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ワルキューレの役目は、戦場において人間の生きる者と死ぬ者を定めること。
死者の中から魂を選び取り、神々のところに導く者。
私は人間界に下りた時に、フィニアスと偶然出会って恋に落ちた。
ややこしいがフィニアスの前世だ。
森の中の湖に足を浸して遊んでいると、フィニアスがやって来たのだ。
あの時も彼の魔術は荒削りだった。
急に火の手が森で上がって、鹿が私の方に駆けてきた。
誰だ、森の中であんな出力の火の魔術を放ったのは。
まるで「助けてくれ」とでも言うように鹿は私に体を寄せてくる。
神に捧げるのにちょうどいい、若い綺麗な鹿だった。
捧げ物にしようかと思いながら撫でていると、馬の駆ける音が聞こえて銀色の髪の綺麗な男が姿を現した。
私はこの時初めて、人間を美しいと思った。
銀髪の綺麗な男は、鹿の隣に私がいるのを見て目を見開く。
「さっきの魔術はお前が?」
「そうだが……なぜあなたはこんなところにいる? 魔物も出る森に女性が一人など危ない。捨てられたようには見えないが……入り口まで送ろう」
新鮮だ。彼は私を最初から女性扱いした。
ワルキューレは強いので、神々のところではこんな風に女性扱いされない。というか、弱ければやられるだけだ。
思わず笑い声をあげる。
「あなたの魔術は下手だな」
「……そうだろうか」
「現に鹿も狩れていないではないか」
「あれは魔物に放ったものだ。鹿を狩るつもりで放ったわけではない」
そんな会話が最初だったが、フィニアスは強い男だった。
そう、あの時も私が魔術を彼に教えたのだ。
これまでも、ワルキューレが人間と恋に落ちることはよくあった。
私の姉妹だってそうだ。
そんな彼女たちの気持ちがよく分からなかった。
なぜ、人間などと恋に落ちる? 弱い人間と。
そんな疑問はフィニアスを見た瞬間から薄れていった。
私は人間界にとどまって、ずっとフィニアスと過ごした。
魔術を教え、彼の銀髪に手を差し込んで香りを楽しんで戯れた。
でも、フィニアスは私を裏切った。
出向いた先で他の女と結婚したのだ。
聞かされて信じられなかった。
信じられずにこっそり見に行くと、フィニアスは私ではない金髪の人間の女と本当に結婚していた。
まさか、私が人間の女ごときに負けるとは。
強いはずの私はフィニアスに何も言わず、顔も見せずに天界へと戻った。
人間の男に弄ばれた姉妹の話を思い出したからだ。
自分だけは違うと傲慢に考えていた結果がこれだ。
フィニアスは私を騙していないはず。求婚もされていたはずなのに。
人間でいうところの求婚だ。私の指に未練がましく嵌まっている指輪がそれだ。
「あれを私の元に連れてこい」
ある戦争でフィニアスは死ぬはずだった。
神がフィニアスを示して、そう望んだから。
しかし、私は神に逆らって彼を勝たせた。死なせなかった。
自分を弄んだか裏切った男など、死なせれば良かったのに。
死んだフィニアスを神々のところに連れて行けば、あの女の元には帰らない。
でも、そうしなかった。
私はフィニアスに生きていてほしかったのだ。
私の独断が神の逆鱗に触れることは分かっていた。
だから、最期にフィニアスに会いに行った。戦争が終わった後の祝勝会が開かれているところに侵入したのだ。
踊り子の格好をした私は、入り口から賑やかな広間を覗き込む。
フィニアスは金髪の女性の横で酒を飲んでいた。
たまに金髪の女性の方を見て、二人で微笑み合う。
それだけでもう十分だった。ワルキューレたる私がなぜコソコソしないといけないのか。まるで私が愛人か遊び相手のようではないか。
踵を返す寸前、フィニアスと目が合った。
彼は視線をそらさず、私を訝し気に見つめていた。
裏切った罪悪も、なぜここにいるのかという驚愕も何も見せず。ただ、誰だか分からない知人の記憶を必死で探しているような表情。
なんだ、やはり私は姉妹たちのように弄ばれたのか。
このワルキューレたるエルフリーデが。
踵を返して廊下を歩く。
祝勝会で飲み過ぎた酔っ払いに絡まれ、部屋に連れ込まれそうになったので壁にたたきつけた。
城から出て歩いていると、懐かしい気配と香りを感じた。
「待ってくれ! エルフリーデ!」
あぁ、吐き気がする。
どの面を下げて、お前が私の名前をそんな切羽詰まった声で呼ぶのだ。
「全部、今思い出した!」
思い出した? 何を?
「私は君を裏切ってなどいない! 薬を盛られたんだ! 今の今まで君との記憶を消されていた!」
そんな嘘で私が裏切りを許すとでも? そう言えば、私が笑って許すとでも?
お前を愛していたのに? 神に背いて生かすほどに。
私は怒りを耐えて振り返った。
「違う! お前は私を裏切った! 裏切って、私ではなくあの人間の女と結婚したのだ!」
「エルフリーデ!」
「失せろ、裏切り者!」
ちょうど、指輪の存在を思い出した。未練がましく私はつけていたのだ。
引き抜いて返却するとばかりに地面に叩きつける。
お前なんかを愛した私が愚かだった。
フィニアスはすぐさまその指輪を拾い上げた。
フィニアスが私の指に嵌めた指輪だ。
あんなものをもらって喜んだ私もどうかしていた。愚か、愚か、吐き気がするほど愚かしい。
「どうしたら、私を信じてくれるんだ!」
他の女と結婚して先ほどまで隣に侍らして微笑み合っておいて、フィニアスがそう叫ぶ。
神々には本妻の他に何人も妻がいた。愛人だっている。
それを見慣れていたはずなのに、私の心はフィニアスが他の女と結婚しただけで荒れ狂っている。
私を一番にしないから。
私だけを愛さないから。
私だけを見ないから。
私を裏切ったから。
なぜ、私はこの男を生かした?
戦争で惨たらしく殺されるように定めれば良かったのに。
なぜ、神に逆らってまで私は──。
そうだ、姉妹が言っていた。
ワルキューレは生まれ変わってもワルキューレ。そうして結局、同じ男を愛するのだと。
「じゃあ、私のために死んでみろ」
神のためではない。
私のために死んでみろ。
私がお前を再び愛せば、それは愛なのだろう。
その時、お前はどうするのだろう。お前はまた私を裏切って他の女と結婚して微笑み合うのか?
私のことなど綺麗に忘れて。
「火に飛び込んで愛を証明しろ。そうすれば信じてやる」
きっと、フィニアスはそんなことはしないだろうと思った。
忘れていたくらいだから、私のことなど大して愛していないのだ。
魔術に優れた私をうまく利用しただけ。
戦争に勝って、あの女と安寧な暮らしをしていくのだろう。
「エルフリーデ! 私は君を愛している!」
「言葉ならどうとでも言える」
どうせできっこないとフィニアスに背を向けて歩き出す。
天界に戻らなければいけない。
そろそろ、フィニアスの魂がないとバレる頃合いだ。
神は人間たちを庇うと怒るのだ。
フィニアスから少し離れ、天界に戻るために翼を広げる。
その瞬間、魔術の気配がした。
先ほど私たちがいたところで、大きな火が燃えさかっていた。焦げ臭い香りが風と共に鼻をかすめた。
「エルフリーデ! お前は私に背いた! あの者たちは愚かで救いようがないというのになぜ庇うのか! それほどあの者たちが大切だというならば、ここから去るがいい! そしてあの者たちがどれほど愚かで嘘吐きで裏切者であるかを、しかと知るがいい! それがお前への罰である!」
そんなことはすでに知っている。だって、私は裏切られたから。
でも、フィニアスは火の中に飛び込んだ。
そうして、私は天界から追放された。




