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第22話 火刑

あくる日の正午。

広場まで連行された俺は、処刑台に乗せられていた。空は真っ青に晴れ渡り、雲ひとつない。正面では司教と元同僚たちが険しい顔でこちらを睨んでいる。その後ろには民衆がひしめいている。

そして、足元では焚べられたばかりの炎がパチパチと音を立てている。



堕落した神父とはいえ、罪人とは違い民衆からの石打ちはない。その代わりとどめも刺されず、これから生きたまま焼き殺される。苦しめば苦しむほど魂は浄化されるのだと、教会から広場へ向かう馬車の中で説明された。



それから民衆の前に引き出され、司教から罪を告発された。そして自らの足で処刑台に上がらされ、自ら腕を上げさせられ、十字に組まれた丸太へ、手足を括りつけられた。釘打ちではなく縄での固定なのは、最後の慈悲というやつか。

何を言う間もなく火刑の儀式は進み、ついに足元に火が点けられたのだ。既に両足はかなり熱い。

気を逸らすように、あるいは何かの予感にふと上を見上げると、一人の淫魔が空へ浮かんでいた。




むっちりとした肉感的な体に、布面積の狭い黒い服。背中の羽も尻尾もむき出しで、白い肌の向こう側でゆったりとはためいている。

首元に見慣れない首飾りをつけているが、あれは間違いなくリースだ。




目を見開く俺を他所に、リースはふわふわと上空に浮かび、屈託なく笑いながらこちらを見下ろしている。

なんで来たんだ、と叫びかけ、それをぐっと飲み込んだ。

群衆の数人が空を見上げているようだが、まだ教会の奴らには気付かれていないようだ。まぁ、あいつなら見つかっても上手に逃げ切るだろう。



しかし、これから俺が焼き殺されるというのに。のこのこ見物に来て涙さえ見せないなんて、あいつはやっぱり魔の物だったんだな。

せめてもの矜持だ。炎に巻かれても、情けない声だけは堪えよう。決意して目線を下げれば、ちょうど足元を火が舐める瞬間だった。予測した痛みを噛み潰すように、歯を強く食いしばる。しかし。



「熱くない…?」



服の裾は確かにパチパチと燃えているが、炎に舐められた足は熱さも痛みも感じない。不思議に思っていると、皮膚の表面で微かに青白い光が散っている事に気付いた。深く考える前に、俺は息を詰めた。いつのまにか炎に触れた足が、無数の羽ぼうきでなぞられ続けるような強烈なくすぐったさに包まれていた。



「くすぐっ、ふひ、ひゃはははははっ!」



一瞬状況も忘れて縛られた体をよじってもだえていると、突然目の前に何かが舞い降りてきた。そいつは宙に浮いたまま俺の首へ腕をかけ、静かに体を密着させた。その瞬間、足元の炎は一瞬にして燃え上がった。魔を焼き払おうとばかりに迫りくる炎は、急に俺たちを避けて遠ざかった。薄く開けた目の前を、赤い火の粉が舞う。



「ティモ」



聞き慣れた、少し鼻にかかったような甘い声が聞こえる。しっかりと目を開ければ、リースの顔がすぐ近くにあった。白い頬に炎の影をちらちらと光らせるリースは、ゆっくりと目をまばたいて、淡い紅色の唇を静かに開く。



「会いたかった。やっと会えた」

「…なんで来た?」

「会いたかったから。それと、お願いがあって来たの」



言いながら、リースは甘えるように俺の胸に顔を擦り寄せた。顎先に柔らかい髪がこすれ、甘やかな香りが鼻をかすめる。反射で、指先がぴくりと動いた。炎の裏から漏れ聞こえる群衆の悲鳴を気にもとめず、リースは顔を上げ、言葉を続ける。



「お願い、ティモ。僕のために、堕落して」

「……ッ?!」



衝撃で、周囲の喧騒や炎の音が一気に遠ざかった。こいつ、よりによって俺に堕天を唆しやがった。目を剥いた俺を、リースは緑の瞳でじっと見つめている。胸元で、緑色の何かがきらめいた。



「神父を堕落させる方法、教わってきたの。でも、今なら放してあげられる。僕はまだ、あなたと契約していないから」

「…考える時間は?」

「肉体が燃え尽きるまで。魂だけだと契約できないの」

「……」



黙り込んだ俺の顔を、リースは覗き込んでくる。真珠のように艶めく頬を撫でたくなったが、体が動かない。



「このままだとあなたは清められた魂になって、僕とお話もできないままお別れになってしまう。でも僕は、ティモとまだまだ一緒にいたいの」

「俺が神父だって、わかって言ってんのか…?」

「わかんない。でも、どんなものでもいい。ねぇ、願って?そうしたら、僕はあなたをとびっきりの悪魔にしてあげる」

「お前、何を…言って……」



一瞬、司教に語られた堕落者の末路が頭をよぎる。ぞわりと背中に鳥肌が立つが、目の前のリースはただ真っ直ぐに俺を見つめている。その真剣さに、思わず生唾を飲み込んだ。



「野垂れ死ぬはずだった僕を、あなたが救ってくれた。あなたがかわいいって言ったから、僕はかわいくなれた。僕を作ってくれたのは、ティモテなの。ねぇ、こんな所で殺されないで」



リースはそこで言葉を切った。そして、炎が渦巻く中で、蕾がほころぶように笑ってみせた。微かに細められたツァボライトの瞳は、あまりにも純粋に美しく澄んでいる。




「お願い。僕と、一緒に生きて」




甘く静かな声で紡がれた言葉は、自らを丸ごと差し出してねだるような、何よりも深い愛の告白だった。全身の力が抜ける。あーあ、もう無理だ。もう自分を誤魔化しきれない。仕方ねぇなあ。ぼやいてため息を吐く。

そして、改めてリースと目を合わせた。



「お前の頬を撫でたい。抱き寄せて、キスしたい。そのための体を、燃え尽きる前に拾ってくれ。その他は全部、お前にくれてやる」

「……ほんと?」

「男に二言はねぇよ。どこへでも連れて行ってくれ」

「〜〜!!ありがとう、大好き!!」



緑の瞳が震え、潤んだかと思うとリースは思い切り俺の首を抱きしめた。耳元で澄んだ声が響き、ミルク色の肌へ柔らかに包まれる。そして、リースは腕をほどき、俺の額にキスを落とした。

同時に、パキンと微かな音がした。リースの胸元で何かが割れたかと思うと、周囲の炎は明るい緑に変化し、さらに高く燃え上がった。炎は俺たちを覆うように押し寄せ、そして、視界が一色に染まった。熱さのない炎の中で徐々に力が抜け、目の前の滑らかな肌へ受け入れられるように沈んでいく。



薄れていく意識の中で、頭上で微かに残る空へと目をやった。最後の最後まで、俺に神様とやらは見えなかった。リースは俺の目元に柔らかな手をかぶせ、そっと顔を寄せる。



「あなたが悪魔に堕ちるまで、もう少し時間がいるの。その間は、僕とゆっくり眠ろうね」




耳元へ甘く囁かれた言葉へ目を閉じたのを最後に、俺の意識は暗転した。


頑張りました。クライマックスです。もう少しだけ続きます。

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