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仕事初めの朝


 朝日が差し込む室内、暖かな布団の中で腹部に回る自分以外の腕の重さを感じながら微睡む。

 背中に他人の体温を感じる幸福感は、覚えてしまえば鼓動を早くするよりも安心感を感じてしまう。

 芽依の小さな手よりも骨ばって大きい男性の手に手を合わせる。

 眠っていて力が入っていない指先に触れて、温かさを分け与えるように握り込むが、それでも眠りが深いのか起きることは無い。

 口元に持ってきて、普段は手袋で隠れている指先に唇を押し当てると、甘やかな牛乳の風味が口に広がり目を細めた。

 ペロ……と舌先で指を舐めると、ピクリと反応する。


「……起きました? 」


「寝てるやつに悪戯をするな」


 くあっ……と欠伸をして唇に当てられている手を引き抜かれた芽依は、あ……と振り向いた。

 寝起きのシュミットは髪をかきあげ、まだ眠たいのか枕に顔を埋める。

 芽依は体を起こして、隣でさらけ出された項を見る。


「…………どうぞ食べてくださいで、あっていますか? 」


「あってねぇよ! 」


「それは残念」


「……触るな」


 指先で項を触ると、芽依の手はシュミットに掴まれた。

 枕から少しだけ上げた顔で芽依を見上げる起き抜けのシュミットに、ゾクゾクと背筋を震わせ芽依は唇を舐めて微笑んだ。それはもう、凶悪に。


「お前、なんで俺にだけそうグイグイ来るわけ? 」


「……なんで……なんででしょうか。とにかくシュミットさんに触れたいんですよね」


 不思議と首を傾げる芽依は、とりあえず……とシュミットを見る。


「おはようございます」


「あ、ああ……おはよ……」


 芽依が顔を近付けサッと唇を奪いベッドから出るのを呆然と見ているシュミット。


「さあシュミットさん。今日も良い朝ですよ、カテリーデン日和です」


「………………お前なぁ」


 はぁぁぁぁぁ……と深く息を吐き出して枕に顔を埋めるシュミットに小さく笑ってから、用意されている服を持って浴室へと消えていった。


「……ん、今日も可愛いワンピース。お母さんの選ぶ服にハズレなし」


 水色のVネックワンピースはしっかりとした厚みのある生地のAラインワンピース。

 しっとりと肌に吸い付くような肌触りで、水色の記事の上から濃い青の花柄が斜めに描かれている。

 胸下をキュッと絞っているが、コルセットを着用しない苦しさは一切ない。


「相変わらず大人かわいい服なんだよねぇ」


 簡単に髪を結んで部屋に戻ると、キッチリとスリーピースを着込んだシュミットが手袋をつけていた。

 珍しく髪をかきあげるようにセットされていて野性味がある。


「……そんなシュミットさんも新鮮で素敵」


「近い」


 ススス……と近付いてくる芽依の顔面を鷲掴みにして離すシュミットにへへ…と笑ってから新年始まってからお仕事を開始した。


「メイちゃんおはよー」


 ノックもせずに入ってきたのはフェンネルだった。

 芽依とシュミットは向かい合って話していた所の乱入で、2人で扉を見る。


「おはよう、フェンネルさん」


「間に合ったかな? 遅かった? 」


「いや、大丈夫だ。あと頼むな」


「うん、任せてー」


 シュミットのお泊まりだったが、今日は朝から仕事に出る為、フェンネルを呼んで芽依の護衛を変更。

 夜からフェンネルと変わっても良かったのだが、そうするとシュミットのお泊まりがほぼ無くなってしまうので、朝の交代で手を打ったのだ。


「じゃあ、また夜にな」


 ポン、と頭に手を置いて部屋を出ていくシュミットに小さく「いってらっしゃい」と言ってからフェンネルを見た。


「今日からカテリーデン再開だね」


「うん。またよろしくね」


「こちらこそ! 」


 2人で笑いあってからフェンネルにエスコートされてまずは朝食へ。 アリステアが待っているだろう広間へと向かった。

 

 既に領主館内は動き出していた。

 休み特有の静まり返った寒々しい空気感はなく、人の行き来する気配がそこかしこにある。

 まだ居住区で、さらに朝食が振る舞われる時間帯なのにも関わらず人々はあくせくと動き出しているようだ。

 それを考えたら、庭を持ち自由に手入れをする時間を設定出来る芽依は随分とゆっくりだ。

 なんと贅沢な時間だろう。


「どうしたの? 」


「うん。周りの人はもう動いているのに私はゆっくりしてるから贅沢な時間の使い方をしているなって思って」


「……そうかなぁ。メイちゃんは人一倍働いていると思うよ」


「それに巻き込まれてるフェンネルさん達が1番働いてると思うんだけれども」


 すぐに切り返して返事をする芽依に、フェンネルはキョトンとする。

 そして、エスコートする手の力を少しだけ込めて微笑んだ。


「うん、でもどんなに忙しくても幸せだから。メイちゃんがいるから辛くなんてないよ」


 幸せそうに笑うから、芽依は思わず腰に腕を回して背中から抱きついた。

 キラキラ輝く花雪の綺麗さは更に磨きがかかっている。


「……どうしよう。好きが溢れる」


「え、どうしよう。僕もメイちゃん大好き」


「……何をしているんですか? 」


 廊下の真ん中で背中から抱き着く芽依と、抱き着かれているフェンネルをたまたま見付けたシャルドネが驚いていた。

 2人で振り向きシャルドネを見ると、芽依はフェンネルから離れてシャルドネの前に来た。


「おはようございますシャルドネさん。今年もよろしくお願いします」


「はい、おはようございます。メイさんの世界の挨拶ですよね? よろしくお願いいたします」


 穏やかに微笑むハストゥーレとはまた違う森の妖精のシャルドネ。

 頭を下げた時に髪飾りのビーズが擦れて音が鳴った。

 丁寧に返された挨拶に芽依もにっこりとする。


「穏やかなシャルドネさん大好き。またお酒飲みましょうね」


「おや、嬉しいですね。私も好いていますよ。禁酒が解かれるのを心待ちにしています」


「ねぇ、その時は僕も参加するからね」


 シャルドネと話す芽依を後ろから抱き締めて話に加わるフェンネルに芽依とシャルドネは小さく笑った。


「ええ、大丈夫ですよ」


「じゃあ、初3人で飲む? 」

 

「…………うん、そうしようかな」


 少し悩んでから頷いたフェンネルは秘蔵の酒を出すね、と言うと芽依のテンションを思いの外上げてくる。

 ぴょん! とジャンプして嬉しさを表現する芽依は、フェンネルの可愛らしいカーディガンの裾を握った。


「色々飲み比べでもしましょうか」


「いいねぇ……暫く飲んでないから弱くなってないかなぁ」


「酔ったら僕が介抱するから大丈夫だよ」


「うん、いっぱい噛むね」


「…………うん、じゃあ禁酒解禁祝いね」


「!!……まさか、許可がおりるなんて」


「ふふ、私もどうぞ」


「2人を齧れるなんて……天国かもしれない……」


 両手を胸の前で組んでジーンとしている芽依をヒョイと抱えて歩き出すフェンネルと、その隣に並ぶシャルドネ。

 ハストゥーレと同じ森の妖精だから気が合うのだろうか……? と運ばれる芽依はフェンネルとシャルドネを交互に見るが、単にシャルドネと2人っきりにしたくないフェンネルが割り込んだだけなのを芽依は相変わらず理解していなかった。

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