シュミットの仕事現場
ふわりと体が揺れる感覚を感じたあと、しっかりと腰を抱かれた状態で地に足が着いた。
カツリと硬いコンクリートのような感触で、芽依はシュミットに捕まりながら足元を見る。
淡い青の石造りのような床で、コンクリートとまるで違う見た目だった。
しかし、やはり石造りにしては優しい地面を通している。
数回足で地面を叩く姿をシュミットは不思議そうに見ていた。
「…………いいか? 」
「あ、ごめんなさい」
芽依の好きなようにさせていたシュミットは、そろそろいいか? と声をかける。
慌てて顔を上げ返事をすると、密着していた体を離して腰からも手を離した。
しかしその手はすぐに芽依の手を握る。
ゆっくりと芽依の歩調に合わせるように歩くシュミットのエスコートは歩きやすく、口端を持ち上げる。
「……ありがとうございます」
「なにがだ? 」
「…………ふふ」
まるでそうするのが当然かのように不思議そうに芽依を見るシュミットに、小さく声を上げて笑った。
「ここ、座って」
薄いカーテンで仕切られた小部屋のような場所に案内された。
そこにあるのは丸テーブルと対面にある2対の椅子。
その一脚を避けて、店の従業員だろう女性に声をかけて運ばれて来たのは2人用のソファだった。
自宅の雲のようなふかふかの椅子ではなく、少し固めのベンチのような椅子。
そこに座らされた芽依は、立ってなにか作業しているシュミットを見上げている。
「いいか、もし何か言われても返事をするんじゃない。これは俺の仕事だから、口を挟むような事はしないように。間違ってもフードは取るなよ」
「…………はい」
「よし」
フード越しに頭を撫でられた芽依は、黙ってシュミットの手の上に自分の手を重ねた。
そのままポン……と1度叩いてから手を避けると、すぐに隣に座り足を組む。
腕時計で時間を確認するシュミットをジッと見てから時計へと視線を向けた。
年代物の手入れの行き届いた時計だが、芽依にはその価値が分からない。
そっ……と手を伸ばして指先で時計に触れると、シュミットは芽依を見る。
「……なんだ? 欲しいのか? 」
「うーん……うん」
「今度買ってきてやる」
「いや……シュミットさんが付けてるのが欲しいです」
「紳士物だぞ……そうだな、ベルトを変えたらいけるか……? 」
仕事で愛用している腕時計はかなり長い年月使用されている。
使い心地で選ぶ為、気に入りをずっと使いたいシュミットではあるが、芽依のお強請りに簡単に腕時計を外した。
そして、何かを探しているのか空中で指先をふわりと動かしている。
シュミットの腕時計のベルトは光沢のある黒の革だが、芽依にはもっと柔らかい物がいいのでは無いか……と悩んでいて、その間芽依はシュミットの腕時計を両手で持ち文字盤を見ていた。
丸い形の円盤で、スケルトンと呼ばれる中の骨組みが露出して見えるアンティークのような華やかな腕時計。
金色の歯車が重なり合い、周りの色は深い藍色をしていて2色で完結している。
シックで美しいその時計は、盛装にも普段着にも合いそうなものだった。
重なり合い奥行がある不思議な見た目の時計はこの世界でのブランド物で、この時計は世界に10本しかないプレミアだった。
それをしらない芽依は簡単に欲しいと言い、シュミットは悩むことなく芽依に手渡す。
ベルトを変えるなんてコレクターが見たら叫びそうな事を簡単にしでかすシュミットは、女性用の黒に近い青色のベルトを取り出した。
すると、ちょうど客が現れる。
「…………ごめん、少し遅れちゃった」
「ああ、構わない」
ベルトをテーブルに置き、シュミットは前を見る。
芽依は時計から顔を上げて控えめに客らしい男性を見る。
まだ幼さの残る少年に見えるが、雰囲気からして子供ではないだろう。
少し長めの黒髪はアシンメトリーで、右側だけ長い。
「…………誰? 」
「気にしなくていい」
客が興味深そうに芽依を見るが、シュミットはすぐに言葉を切った。
そんなシュミットの言うことを聞かない客は遠慮なく芽依を見て、視線を感じた芽依は、チラッと見てから慌てて顔を背ける。
シュミットは芽依を見てから、客へと視線を向けた。
あくまで芽依は話をしなくていい相手らしい。
見た感じ背中に羽は無かった。人間なんだろうか、と疑問を持つがそんな感じにも見えずわからなかった。
手持ち無沙汰に時計を色々な角度から見ていると、話は始まっていたらしい。
「…………じゃあ、ガイーダの政権は黒に傾いたのか」
「多分決まりだろうね、すでに半数が殺られてるから時間の問題かな。1年もしないで終結、新しい王にミラージュがたつんじゃない? 予想だけど」
「なるほどな」
新しくした手帳に何かを書いていくシュミット。
今回は情報収集なのかもしれない。
黙って時計を見ていたが、ベルトを付け替える前に客が来た為腕には付けれない。
いや、付けてみるか……と、シュミットサイズの腕時計を左手首に付けてみる。
片手でモタモタしている芽依は、なんとか1番小さな場所でベルトを止めるが勿論大きい。
膝の上で腕を下にして見ると、ポトリと腕時計が膝に落ちた。
黙って時計を見る。手に取り、更にみじかくなるように巻いてみるが、ベルト穴はもう無いため付けれない。
諦めて両手で時計を持ったまま、手帳に情報を書いているシュミットを見る。
体を寄せて手帳を見ようとすると、フードの上から顔を掴まれて見えないようにされた。
「んむっ……」
「こら、静かにしてろ」
「ねぇ、本当に誰それ」
仕事場に誰かを連れてくることなんて今まで1度も無かったシュミットがわざわざ顔を隠して連れてくる人物。
多分移民の民だろうと目星をつけているその人は、頬杖をつきながらシュミットに聞いた。
はぁ……とため息をつき、カフェオレ味のチョコレートボンボンを芽依の口に放り込む。
パキン……とチョコを割る音がひびき、芽依の口の中に濃いブランデーが広がった。
「…………美味し」
「しゃべらない」
思わず感想が出たが、それすらも注意を受ける。
パッと口に手を当てた芽依は、シュミットを見上げて小さく頷いた。
「いや、だから誰」
そんな質問に答えない2人にため息を吐き出す客。
もういいや、と投げやりに言ってから、まだ伝える情報だと2~3個情報を置いて、手を振って帰って行った。どうやら報酬は後払いらしい。
この場合、当然だがシュミットが支払いをする。
「…………情報を買ったの? 」
「ああ、あいつは情報屋だからな」
「へぇ、凄い職業だ」
「移民の民の方が凄いだろう」
自然に返された言葉に芽依はむず痒くなりシュミットに頭を擦り付けた。




