煙草の製造工場 2
頭を下げた2人は顔色悪く息も荒い状態で、たどたどしくも話し出した。
「あ……あの……全部ではなくて……あの」
「作る煙草の……1部を……粗悪品が……えと……」
要領を得ない説明にシュミットが眉を寄せている。
明らかに不機嫌なのがわかるが、これはシュミットの仕事だからと芽依は何かを言うつもりはない。
手持ち無沙汰に時計を眺め、新しく付けたシュミットの腕時計も見る。
腕を掴んで膝の上に置き、指先で文字盤をなぞった。
こちらもスケルトンで歯車がむき出しになっている。
デザインは違うが、黒と金色の2色で同じショートというブランドの時計だ。
まるで髪色を交換したようなお互いの腕時計に芽依はニッコリして、思わずシュミットの時計に口付けると、頭上でため息が盛れたのを聞いた。
ん? と顔を上げると軽く叩かれる。
そして、呆然と芽依を見る周りの視線に気付きポツリと言葉を漏らす。
「…………あ、家じゃないんだった」
「……阿呆」
「ごめんなさい」
ため息を吐くシュミットに苦笑して謝る芽依。
今はそれどころではないのに、芽依を殺さんばかりの顔で睨みつけてくる。
美人の睨みは威力が高いなぁ……と呑気に思いながら、再開した話に耳を傾けた。
たどたどしい話を要約するとこうだ。
2人は幼馴染で、もう1人幼馴染がいる。
その人はガラの悪い人と付き合っていて、最近煙草を愛用しているのだとか。
そんな幼馴染から煙草の横流しを頼まれた。しかも、粗悪品をだ。
どうやら大量に用意させて高く販売しようとしているらしい。
勿論断ったが、そのガラの悪い人達というのが人外者で太刀打ち出来ず、どうにも出来なかったそうだ。
社長であるガルシェムに言ったら怖がりクビにされそうだし、マルティナは怖い存在として見ていた為、相談出来ず今までズルズルと素材の一部を粗悪品の素材にして紛れ込ませ煙草を作り、品番確認をして幼馴染に渡していたようだ。
だが、1ヶ月前に粗悪品を誤って市場に流してしまった。
この工場で作る煙草として、粗悪品が出回ってしまったのだ。
そして最悪な事に、その煙草がシュミットの手に渡ってしまったということだった。
「…………なんてことなの」
「も……申し訳ありません!! 」
「なんで! 売上や在庫で分かんなかったんだ! マルティナ!! 」
「素材購入額と煙草の売上額に変わりはありませんでした! 先月の販売ということは、2ヶ月前の素材購入時ですが、帳簿に変わりは……」
ファイルを捲り、見ているマルティナにシュミットは息を吐く。
そして、芽依の時計をコツコツと叩いた。
「……ん? 」
「契約違反だ改善の余地が無ければ融資は切るぞ」
「そ……そんなっ!! 待ってください! これは私が指示したことでは無くてですね!! マルティナ! 何か解決策は無いのか!! 」
慌てるガルシェムを見て芽依は首を傾げる。
そして騒がしく怒鳴るガルシェムがいる室内で、芽依の静かな声が妙に響いた。
「なら、もう幼馴染とそのお友達を消したらいい? 」
芽依の無邪気な笑みから発せられる思いもよらない言葉に全員が静まり返る。
シュミットは芽依の顎に指先を当てて顔を持ち上げた。
鼻から下の顔が全員に晒される。
「なんだ、随分過激な事を言うようになったじゃないか」
「シュミットさんが困ってるなら、もうめんどくさそうだしいいかと思いまして」
「いや、そこまでしなくても支援を切ればいいだけだ」
「でも……煙草、お気に入りなんですよね?援助してるってことは売上の数パーセントから数十パーセントは受け取ってるだろうし……配合で味が変わるなら、この工場が潰れたらお気に入り、吸えなくなりませんか? 」
「……まあ、そうだがな。だが、そこまで俺達が手を出すことじゃあない」
「…………うん、分かりました。じゃあ庭に煙草の工場買います? メディさんに頼めば煙草の配合調べてくれそうだし、フェンネルさんとハス君とでもっと気に入る煙草作ってくれそうだし」
どうですか? と首を傾げる芽依にシュミットは閉口した。
芽依の提案は、全てシュミットの為だ。
簡単に人や人外者を消すと言った人間の感性から離れている芽依の感覚も、高い金額を出してまで工場を買うと言った事も。
そこには穏やかな愛しかない。ハストゥーレに山を買うと言った感覚と変わらないのだ。
「時計のお礼に」と、時計を指さして言う芽依に、シュミットはクスリと笑った。
「随分と高い対価だな」
「対価じゃなくて、お礼です」
「そうか」
ポン、と頭を撫でてからシュミットはガルシェムを見る。
「で、どうする? 今すぐ決めて返事をしてくれ」
「あ……あの……」
チラチラと芽依を見る。
あんなにイライラしていたシュミットが、芽依と話すことで穏やかさを取り戻していた。
だから、どうにか芽依を間に挟みたいという見え透いた魂胆がその眼差しに分かりやすく映っている。
だが、芽依は一切会話を交わさない。
芽依が話すのはシュミットだけだ。
「シュミット様、私が話に参ります。ですのでご一緒に来ていただけませんか? 契約者がいると示させてくださいませ」
真剣な眼差しのマルティナ。
これには色恋は含まれず、真摯に仕事に打ち込んでいる姿しかない。
別に工場が潰れても芽依にはどうでもいいが、それでシュミットが困るのなら話は別だと芽依は目を伏せて考える。
だが、あくまで契約はシュミットとガルシェムだ。
それを言ったところで幼馴染とその友達の人外者にはなんの抑止力もない。
どうするつもりだろう……と見ていると、シュミットは芽依を下ろして立ち上がった。
「……まあ、いいだろう。この交渉に失敗したら契約は打ち切りだ」
「っ……はい。かしこまりましたわ」
ぐっ……と手を握りしめるマルティナと、顔色悪くして契約……と呟く2人の従業員。
普通、社長が交わしている契約についてなど末端の社員が知るわけもない。
だから、闇の最高位と金銭について素材の内容を細かく指定した契約がなされていると夢にも思わない2人は、その契約を反故する事をしていたと分かりカタカタと身体を震わせた。
 




