別行動
芽依がシュミットに怒りをぶつけてから数日、本当はカテリーデンに向かう日なのだが、今日の芽依はお休みである。
今日は大事な用があるのだ。
その為、カテリーデンはメディトーク達に任せるのだが、芽依は別の心配もある。
「いい? 客に手を握られたりしたら駄目だよ。変な目で見る人は沢山いるから隙を見せたら駄目だからね!何かあったらメディさんのお腹に隠れるんだよ。もう手渡ししなくていいから、テーブルに商品置いて渡して。あとは……」
『わかったわかった、ちゃんと見といてやるから』
「でも……でも……」
芽依はハストゥーレの手を握りしめながらメディトークを見る。
他人から乞われるのはフェンネルもパピナスもだが、2人は上手に話し相手を諦めさせたり流したりと出来る。
だが指示待ち状態のハストゥーレは詰め寄られると返事が出来なくなる可能性が高い。
それをわかっていて強引にくる人もいるし、禁止しているボディタッチをしようとする。
商品手渡しでわざとらしく手を握るのもあるし、魔術を掛けようとする不届き者もいる。
販売中だが、メディトークたちは常に客の動向を見守っていた。
芽依が居るからこそだが、ハストゥーレも注意して見なくてはいけない人になっている。
「メイちゃん、大丈夫だよ。僕も見てるからね」
「うん……フェンネルさんも気を付けてね。危なかったらもう……凍らせちゃっていいから」
両手を握りしめて可愛く言うが、内容は可愛くない。
メディトークは思わず苦笑するが、芽依はメディトークも見る。
キリッと眉を吊り上げて、光のない真っ黒な目を向けた。
「女の人にデレデレしたら許さない」
『なんで俺には可愛く言わねぇんだよ』
笑いながら芽依の頭を撫でるメディトークの足にしがみつき、頭をグリグリと擦り付けてから離れた。
『行ってこい』
「行ってきます」
手を振り、少し離れた場所で待ってくれているシュミットの所に走って行った。
「いいか? 」
「うん」
走ってシュミットの前に行き笑う。
だが、その笑みは戦いに向かう好戦的な笑みだ。
今日はシュミットの仕事に着いていき、見学をする日である。
以前、危険のない仕事には着いてきても良いと言ってくれたので、本日芽依はそれを実行する。
大切なシュミットがする仕事を見るのは楽しみではあるが、今日は別の仕事が芽依にはあるのだ。
今日の仕事は以前シュミットに抱き着き口付けをした女性が相手らしく、芽依はギラリと目を光らせている。
絶対シュミットを奪わせたりしない、と。
その意気込みをわかっているからシュミットは困ったように笑ってから芽依を抱き締めて転移をした。
「久しぶりに来たぁ」
「そういえばそうだな。誘いの鈴が鳴っていない」
以前は数回、誘いの鈴が鳴り芽依はシュミットの自宅に強制転移をしていた。
まだ家族になっていない状態での不法侵入だ。
食べ物を対価にしたとしても、良く応対してくれたものだ。
シュミットは、ベッドに座る芽依を見てから準備を始めた。
必要な在庫チェックに今日引き渡す物を仕舞い、客の人数と誰かを再度チェックしている間、芽依はベッドから足を投げ出し両手を広げて横になっていた。
木目調の天井がこの部屋の雰囲気に合っていて、以前シュミットを口説き落とす時にも見上げたな……と思い出す。
結局あとからシュミットに襲いかかった芽依だが、あの時の積極的な姿は流石の芽依でもなかなかスイッチが入らない。
襲いかかり噛みつきはするが、あの必死な姿は今思い出しても恥ずかしい……と、ごろりと横を向いた。
膝を曲げて小さくなると、シュミットが見下ろしているのに気付く。
「わっ……準備終わりました? 」
「ああ。行けるか? 」
「はい」
起き上がり柔らかい口調のシュミットに目を細めて笑う。
最初に会った時より日増しに言動が柔らかくなるシュミット。
フェンネルやハストゥーレも最初の何処か線を引くような対応が和らいでいったのだ。きっとシュミットもそうなのだろう。
差し出されるシュミットの男性的な大きな手に手を重ねると、軽く引っ張られ立ち上がる。
そしてシュミットにベールを外された。
一気に香る花の香りにシュミットは小さく喉を鳴らす。
移民の民の香りは、シュミットにしても極上の甘露だ。
ぐっ……と眉を寄せる姿を見ているが、芽依は何一つ抵抗する気は無い。
シュミットは勿論、家族にはいくらでも喰われて良いと思っているから。
ハストゥーレが芽依を食べる負担を考えて3人は喰おうとはしないが、やはり至近距離で香りを嗅ぐとクルものがある。
「シュミットさん? 」
「……客に会うからこれを着て、しっかり顔を隠すんだ」
手に持たされたのはグレーの外套。
足首まである長さでスリムな形だが、すっぽりと芽依を覆ってくれるそれを受け取る。
しっかりと着込みボタンをして帽子を深く被ると顔の上半分が隠れた。
その分視界が悪くなり、芽依はシュミットに手を引かれる事になる。
「じゃあ、行くぞ」
「はい」
軽く抱きしめられて、転移の浮遊感に身を委ねた。
 




