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状況がよく分からないのと、相手が何やら偉そうなので、野菜スティックを食べながら次の言葉を待つ。
「私というものがありながら、愛人と子供まで作るなんて!」
そんなに叫ばなくても聞こえるのだが、金髪の偉そうな女はよく喚く。
「すまないが、もう少し声を抑えてくれないか。頭が痛くなりそうだ」
キンキン声の合間に野菜スティックをかじるポリポリという音。
使用人たちは相手の身分が高いせいか、手を出しあぐねて右往左往している。
私の言葉で、金髪女は余計に腹を立てたようだ。
「この女をつまみ出しなさい! ここは私が嫁ぐ家になるのだから」
公爵家の使用人たちは「おやめください」とか「公爵様が!」とかなんとか言っているが、金髪女の連れてきた鎧を着た騎士が進み出て私に触れようとした。
私は伸ばされた騎士の手首を掴む。
相手が女だからとこの騎士はあからさまに手を抜いていた。
片手に野菜スティック、もう片手には騎士の手首である。
「おい、汚い手で私に触るなよ」
バチッという音とともに騎士が痙攣し始める。
「なっ!」
金髪女が悲鳴を上げる中、騎士は痙攣して床に倒れた。
「大丈夫だ、まだ死んでない」
「一体何をしたの!」
「ちょっと思い知らせただけだ。おい、貴婦人が暴行されそうなのに公爵家の騎士は何をしている」
金髪女をまるっと無視して、離れの窓から恐る恐るこちらをうかがっている面々に投げかける。その中に先ほども見たヴァルターもいた。
「おい、お前だ。そこのお前。ヴァルター。お前は私を守れ。ほら、もう一人この金髪女の騎士がいるだろう。そいつが次に私に暴行を加えようとするから私を守れ」
「金髪女じゃなくて殿下と呼びなさい!」
「キャア、デンカガコワーイ。コロサレル~」
助けてもらえないのは怯えていないからかと怯える演技をしてみたが、使用人たちの表情は引きつった。まぁ、得体のしれない妊婦なのだから命を懸けて守れないのも当然か。衣食住の面倒まで見てもらって傲慢だったか。
殿下というと、王族か。
野菜スティックをポリポリ食べながら、私は目の前の女を観察する。
王族の割には……不細工だな。
こう、なんというか、輝くような美貌もひれ伏したくなるようなカリスマ性もない。私が知っている王族に近しいものは目がつぶれそうなくらいに美しかったのに。美しくて無茶ぶりばかりで一等強くてそして傲慢我儘。
この女は我儘なだけだ。
そこまで考えて、首を傾げる。
今、何かを思い出しかけた。
そもそも、なぜ私は先ほどの大柄な騎士が近づいてきても平気だった?
なぜ刃を向けられても平気なのか?
私が思い出しかけた王族のような輝く面々は誰だ?
頭が鈍く痛くなったが、野菜スティックを離さずにこめかみに手を当てて目をつむる。
「公爵様はもうすぐお戻りですから、公爵様の客人に危害を加えるのはおやめください」
「なぁに、騎士風情が生意気ね。私が公爵夫人になったらクビにしてやるわ」
風を感じて目を開けると、ヴァルターが震えながら私と騎士の間に立っていた。
思考に沈んでいたが、そういえばまだよく分からない殿下がいたのだったな。
強い男は好きだ。相手の方が強くともそれに向かっていく男も。
「なんだ、妻になるなら愛人の一人や五人くらい許容するものだろう?」
「は、五人もいるの⁉」
「あ、あの、殿下を挑発しないでください」
「私の知り合いでは五人くらい普通だったぞ。綺麗で強い男なら愛人くらい複数いるだろう」
「嘘でしょう⁉ 公爵が五人も愛人を! この女を追い出したら終わりじゃないの!」
五人だったか、十人だったか。入れ替わりも激しかったような。
金髪女は何やらショックを受けている。
「ヴァルター、そこから一歩も下がらずに私を守れ。一歩でも下がれば、私とお腹の中の生き物が死ぬと思え」
「あ、あの……先ほどの騎士もピクリとも動きませんし、守る必要はないのでは? それにお忙しい公爵様に愛人は……」
「ある。私が出ていくとあの騎士は死ぬからな。死ぬと問題だろう? 次に汚い手で触られたら加減できるか分からん」
ヴァルターが戸惑いながら騎士の方に向き直るが、騎士はぎゃあぎゃあ言っている金髪女をなだめるのと、気絶した騎士を介抱するのに忙しそうだ。
「これはどういう状況だ?」
「登場が遅いぞ、公爵」
「公爵! あなた、愛人が五人もいるの⁉ この女も含めて⁉」
「五人でも十人でも別にいいだろう」
「いや、なぜ愛人の人数の話に……」
外出していて遅れて登場した公爵は髪を乱してしばらく状況が把握できてないようだったが、金髪女に喚かれて顔をわずかにしかめる。
これは……金髪女、嫌われているな。
「そもそも殿下。私は殿下と何の関係もございませんのにこのように家に押しかけられ、離れまで暴かれる謂れはありません」
「でも、お母さまが婚約を打診したって!」
「それはお断りしております」
「王族の申し出を断れないはずでしょう⁉ だって、お母さまはお父さまに頼んでくれるはずなのよ!」
「そもそも、私の母は王妹。血が近いのでという理由で何度もお断りしています。血が近い者同士の婚姻は魔力低下の一因になると研究結果が最近出ましたから、国としても推奨できないでしょう」
てっきり金髪女は婚約者か何かだと思っていたが、違うらしい。
「それに、私には愛する女性がすでにいますので」
あ、やっぱり愛人はいるんだな。いや、この場合は愛人ではないか。
「結婚の発表をしようと思いましたが、妊娠が判明して彼女の体調が安定しなかったので。それなら生まれてから発表しようと計画していたのですが……王女殿下が暴いたせいで台無しです。彼女とお腹の子供に危害を加えたのですか? 体調は大丈夫か?」
ふぅん、相手の女性も妊娠しているのか。
この体調不良は大変だろう。歩きにくいし、気分は悪いし。
しみじみ同情していると、公爵はなぜか私の方に向かってきて「体調は大丈夫か?」と質問してきた。
金髪女に背中を向けており、私には口パクで「合わせてくれ」と言っている。
ふむ、なにやら公爵は大変そうだ。好きでもない女にまとわりつかれているのだろう。
ここは得体のしれない妊婦なりにこれまでの恩を返す時。
あの金髪女は愛人に忌避感があるようだった。
「コワカッタ……」
全然怖くはないのだが、演技をして目の前の公爵に座ったまま抱き着いてみる。野菜スティックは全部食べた。
暇つぶしに読んだ小説にこういうシーンがあったのだ。
公爵は一瞬体を強張らせたものの、私の頭をなでながら金髪女に「お帰りください。城にはもう知らせてあります」と冷たく告げていた。
私は頭をずらして金髪女を興味本位で見てみた。
リスくらいは殺せそうな弱っちい視線が飛んでくる。
私の知る王族なら、視線だけで相手を震え上がらせるものだ。
あまりの視線の弱さに私はふっと笑いを漏らした。金髪女はそれでますます怒っていたが、使用人たちによって離れからとうとう連れ出された。




