きのこのチーズリゾットはフーフーしましょう
フェンネルによって一瞬で髪は乾かされ、芽依は落ち込むフェンネルの手を引いて戻ってきた。
ソファに座るとキッチンから視線が来る。
「ちゃんと温まったか? 」
「うん。しっかり」
「そりゃ良かったな」
フッと笑うメディトークの傍に行きたくて、ちょこちょことキッチンに行く芽依。
緩い私服に黒のエプロンを着けているメディトークは、服の上からもしっかりと筋肉がついているとわかる背中をしている。
腰に手を当て、片足に体重を乗せて気だるげに立ちながら、鍋の中を木ベラで混ぜていた。
芽依はおもむろに後ろからギュッと抱きついて横から覗き見する。
見づらい為、踵を浮かせて伸び上がりながら。
「何作ってるの? 」
「リゾット。きのこの」
「やったぁ、チーズいっぱい入れて」
「はいよ」
メディトークの返事を聞いてから手を伸ばす。
だが、何をすればいいか分からず手はピタリと宙で止まり、腰に当てていたメディトークの大きな手によって握られた。
「……何してんだよ」
「手伝おうかと……」
「台所爆発させてぇのかお前は。それに手伝うなら離れろ。手を洗え」
「……やめる」
「離れる気ゼロか」
またむぎゅっと抱き締める。
見た目よりも厚い胸板は、前から抱きつくと少し痛いくらいだと芽依は知っている。
「抱き締めるのは幸せだなって再確認したから」
「…………お前、風呂でハストゥーレ襲ってねぇだろうな」
「襲ったりしてない! 痴女じゃない! 」
まったく失礼しちゃうな! とぷりぷり怒りながら離れて行く芽依に小さく笑ってから、メディトークはグリルで焼く鶏肉の様子を見た。
そんな会話をソファで聞いていたハストゥーレはほんのり頬を赤らめている。
芽依と一緒に入浴して、柔らかな体に包み込まれたのを思い出したからだ。
恥ずかしがりなんともいじらしい反応をするハストゥーレをフェンネルはニヤニヤと見つめた。
「……なにされたの? 」
「なにも! なにもありません! 」
「……どうしてうちの人達は皆、私がハス君を襲ったって認識なんだろう」
フェンネルの隣にポスン、と座ると、フェンネルは芽依に寄りかかる。
「何してたのかな? って気になるじゃん。僕たちの誰よりも早く一緒にお風呂入っちゃうんだから」
「前入ったじゃない? 」
「それは水着着て皆でじゃん! 僕も2人でゆっくり入りたい! 」
「駄々っ子だ、可愛いなぁ」
くすりと笑ってフェンネルの頬を撫でると、目を細めて気持ちよさそうに擦り寄り甘えてくる。
さらりと白い髪が肩から前に流れてきて、芽依はその髪に触れた。
まるで絹のような滑らかな手触りの髪をキュッと握り顔を近づける。
「今度ね」
「…………も、ずるいんだから……」
ぺたん……とソファに体を預けるフェンネルの可愛らしさに芽依はうふふ、と笑う。
ハストゥーレにそういった欲はあまり見られない為、安心して入浴した節も有る。
だが、フェンネルは可愛さの影に隠れてしっかりとした欲があるのだ。
それを知っていても、その可愛さで入浴希望を迫られたら芽依には抗えないだろう。
「…………まあ、そうなったらハス君を引き摺り込むのだろうけど」
芽依の小さな独り言を聞き取った2人が首を傾げるが、芽依は笑って誤魔化した。
グリルから肉の香ばしい香りが漂ってきた。
香辛料を使った肉の香りに口の中がじゅわりと涎を溢れ出させる。
「いやぁ、美味しい……」
「まだ食ってねぇだろ」
芽依のフライングにメディトークが優しく笑うが、ジュルリ……と腕で拭う動作をする芽依に今度は鼻で笑う。
「食い気がすげぇ」
「人間の3大欲求」
「…………3大欲求? 」
「あれ、知らないのか。睡眠欲、食欲、飲酒欲」
「…………ふぅん? 」
知らないのをいい事に芽依は適当な事を言う。
だが、明らかに違う事を言っていると気付き、目を細めて芽依を見るメディトーク。
それに気付いた芽依は、うふふ……と笑ってから隣にいるフェンネルに隠れた。
「あ、思い出したメイちゃん」
「ん? なぁに? 」
「シュミットが今日は遅くなるから先に寝てろって」
「あ、そうなんだ」
「なんだ、遅くなんのか。せっかく下味つけた肉なんだがな」
「シュミット様はお肉がお好きですから、残念がりますね」
芽依は、余程のことがない限りシュミットの帰宅を待ってから領主館に戻る。
夕飯に間に合わない時間の時や、あまりにも遅い時などシュミットの判断で連絡が入るのだ。
それを芽依以外の誰かが受け取り伝えてくれる。
連絡方法は様々で、今回は魔術で作られた真っ白な小鳥が運んできた。
本当なら、昼までに仕事が片付くはずだったのが、夜になるようだ。
シュミットは周りから求められる商人だから予定が変わることはよくある。
「じゃあ、先に食うか」
コトン……と目の前に置かれた深皿にはきのこのチーズリゾットがある。
中央には大きな肉がそのまま置いてあり、切り分けて食べるようだ。
エプロンを外したメディトークがフォークとナイフで切り分け、それぞれの皿に置いていった。
きのこのチーズリゾットに香ばしい肉。
そして、昼からワインが少量用意されていて、芽依はこんな幸せなことは無いと、両手を組む。
「この世界にきて、本当に良かった……お酒……ご飯……」
「そこは俺らに会えたって可愛く言えよ」
「それは言わなくてもいい大前提だから……あちっ! 」
頂きます、と手を合わせてからアツアツのチーズリゾットを口にする。
冷ましたのだが、全然冷めてなかった。
一緒に用意されたレモン水を口に含み息を吐く。
「あっつ…………ああ、美味しい、幸せ……ハス君」
うっとりと美味しさに目を瞑っていた芽依はハストゥーレを見て真顔で言った。
「熱いからふーふーしてね。火傷しちゃうからね。しっかり冷ますんだよ……心配だな私がやろうか」
「……自由に食わせてやれよ」
遠慮して恥じらうハストゥーレに真剣に言うと、メディトークの呆れた声が飛び込んできた。
それは芽依だけでなく、隣で同じく慌てるように見ているフェンネルも真剣に言っていたのだった。




