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どうして、私は忘れていたのか。
フィニアスの顔は記憶の中の彼とまったく同じなのに。しかも、火の魔術を使うところまで同じだ。荒削りなところも。
彼に生きていてほしいと願いながら、私のために死ねと言ってしまった。
私を忘れて裏切った彼が、私のために死ぬなんて信じていなかったのだ。
焦げ臭い香りが目の前と頭の中で蘇る。
フィニアスは火に飛び込んで生まれ変わったのか?
神に天界から追放されて、神の力で時空が歪んで生まれ変わったフィニアスのところに私は飛ばされたのか? どうしてわざわざフィニアスの屋敷の庭に私はいたのだ?
記憶を思い出しても、訳が分からない。
もしかすると、あの時のフィニアスもこんな状況だったのだろうか。
薬か何かで記憶を消されて、思い出したらいつの間にか結婚していた状況だったのか。
じゃあ、私は?
天界から追放されて、どうして妊娠している?
なぜ、前回のフィニアスをなぞるような動きを私がしている?
今回の私はフィニアスを裏切ったのか?
フィニアスを見遣ると、私を呆然と見つめている。
その目には見覚えがあった。彼が記憶を思い出して縋ってきて振り払った時の目だ。
魔物が燃えてパチリと爆ぜる音がした。
ヴァルターが慌てて駆け寄ってきて、危ないからと私とフィニアスを魔物から遠ざけようとする。
体の向きを変えた時、こちらを見ている王女の存在を今更だが思い出した。
こう見ると、王女は前世でフィニアスが結婚した女性と瓜二つだった。
どういうことだ?
私は違う世界線で繰り返しているのか?
「ロシュフォール公爵! 被害は?」
フィニアスの名を呼びながら森から出てきたのは、王太子だった。
血を浴びているようだったが、元気そうなのであれは返り血だろう。
王太子も魔物を倒したようだ。
フィニアスの視線が私から王太子に移る。
「大丈夫かと。殿下、転移陣が森の入り口近くにありました。魔物はそこからでしょう」
「あぁ、見た。陣はすべて公爵が破壊してくれたようだな」
「はい、しかし魔術師の特定となると難しいでしょう」
「こんなことをする人間は限られる。そもそも、ここは王家の管理する森で普段から出入りは制限される。そして、今回の狩猟大会の準備を任されていたのは──」
輝くばかりの容姿だがやや不機嫌そうな王太子は、ちらりと王女を見遣る。
王女といえば、腰が抜けたのかまだ立ち上がれないようでしゃがみこんだままだ。
「そういえば、王女殿下は何か変なことを言っていたな。こんなはずじゃなかったとか、こんなの聞いてないだったか」
側室は堂々としていたが、魔物が出てからの王女の挙動はおかしかった。何か知っているのかもしれない。
「私が狩猟大会の準備なんてできるわけないでしょう! やったのはお母さまよ!」
「あれはどこに行った?」
「知らないわよ! でも、お母さまは怪しげな商人と最近よく会ってたわ。ナイル商会だったかしら」
「ナイル商会という名の商会など存在しないはずだ。そいつが魔術師だな」
王太子は後ろの騎士たちに指示を出し、フィニアスも側室の捜索に続こうとした。
思わず、フィニアスの腕を掴む。
「行ってはいけない」
フィニアスを行かせてはいけない。
これでは、前回と同じだ。フィニアスは私が止めたのに隣の国に友好を深めるという名目で赴いて、帰ってこなかった。
フィニアスは腕と私の顔を交互に見て、切なげに目を細めた。
「……私が、またあなたを裏切ると思っているのか」
弾かれたように私はフィニアスの腕を離す。
先ほどまでは急に記憶を思い出したショックで頭が回らなかったが、フィニアスだってこれまで私を覚えていなかったのだ。
私の身元を調べていたし、雷の魔術を見ても思い出したような反応もなかった。それに、もし覚えているなら妊娠している私を保護したのもおかしい。妊娠していてもいなくても、自分を死ぬように仕向けた女を普通は保護しない。
「……覚えているのか?」
「思い出した。魔物に火を放ってエルフリーデがこちらを見た瞬間に」
フィニアスはゆっくり私の頬に手を這わす。
彼の温度がそこから流れ込んできた。
「……私はフィニアスを裏切ってしまったのか?」
フィニアスの視線が私の腹に一度落ちる。
頬を撫でていた手が移動して、私の腹をやや躊躇いながら撫でた。フィニアスが触った途端、それまで静かにしていたのに腹の中で胎児がぐにょりと動く感覚がある。
「あの時は、酒を飲まされて気づいたらあの女とベッドにいた」
囁くように私の耳元で告げながら、ちらりとフィニアスは王女の視線を向ける。
彼も思い出したのだ。以前のすべてを。
それなのに、なぜ私の頬に触れる?
「エルフリーデに関する記憶だけが綺麗になくなっていて、その女と結婚した」
「……その割には嬉しそうにしていたな」
様子を見に行った時、二人は仲が良さそうだった。
嫌々結婚したようには見えなかった。思わず恨みが出てしまう。
「ロシュフォール公爵!」
王太子が後ろで急かしている。
それはそうだ。今は狩猟大会で魔物が出て大変なことになっていて、首謀者らしき側室がどこにもいないのだ。こんなことをしている場合ではないことは、私も分かっている。
「……戻ってきたら話そう。王女がここにいるなら同じ手は使えないはずだ。ヴァルター、彼女を守れ」
背を向けて捜索に向かうフィニアスの腕を再び掴みたくなるのを耐える。
なぜ、妊娠している私を罵倒しない? 私のようになぜ裏切りを怒らない?
雷に打たれて死ねとどうして言わないのか。
なぜ、そんな切なげな目で私を見るのか。
どうして私たちはこんなことを繰り返している?
王女をちらりと見た。
彼女は震えながら、自身の体を両腕で抱いていた。




