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記憶喪失の妊婦を愛せよ  作者: 頼爾@2/12「尊い5歳児」コミカライズ1巻発売


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いつもお読みいただきありがとうございます!

 ワルキューレの役目は、戦場において人間の生きる者と死ぬ者を定めること。

 死者の中から魂を選び取り、神々のところに導く者。

 

 私は人間界に下りた時に、フィニアスと偶然出会って恋に落ちた。

 ややこしいがフィニアスの前世だ。


 森の中の湖に足を浸して遊んでいると、フィニアスがやって来たのだ。

 あの時も彼の魔術は荒削りだった。


 急に火の手が森で上がって、鹿が私の方に駆けてきた。


 誰だ、森の中であんな出力の火の魔術を放ったのは。


 まるで「助けてくれ」とでも言うように鹿は私に体を寄せてくる。

 神に捧げるのにちょうどいい、若い綺麗な鹿だった。

 捧げ物にしようかと思いながら撫でていると、馬の駆ける音が聞こえて銀色の髪の綺麗な男が姿を現した。


 私はこの時初めて、人間を美しいと思った。


 銀髪の綺麗な男は、鹿の隣に私がいるのを見て目を見開く。


「さっきの魔術はお前が?」

「そうだが……なぜあなたはこんなところにいる? 魔物も出る森に女性が一人など危ない。捨てられたようには見えないが……入り口まで送ろう」


 新鮮だ。彼は私を最初から女性扱いした。

 ワルキューレは強いので、神々のところではこんな風に女性扱いされない。というか、弱ければやられるだけだ。


 思わず笑い声をあげる。

 

「あなたの魔術は下手だな」

「……そうだろうか」

「現に鹿も狩れていないではないか」

「あれは魔物に放ったものだ。鹿を狩るつもりで放ったわけではない」


 そんな会話が最初だったが、フィニアスは強い男だった。

 そう、あの時も私が魔術を彼に教えたのだ。


 これまでも、ワルキューレが人間と恋に落ちることはよくあった。

 私の姉妹だってそうだ。

 そんな彼女たちの気持ちがよく分からなかった。


 なぜ、人間などと恋に落ちる? 弱い人間と。 

 そんな疑問はフィニアスを見た瞬間から薄れていった。


 私は人間界にとどまって、ずっとフィニアスと過ごした。

 魔術を教え、彼の銀髪に手を差し込んで香りを楽しんで戯れた。


 でも、フィニアスは私を裏切った。

 出向いた先で他の女と結婚したのだ。


 聞かされて信じられなかった。

 信じられずにこっそり見に行くと、フィニアスは私ではない金髪の人間の女と本当に結婚していた。


 まさか、私が人間の女ごときに負けるとは。

 強いはずの私はフィニアスに何も言わず、顔も見せずに天界へと戻った。

 人間の男に弄ばれた姉妹の話を思い出したからだ。


 自分だけは違うと傲慢に考えていた結果がこれだ。

 フィニアスは私を騙していないはず。求婚もされていたはずなのに。

 人間でいうところの求婚だ。私の指に未練がましく嵌まっている指輪がそれだ。



「あれを私の元に連れてこい」


 ある戦争でフィニアスは死ぬはずだった。

 神がフィニアスを示して、そう望んだから。

 しかし、私は神に逆らって彼を勝たせた。死なせなかった。


 自分を弄んだか裏切った男など、死なせれば良かったのに。

 死んだフィニアスを神々のところに連れて行けば、あの女の元には帰らない。


 でも、そうしなかった。

 私はフィニアスに生きていてほしかったのだ。


 私の独断が神の逆鱗に触れることは分かっていた。

 だから、最期にフィニアスに会いに行った。戦争が終わった後の祝勝会が開かれているところに侵入したのだ。


 踊り子の格好をした私は、入り口から賑やかな広間を覗き込む。

 フィニアスは金髪の女性の横で酒を飲んでいた。

 たまに金髪の女性の方を見て、二人で微笑み合う。

 それだけでもう十分だった。ワルキューレたる私がなぜコソコソしないといけないのか。まるで私が愛人か遊び相手のようではないか。


 踵を返す寸前、フィニアスと目が合った。


 彼は視線をそらさず、私を訝し気に見つめていた。

 裏切った罪悪も、なぜここにいるのかという驚愕も何も見せず。ただ、誰だか分からない知人の記憶を必死で探しているような表情。


 なんだ、やはり私は姉妹たちのように弄ばれたのか。

 このワルキューレたるエルフリーデが。


 踵を返して廊下を歩く。

 祝勝会で飲み過ぎた酔っ払いに絡まれ、部屋に連れ込まれそうになったので壁にたたきつけた。


 城から出て歩いていると、懐かしい気配と香りを感じた。


「待ってくれ! エルフリーデ!」


 あぁ、吐き気がする。

 どの面を下げて、お前が私の名前をそんな切羽詰まった声で呼ぶのだ。


「全部、今思い出した!」


 思い出した? 何を?


「私は君を裏切ってなどいない! 薬を盛られたんだ! 今の今まで君との記憶を消されていた!」


 そんな嘘で私が裏切りを許すとでも? そう言えば、私が笑って許すとでも?

 お前を愛していたのに? 神に背いて生かすほどに。

 私は怒りを耐えて振り返った。


「違う! お前は私を裏切った! 裏切って、私ではなくあの人間の女と結婚したのだ!」

「エルフリーデ!」

「失せろ、裏切り者!」


 ちょうど、指輪の存在を思い出した。未練がましく私はつけていたのだ。

 引き抜いて返却するとばかりに地面に叩きつける。


 お前なんかを愛した私が愚かだった。

 フィニアスはすぐさまその指輪を拾い上げた。


 フィニアスが私の指に嵌めた指輪だ。

 あんなものをもらって喜んだ私もどうかしていた。愚か、愚か、吐き気がするほど愚かしい。


「どうしたら、私を信じてくれるんだ!」


 他の女と結婚して先ほどまで隣に侍らして微笑み合っておいて、フィニアスがそう叫ぶ。

 神々には本妻の他に何人も妻がいた。愛人だっている。

 それを見慣れていたはずなのに、私の心はフィニアスが他の女と結婚しただけで荒れ狂っている。


 私を一番にしないから。

 私だけを愛さないから。

 私だけを見ないから。

 私を裏切ったから。


 なぜ、私はこの男を生かした?

 戦争で惨たらしく殺されるように定めれば良かったのに。

 なぜ、神に逆らってまで私は──。


 そうだ、姉妹が言っていた。

 ワルキューレは生まれ変わってもワルキューレ。そうして結局、同じ男を愛するのだと。


「じゃあ、私のために死んでみろ」


 神のためではない。


 私のために死んでみろ。

 私がお前を再び愛せば、それは愛なのだろう。

 その時、お前はどうするのだろう。お前はまた私を裏切って他の女と結婚して微笑み合うのか?

 私のことなど綺麗に忘れて。

 

「火に飛び込んで愛を証明しろ。そうすれば信じてやる」


 きっと、フィニアスはそんなことはしないだろうと思った。

 忘れていたくらいだから、私のことなど大して愛していないのだ。

 魔術に優れた私をうまく利用しただけ。

 戦争に勝って、あの女と安寧な暮らしをしていくのだろう。


「エルフリーデ! 私は君を愛している!」

「言葉ならどうとでも言える」


 どうせできっこないとフィニアスに背を向けて歩き出す。

 天界に戻らなければいけない。

 そろそろ、フィニアスの魂がないとバレる頃合いだ。

 神は人間たちを庇うと怒るのだ。


 フィニアスから少し離れ、天界に戻るために翼を広げる。

 その瞬間、魔術の気配がした。

 先ほど私たちがいたところで、大きな火が燃えさかっていた。焦げ臭い香りが風と共に鼻をかすめた。



「エルフリーデ! お前は私に背いた! あの者たちは愚かで救いようがないというのになぜ庇うのか! それほどあの者たちが大切だというならば、ここから去るがいい! そしてあの者たちがどれほど愚かで嘘吐きで裏切者であるかを、しかと知るがいい! それがお前への罰である!」


 そんなことはすでに知っている。だって、私は裏切られたから。

 でも、フィニアスは火の中に飛び込んだ。


 そうして、私は天界から追放された。

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