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2人目の客


 あの後時計のベルトを付け替えている時、先程の客が言い忘れたと顔を出す。

 あとは腕に着けて見てみるだけの状態だった為、シュミットは舌打ちをした。


「なんだ」


「最近シーフォルムの動きがあやしいよ。詳しくは分からないけど、動きがいつもと違う。調べる? 」


「…………ああ」


 チラリと芽依を見てから頷く。

 シーフォルムかぁ……と芽依も悩むように顎に人差し指を当てると、手首を掴まれた。


「そうだな、数日張り付いてくれ。様子が分かったら報告を」


「…………うん、まぁ……いいけど」


 客を一切見ないで芽依の腕に腕時計を付けながら話すシュミット。

 そんな様子を見ながら、小さな声で返事をする。


「…………それ、ショートの腕時計じゃない? シュミットのお気に入りの」


「…………? 」


 ベルトをしめてキツくないか確認しているシュミットをなんの話し? と芽依は見る。


「別にいい。使い勝手が良かったから使っていただけで、こだわりは無いからな」


「えー、世界に10本しかないのに?! 僕が欲しいよ! わっベルトまで変えて……」


「…………世界に10本? 」


「いいから、お前は静かにしてなさい」


 芽依の手首を動かして腕時計にぶつかり痛くないか確認。

 男性用の為、文字盤が大きい。

 芽依のぷにっとした手首に十分すぎる大きさではあるが、シュミットが普段使っている時計だ。嬉しいと口元に笑みが浮かぶ。


「どうだ、痛くないか? 」


 小さく頷き、確認の為時計を触っているシュミットの手を握り返す。

 見えないが目を細めて笑っているのが伝わったのだろう。シュミットも笑ってから手を離した。


「………………えー、ねぇ、本当に誰? 凄い気になるんだけど。顔見せて」


「誰が見せるか。次があるからはよ帰れ」


「えー! ちょっと、ツレなさすぎじゃない?! 次は紹介してよ! 絶対だからな?! 」


 気になるぅ! と言いながらバタバタと走り去っていく情報屋にため息を落とす。

 守秘義務があるのだろう、ペラペラ話はしないが仕事としていつ芽依の情報が明るみに出るか分からない。

 誰が言うか、と呟いたシュミットの膝に芽依の手が乗り、下からシュミットの顔をこぞきこむ芽依。

 フードに隠れて影ができる芽依の顔に、珍しく塗った赤いルージュが目立つ。


「…………あざといな」


「わざとですからね」


「そうかい……」


 疲れたようにため息を吐きながら芽依の頭を撫でた。



 それから5分程で次の客がくる。

 キョロキョロと周りを警戒しながら入ってきたのは中年くらいの男性だった。

 芽依は今回も大人しく静かに座っている。


「あ……シュミット……さんで、あってますか」


「ああ」


 最高位の商人として名高いシュミットだが、顔を知らない人は少なくない。

 今回も外見を知らない客だったらしく、おずおずと入ってきてシュミットに確認をとっていた。

 芽依は、オドオドとしながら椅子に座る男性を見る。

 シュミットにしか目がいっていなかった男性は、芽依に気付いてはっ! と目を見開き顔を逸らした。


「……対価は持ってきているか? 」


「は! はい!! 」


「先に」


「………………これです」


「ほぉ……」


 男性が出したのは、金色に輝く熊だった。

 手足を動かし、鋭い牙を向ける片手に乗るくらいのサイズの熊。

 光り輝く熊を芽依は前屈みになりまじまじと見ると、肩を掴まれて後ろに引っ張られた。


「……近いよ」


 注意に小さく頷いてから、また熊を見る。

 不思議な物を知る世界だが、また変な熊だなぁ……と見ていると、シュミットが青色液体の入った瓶を渡した。

 涙型の可愛らしい瓶で、芽依の手のひらにすっぽり収まる大きさ。

 男性は慌ててそれを掴みじっと見る。

 そして顔を上げて何度も頷いた。


「ありがとうございます! ありがとうございます!! 」

 

「…………ああ」


 必死に礼をする男性に、シュミットは終始微妙な顔をしていた。

 転がるように部屋を出ていった男性を見送ったあと、芽依はシュミットを見る。

 熊を指先で掴んで消し去っている所だった。


「あの瓶なんだったの? 」


「…………さぁな」



 芽依は、依頼者の秘密を守るシュミットの黙秘を頷いて納得した。

 そうだよね、守秘義務だよね、と。





 



「……はぁ、はぁはぁはぁ…………っく、はぁぁぁぁぁ……」 


 シュミットと芽依の場所から走って出ていった男性は、急いで自宅に帰った。

 そしてまた、瓶をじっと見る。


 育毛剤

 頭に振りかけると地肌が熱くなり皮膚や細胞が活性化して発毛する。

 艶やかなコシのある髪が生えるので、好みの長さにカットする必要あり。

 色は着色剤を入れる事で変更可能。



 彼は人間だった。

 伴侶のいない仕事に忙殺される草臥れた男性。

 結婚適齢期を過ぎてしまってはいるが、彼はまだまだ女性の隣に立つには麗しい容姿をしている。

 疲れで顔色が悪く、クマができていたとしても美貌は健在だ。

 ただ、ストレスのせいか頭頂部はかなり薄くなっていた。

 触るとぽやっとした細い毛の感触に地肌の温かさ。

 

 明らかに薄い。


 そんな時に、まさかのドラムストでの春呼び祭り。

 恋人を作る最大のチャンスで、結婚できるかもしれない出会いの場。

 それにこの薄い頭ではどうしても出たくない男性は、考え抜いて商人であるシュミットに急いで育毛剤を頼んだのだ。

 

 切羽詰まり、シュミットに魔術郵便で手紙を送った男性。

 初めての客は紹介か、魔術郵便で連絡を取るかするシュミットは、慌てているのか書き殴った手紙を読み息を吐き出す。

 ツラツラと恋人が欲しい、結婚したい。だが、頭が心もとない。せっかくの春呼び祭りなのになんて不幸なんだ。

 絶対結婚したいんだ!だから、育毛剤を!!


 そう長々と書かれた手紙を早々に破棄したシュミットは、手元にある育毛剤をすぐに渡すことにした。


 そこで見てしまった、見目麗しい人外者であるシュミットと傍らにいる匂い消しの外套を身につけた移民の民。

 外套から見える体のフォルムから女性だと理解する。

 そんな移民の民の腕には見るからに高級な紳士物の時計。


 パッと顔を逸らした。

 女性同伴で仕事をするシュミットが妬ましいし、こんなみすぼらしい姿を女性に見せるのが恥ずかしい。

 

 男性は恥じていた。


 だが、移民の民である芽依は、そんな男性に見向きもせず出した熊を気にしたり、シュミットを見て従順に指示に従っている。

 従来の移民の民か、今までの移民の民より自由な感性があるのか……とチラリと見ていた。

 なんとも見当外れな事を考えてから、受け取った育毛剤を持って走って部屋を出たのだった。


「絶対……絶対彼女作るんだ……」


 バシャ……と頭に被るように掛けた育毛剤は効果覿面で、ツヤツヤとした黒髪がサァ……と伸びだし体にまとわりついた。

 男性は感動で体を震わせたのだった。




「で、あれ何の薬なの? 」


「……聞くな。男には知られたくない事もあるんだよ」


「……うん? 」


 分からないなりに頷いた芽依は次の行先にとシュミットに手を引かれて立ち上がった。 

 

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