなんて、やはり春呼び祭りが近いからですね」


「だいぶ外部者が増えたな」


 既にひと月を切った為、他国や遠い国の人達が動き出しドラムストに入り込んでいる。

 毎年開催場所に、気に入る人を探すために早めに国内入りをする春呼び祭り参加者。

 ドラムストは、人間や人外者関係なく美しい人が多いし、シャリダンだけでなく強い人は沢山いる。

 大国が開催国ならもっと多いのかもしれないが、ドラムストも十分魅力的な人が多いと人気の地なのだ。


「え、もう来てるんですか? 随分気が早くないです? 」


「それくらい婚活に力を入れているんだろう」


「メイさんはメディトーク達のそばを離れてはいけませんよ」


「はぁい」


「………………わかっているのか? 」


 久々に3人でゆっくり出来る時間に、芽依は無意識に笑っていた。






「…………いらっしゃい」


 カラン……と扉を開けるとドアチャイムが鳴った。

 前回には無かったなぁ、と見ながら店員を見ると、相変わらず穏やかに笑う妖精がレースを編んでいた。

 前回使っていた編み針とは違う太い編み針で、ザクザクと軽快に編んでいる。

 ショールか何かを編んでいるのだろうか。


「帽子の受け取りかな? 」


「はい」

 

「うん、待たせてごめんね。はい、これが君の帽子だよ」


 そう言って両手を出した妖精の手のひらにふわりと現れたのは、繊細なレースがアクセントになっている選んでいた丸みを帯びた黒の帽子。

 艶なしの柔らかな帽子が芽依の手に渡り、芽依はうっとりと帽子を見る。


「凄い可愛い」


 この世界に来る前はファッションで帽子をかぶる習慣のなかった芽依。

 今はベールを主に使っている為使用頻度は低いが、この世界に来て好きになった装飾品のひとつだ。


 試しに被ってみるが、やはりベールが引っかかって上手にかぶれそうもない。

 それを見て、店員の妖精が芽依の顔に触れる。

 ふわりと感じる移民の民の旨みがダイレクトに伝わり小さく喉を鳴らすが、すぐに首を横に振って芽依を見る。


「…………ごめんね、勝手に触って。帽子に金具をつけてベールを付けることは出来るけど、匂い消しの効果は薄まるから、花帽子用のベールを決めたら匂い消しの魔術の重ねがけをするといいよ。メディトーク様に相談してごらん」


「わかりました」


 頬に触れて一気に香りを浴びたのは見て分かったが、無理やり理性を押さえ込んだのを芽依は見た。

 カウンターに戻り息をつく妖精を見てから、帽子を外し、ベールも元に戻す。

 ぐるりと店内を見ると、以前来た時よりも帽子が増えていた。

 春呼び祭りも近付き、販売量も増えたのだろう。

 芽依は受け取った帽子をセルジオの前に行き2人に見せると、笑みが帰ってくる。

 可愛くて良いですよね! と満足そうに笑った芽依をセルジオがグイッと抱きしめてきた。



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