第二十三話 変化した日常
本日二話目です。
空は明るくなり、窓からは温かい日差しが入る。鳥の囁きが耳に心地よい。
リラクは目を覚まし、ベッドから身体を起こした。部屋を出て外にある井戸で顔を洗い、食堂へ向かう。
あのホワイトファングの事件から一ヶ月、更にその前から繰り返している毎日の日課だ。
ただ、少し前から異なる点があった。
「おはようございます。リラクさん」
「おはよう、リラク」
「おはよう、ミーニア。それにリスティ」
リラクが泊る小鳩亭の食堂には、ミーニアとリスティがテーブル席に座り、朝食をとっていた。
ホワイトファングが解散し、リスティの住まいだったユニオンハウスも閉鎖となった。そのことで家なしとなったリスティは、小鳩亭の女将であるマリアナの提案により、マリアナが貸し出している家に住むことになったのだ。場所は小鳩亭の隣。宿の朝食、夕食付の好条件である。
リスティの顔色は、一か月前に初めてリラクが会った時に比べ、断然良くなった。今ではハンター業も再開している。ただ、「リラクとパーティーを組む」と言った時には、リラクとしては甚だ疑問だった。
ミーニアは食べていたパンを飲み込み、
「マリアナさんのご飯はおいしいですね。引っ越して正解でした」
ミーニアはリスティの家で暮らしている。リスティが引っ越すことを知ったミーニアは、リスティの家へ頻繁に遊びに来るようになり、最終的に引っ越した。
「当然だ。わたしの料理は世界一だからな。ほらリラク、さっさと席に座りな」
マリアナは、リラクの朝食分の皿を、リスティ達のテーブルに置いた。
「あ、ああ……」
リラクは椅子に座り、朝食を食べ始めた。なぜこうなったのだろうと、いまだに戸惑うところはある。が、すでに諦めていた。なるようにしかならない。
ミーニアは強い口調で、
「リラクさん、ご飯食べたら早く行きましょう。ハンターギルドに遅刻してしまいますので」
「遅刻するのはミーニアだろう? 朝飯くらいゆっくり食べさせてほしい……」
リラクは嫌そうな顔をした。
ハンターギルドの受付嬢である彼女には、ハンターのリラク達にはない出勤時間が存在する。
「ダメですよ。急ぎましょう。いつも起きるのがギリギリなのがいけないのです。今度、起こしに行きましょうか?」
「やめてくれ……」
ミーニアの提案に、肩を落とした。
「てか、リスティと二人で十分じゃないのか……? リスティだってハンターだぞ? 護衛役にはもってこいだ」
「ダメです」
ミーニアがキッパリと否定する。
「リスティさんも女の子ですよ? リラクさんも知っているように狙われるのは若い女の子ばかりなんですよ。若くて可愛い女の子二人とか、危険じゃないですか。リスティさんもそう思いますよね?」
「わたしは別に可愛くなんて……。でも、男の子がいたほうが安心かな」
『可愛い』という言葉に反応し、恥ずかしそうに顔を赤くするリスティ。
最近、カロウセの街で若い女性ばかりを襲う事件が発生している。衛兵達が警戒を強めているが、まだ犯人が捕まったという話は出ていない。
この事件が発生するようになってから、ミーニアの送り向かいがリラクの日課に追加された。早く犯人が捕まってほしいと祈るばかりだ。
「はぁ……、わかったよ……」
渋々といった感じで、リラクは朝食を味わうこともなく口の中に放り込むのだった。
ハンターギルドに到着すると、異様な視線をリラク達を射抜く。主にリラクに対してだ。
「チッ……。可愛い子一人だけと思ったら二人もかよ……。おい、アイツ調子に乗っていないか? 少し痛い目見た方がいいじゃないか?」
「やめておけ……。アイツ、腕は立つらしい。ホワイトファングのヴェレーノを殺ったのはアイツだって話だ……」
「全然、見えねぇ……。それにしても、あんなパッとしない男のどこが良いんだあ? 俺様みたいにワイルドな男の方がいいだろう?」
「いや、お前はどちらかと言うと野武士だな……」
「なんだとおぉッ! やんのかてめえぇ!」
山賊のような大男が、細長の剣士に殴りかかろうとしていた。
「何を話しているかわからないが、今日も騒がしいなあ……」
「そうですね」
「……え、えぇっ!?」
リラクは『何か騒いでいるな』としか感じておらず、ミーニアは耳をピクピク動かし、嬉しそうに頷く。リスティはリラクとミーニアの様子がいつもと変わらないことに驚き、周囲を気にしてキョロキョロ見回す。
そこに一人の少女が声をかける。ハンターギルドの制服を着ているので、ここの受付嬢だろう。
「おはよう、ミーニア。ねぇ、聞いた?」
「おはようございます、アリサさん。何をですか?」
「また若い女の子が襲われたんだって……」
「本当ですかっ?」
ミーニアは驚き、目を見開いた。
「うん、さっき衛兵の人から聞いたの。今回ので五人目だそうよ」
「そうですかー……。気をつけないとですね……」
アリサはリスティを顔を向け、
「リスティさんも気を付けてくださいね。あっ、でもリスティさんは凄腕のハンターですものね。犯人が襲ってきても大丈夫そう……。いいなぁ……、わたしもリスティさんみたいになりたいですよ」
「わたしなんて別にたいしたことないよ」
アリサに褒められ、リスティは照れた様子で両手を振り、否定する。
「そんなことはないですよー。リスティさんは働く女性として憧れなんですからね。これからも頑張ってくださいね」
アリサは明るくそう言って、受付窓口に戻った。
「頑張って……か……」
リスティは表情を暗くさせ、ぼそっと呟いた。
「そのまんまでいいからな」
「えっ?」
リラクの言葉に驚き、顔を上げる。
「頑張らなくていい。そのまんまのリスティでいいんだ。もし前に進むなら、自分のペースでいいからな?」
「……はい」
リスティは大事な物を抱えるように両手で胸を抑え、返事した。
リラクとリスティの様子を見ていたミーニアは優しく微笑み、
「では、わたしは仕事をしていきます。リラクさんもしっかりやってくださいね。ではここで待ってますから、帰りもお願いしますね」
「あいよ」
「わかった」
リラクとリスティはミーニアの言葉に頷き、ハンターギルドを後にした。
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