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いつもお読みいただきありがとうございます!
そろそろ完結です。
見なくても分かる。この感じはフィニアスが戻ってきたのだ。
駆けてくる馬の足音が少ないので、私の魔術を見て王太子を放って戻ってきたのだろう。
魔術がフィニアスの方で使われた気配はなかった。罠はミストが用意した転移陣のみで、側室が他に何か秘策を隠し持っていたわけではないようだ。
「ロシュフォール公爵!」
王女がすぐさまフィニアスに駆け寄っていく。
「うへぇ……」
ミストが私に押さえつけられながら、王女のその行動に潰れたような声を上げた。
これまでのやり取りを無視すれば、王女の行動はフィニアスの妻を気取っているようにも見えなくもない。
フィニアスが駆け寄ってくる王女に思わず馬を歩みを止める。
それが前回見た仲睦まじい光景に重なって、心がわずかに乱される。
あの素直さというか我儘さが私にあれば良かったのだろうか。
こういう状況で、自分の心だけをまっすぐに優先して駆け寄れる女であれば良かったのか。
妊婦であるしミストを押さえているから駆け寄ることは不可能であるが、妊婦でなくても私はあんな行動はしない。最初からできない。
「あなた、王族を騙したのね」
王女はフィニアスにそう声をかける。
その態度は今までで一番王族らしかった。
「王女殿下、一体なんのことでしょうか。あなたの母親は王太子殿下が捕縛しましたが」
「あの女はあなたの愛人でも恋人でも何でもないじゃない。しかも、お腹の子はあなたの子供じゃないとか?」
王女が指差すので、馬上のフィニアスの視線が私に注がれる。
フィニアスがこちらをしばらく注視しているのは。ミストが誰だか分からないせいだろう。
それでも甲高い声で喚く王女に考えを害されたのか、王女に視線を戻して顔をしかめている。
「殿下、私は彼女と話がありますので」
「ダメよ、先に私の問いに答えなさい」
「殿下、この状況下でそんなことをまず気になさらないでください。あなたの母親は転移陣を用意し、魔物をこの王家所有の森に転移させて私の妻を殺そうとしていました。無論、王太子殿下や私といった貴族たちもその過程で危険に晒しました」
「私は詳細を知らなかったわ。それに、そのことについて尋問するならそこの商人よ。こいつがお母さまと頻繁に会っていたもの」
ミストが私の腕の下で「あの側室、姉さんの実力知らないからこんな真似したんですよねぇ。普通の人間なら魔物にびびってますもん」とぼそぼそ喋っている。
王女の母親とは前回も含めて今日初めて会ったのだから、相手も私が魔術を使えることやワルキューレであることは無論知らなかっただろう。
「ご自分は関係ないと?」
「無関係ではないし、相応の罰は受けるわ。でも、その商人はどうやらあなたの恋人だか愛人だか契約相手だかの知り合いのようよ? 彼女が私とお母さまを嵌めるためにやったのではなくて? そう考えたら辻褄が合うわ! その女はこの責任を私たちになすりつけようとしているのよ!」
なるほど、そういう見方もできる。
私とミストが知り合いならば、ミストを使って側室をそそのかしてこの状況を作ったともいえるだろう。そんなことを微塵も考えていないから、ミストが出てきて呼びかけてしまったが……。
王女は喋りながらだんだん興奮してきたらしい。声が大きくなっていく。
「その女はいつもそう。私とあなたを引き裂くじゃない! 私の方が絶対に先に好きだったのに邪魔をして! いつの間にかあなたの隣に図々しく陣取っているのよ!」
おや、あの王女は前回を覚えていないのかと思ったが──。
王女は悲痛な声でまくしたてて、肩で息をして自分で言っておきながら「いつもって何?」と首を傾げた。
前世で起きたことを自覚しているわけではないらしい。
王女ばかり見ていると、チリッと魔力が漏れる気配がした。
「いい加減にしろ」
漏れた魔力でぶわりと火の魔術が展開されかけ、慌ててフィニアスが抑えたようだ。一瞬で熱風が吹き荒れて王女と侍女のエリーのみが怯える。
ヴァルターは慌てて私たちの盾になるように動いてくれた。稽古でさえ弱かった男にはもう見えない。
「そもそも、引き裂いたのは王女殿下です」
フィニアスは不機嫌そうに馬から下りた。
「私は何度も丁寧に断りました」
「でも! 私を騙したじゃない! 血が近いだとか魔力低下がと言っておいて、押しかけたら妊娠した愛人がいて。それなら諦めようかと思ったら、実は愛人じゃないですって? どこが丁寧に断っているのよ。私をひたすら騙して侮辱しているじゃない!」
「王女殿下が相手ですからね。どうして本当のことが言えるでしょうか。王太子殿下が止めてくれていたから何とかなりましたが、王命まで使って私と婚約してこようとするなんて」
フィニアスは私に近づいて来ようとしたが、王女に阻止される。
私はそれをなんとも言えない気分で見ていた。フィニアスの表情は冷たいを通り越して呆れている。でも、前回見た光景が邪魔をしてフィニアスがほだされて王女になびくのではないかと思ってしまう。
うっかり、ミストを押さえる力が強くなっていた。
「あのね、私は確かに愚かな王女よ。出来損ないで、腹違いのお兄さまには期待さえされていないし、お母さまに愛されてもいない。お母さまは好きな人と身分の問題で結婚できなかったからって拗らせてるのよ。そんなに好きなら、さっさと駆け落ちでも何でもすればよかったのに」
今回のあの側室はそういうことなのか。
じゃあフィニアスが自分の娘ではなく、他の女を選んでいることが許せないわけだ。フィニアスだけが好きな人と結婚できるのが許せないというのは、単なる八つ当たりにも聞こえるが、前回私のことを思い出した途端に娘を捨てて死んだ恨みも加味されているのかもしれない。
「私は皆からバカにされてるわよ。でも、血が近いからとか言われて納得なんてできない。適当な妊婦を連れてきて愛する人だなんて言われて、実はお腹の子の父親が公爵じゃないですって? なら、絶対に納得なんてできないわよ。そんなに私をバカにして騙してばかりいずにちゃんと言いなさいよ! 私はあなたのことが好きだから、婚約したいって言ってたの! 公爵だからとか魔術師だからとか、外見がカッコいいとか関係ない! 私のことが嫌いならはっきりそう言ってよ! あの時だってそうよ! あなた、友好を深めるためにって来て私に優しかったじゃない! 好きじゃないならちゃんと気を持たせないで線を引いてよ! はっきり断ってくれれば、あんなことになんて──」
王女は何かを思い出しかけているらしい。
側頭部に手を当てて痛みをこらえる仕草をしている。
王女という肩書ありきで見れば、彼女の言動は幼いし我儘だろう。「あなたのことを何とも思っていません」とは王女相手にはいい難い。
でも、彼女の言葉には心がのっていた。王女は自分と向き合わずのらりくらり躱すフィニアスに怒っているのだ。
フィニアスも王女の言葉に響く部分があったらしい。
少し目を伏せた後で私を見て、私の腹に翡翠色の目が向く。
フィニアスが王女ばかり見ていた時はモヤモヤして心が乱されたのに、いざ私に視線が向くと怖くてたまらない。
「……王女殿下。私は殿下のことは特に何とも思ったことがなく……そういう、あなたが私を見るような目であなたを見たことはございません」
「じゃあ、政略なら私と結婚してくれるっていうの? 政略的に意味があれば」
王女は傷ついた表情を浮かべながらも食い下がる。前回は政略的な意味合いもあっただろう。
「ロシュフォール公爵家のためと言われれば結婚しないといけなかったでしょう。だからこそ、血の近さや子供の魔力低下と並べていたのです。しかし、殿下、今となっては私はあなたとは政略でも結婚できません。私が愛するのはずっと前からただ一人だけ。そしてそれは、決して殿下ではありません」
「……どんな人なの、その人は」
王女はドレスの裾を握りしめながら、それでも聞く。
素直に凄い。私はフィニアスにあれほど真っすぐにぶつかれなかった。
裏切られたと知って所詮ワルキューレである私を利用したのかと自己完結して、フィニアスが仲睦まじくしていて何も言えず。
対面したら恨みと嫉妬であんなことを言って死なせた。
「私の助けなど要らぬほどに強くて美しい人です」
「じゃあ……その人があなたを裏切っていても、あなたは許せるの?」
我儘で幼稚で素直な王女の問いは、私の過去の行いをえぐるようなものだった。
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