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記憶喪失の妊婦を愛せよ  作者: 頼爾@2/12「尊い5歳児」コミカライズ1巻発売


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いつもお読みいただきありがとうございます!

 最初に動いたのは側室だった。


「避難しましょう」


 そう呼び掛けられ、貴族たちは我に返ったようにテントの入り口に殺到する。

 押されると危ないので、私は混雑が解消するまで待っていた。

 王女が何やら側室に話しかけているが、内容までは騒がしくて聞きとれない。


 動きにくいだろうドレスを着た夫人や令嬢たちが重なるように出て行くと、エリーが焦ったように私に手を差し伸べて立ち上がらせる。


「エル様、急ぎましょう。むしろヴァルターが抱えて……いえ、やっぱりどっちも危ない……」

「案ずるな。魔物くらいどうということはない。ヴァルターは護衛なのだから両手が使えないとダメだろう。ところでこの辺りには魔物は出るのか? 王都の端だから王都と違って出るのか」


 王都に魔物は出ないと聞いていた。

 だからこそ、ほとんどの貴族たちは魔物と聞いてパニックを起こしているのだ。


「狩猟大会で出たとは聞いたことがありません。もしかすると、隣接する領地から入り込んできたのかもしれません」


 ヴァルターが周囲を見回して私たちをテントの外に促した。


 そういえば、私は魔物を見たことがあるのだろうか。

 公爵とは魔物討伐の話もしたが、魔物とはどんなものかなど疑問に思わなかったので質問さえしなかった。きっと見たことがあるのだろう。


 テントの外では、森に魔物が出たとしか情報がないため貴族たちは右往左往していた。

 エリーとヴァルターが人の少ない場所を見つけ、私が押しつぶされないように誘導してくれる。


 突っ立ったまま周囲を見ていると、王女が怯えた様子で侍女に付き添われているのが見えた。母親である側室は見当たらない。


 ズドンという大きな音が意外と近くから聞こえた。


「今、あそこに雷が落ちました」


 雷は見逃したものの、ヴァルターが示す先には森の入り口近くに立ち上る薄い煙。

 私がハンカチに込めた魔力が発動したのだ。公爵は意外と近くまで戻ってきている。


「ヴァルター。私をあそこまで連れて行け」

「この集団がいては、しばらく難しいかと……」

「では、お前が公爵を手助けしに行け。私の渡したハンカチは一度だけ身の危険を守るものだ。つまり、魔物が多いのかもしれん。公爵が苦戦するほどにな」

「……エル様の護衛として来ているのに、離れてよろしいのですか?」

「ここまで魔物を来させないために行けと言っているのだ。私はここを動く気はないから、ヴァルターは私を守るためにあちらに行くといい。まぁ、そもそも私は自分とエリーくらいの身は守れる。でもお前のことは守らんぞ?」


 ヴァルターは戸惑っていたが、森から爆発のような音が聞こえたため背中を叩いてやると迷いを振り切るように走って行った。

 彼は森に向かっていったが、貴族たちは音に驚いてヴァルターとは反対方向に逃げ惑う。

 慌てているせいで何人か折り重なって転んだりしていて、危ない。


 ひと際大きな悲鳴が上がった。

 森の入り口からのっそりと双頭の魔物が姿を現したのだ。大きさとしてはイノシシをもう少し大きくしたくらいの犬のような黒い魔物。


 あぁ、私はあの魔物を見たことがある。

 何の驚きも恐怖もない。一体、どこで見たのだろうか。


 目の前を王女と侍女の集団が足早に通り過ぎて行こうとして、王女が慌てすぎて裾を踏んで転んだ。


「殿下!」


 侍女が慌てて助け起こそうとするが、王女の顔は真っ青だった。

 王族なのになんと不甲斐ない。こういう場で王族が堂々とせずに、いつ偉そうにするというのか。


「こんなの、聞いてない……」


 起こされることを拒否して座り込んでしまった王女は青い顔でブツブツ呟いていて、普通の精神状態ではなさそうだ。離れに押しかけてきて騒いでいた時はあんなに元気だったのに。

 弱い。とんでもなく、弱い。


 さらなる悲鳴が上がった。

 双頭の魔物は涎を垂らしながら、ゆっくりこちらに歩を進めてきていた。


「エルフリーデ様……さすがに逃げた方が……私は食べられたくないです」

「大丈夫だ。公爵が早く迎えに来てくれるように合図でも出しておこう」


 のそのそ歩く魔物にふわりと手を向けると、大きな雷が空から魔物に落ちた。

 しばらく痙攣した後、魔物は大きく傾いてやがて倒れる。

 王女たちの集団は何が起きたのか分からず、倒れた魔物を呆然と眺めている。


「簡単だったな」

「エル様、また!」


 先ほどと同じような魔物がすぐ近くの森からもう一頭現れた。

 木々を倒してやってきたようで、あちこちに枝葉をつけている。


「まったく、何頭いるんだか」


 怯えているエリーを背に庇いながら再度魔術を使おうとした時だった。

 赤い炎が目の前に迫るのが見えた。


 腕を下す前に、魔物は横から迫った炎に呑まれる。

 大きな炎と、焦げる臭い。

 その臭いを嗅いだ瞬間、私の脳裏にまた映像が流れ込んできた。


 これまでで最も強烈な映像だった。

 妊婦ではなさそうな私は公爵によく似た彼に、何やら酷く怒っていた。

 彼は私に縋って話し合おうとしているが、何度も私は彼の手を振り払う。

 薬指に嵌まっていた指輪を私が投げ捨てると、それを未練がましく彼が拾った。


「エルフリーデ! どうしたら私をもう一度信じてくれるんだ! 私は君しか愛してない!」

「お前は他の女と結婚したではないか! そんな甘言を信じられるわけがない! もし私を愛しているというのなら──」


 そう叫ぶ彼に私は──。

 私は求めたのだ。火の中に飛び込めと。

 その時の香りにこれは酷似している。



「大丈夫か!」


 公爵がヴァルターたちと一緒にこちらに走ってくる。


 大丈夫かだって?

 そんなわけがない。

 思い出した。公爵によく似た彼は……まぎれもなくこの公爵だ。


 燃える魔物と公爵を交互に眺める私に、彼は近づいてくる。

 彼の手が気づかわし気に肩に触れたが、その瞬間振り払っていた。


「エルフリーデ?」

「フィニアス……まさか、今度は私がお前を裏切ったのか?」


 焦げ臭さが鼻から肺に入ってくる。

 信じたくなかった。前世の彼がやったことを私もやっているなんて。

 どうして、私は妊娠している? 誰が父親だ? 今度は私が彼を裏切ったのか?


 私は神の怒りを買って、天界から追放されたはず。

 なのになぜ妊娠している? その部分だけ記憶がない。


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