第五章 主人の知り合い
貿易船も港を出発し、運ばれてきた交易品の取引もそろそろ一段落付くかという頃、館にひとりの客人が訪れた。その客人は早速案内され、現在ソンメルソの部屋に居るのだが、同席を命じられたマリユスは気が気では無かった。
その客人はこの街の医者で、いつもソンメルソの所で異国の本を買っている。もうそれなりに長い付き合いなのだが、何故だかソンメルソと仲が悪いというか、気が合わないようだ。マリユスと同じくらいの長身で、艶のある金髪を背中で束ねている彼が、ひとり掛けのソファに身を預けたまま口を開いた。
「それで、今回は東洋の医学書は入ったか?」
その問いに、ソンメルソはぶっきらぼうに答える。
「何冊か入っている。だが、本当に医学書かどうかは自分で確かめろ」
取引先であるのにもかかわらずこの対応で大丈夫なのかと毎回心配になるのだが、仲が悪い割には割と一緒にどこかで茶会をする程度には親しいらしいので、こう言った商談の時によそよそしくするのは逆に失礼だと判断しているのかも知れない。
「マリユス、本を」
「はい、かしこまりました」
声を掛けられ、マリユスは抱えていた本を一冊ずつソンメルソと客人の間にあるテーブルに並べていく。紐でとじられたその本には、太い線で描かれた異国の文字が並んでいる。これが本のタイトルだというのはマリユスにもわかるが、一体どんな言葉が綴られているのか、読むことは出来ない。
「どうだメチコバール。目的の物はあるか?」
ソンメルソが客人、メチコバールにそう問いかけると、メチコバールは一冊ずつ本を手に取ってぺらぺらと捲っている。それから、四冊ほど手に取りこう返す。
「この四冊が医学書だ。残りの三冊は、これが博物書、これが兵法書、これが伝記のようだな」
ざっくり見ただけで異国の本の内容がわかるのはいつもながらすごいなと思いながら、マリユスはその光景を見守る。そうしていると、残りの三冊を除くようにとソンメルソに言われたので、弾かれた本を三冊、また手に取った。
「この四冊をいただこう」
「わかった。金額はこの書面の通りだ」
ふたりの取引が終わると、メチコバールは出された紅茶が残っているのにもかかわらず、すぐさまに席を立った。
「それでは、これで失礼する」
「ああ、早く帰れ。マリユス、見送ってこい」
「かしこまりました。それではメチコバール様、こちらでございます」
本を抱えたまま扉を開き、出ていくメチコバールに付いていく。扉を閉めた後、館の出口に向かう道中で、マリユスはメチコバールに訊ねた。
「失礼ですがメチコバール様、お伺いしたいことが」
「ん? なんだ?」
「メチコバール様はソンメルソ様とどうにも折り合いが悪いように感じるのですが、それにもかかわらず取引をなさろうとするのは何故でしょうか?」
これは遅かれ早かれ訊ねられることだと思って居たのだろう、メチコバールは嫌そうな顔もせずに答えた。
「あいつのことは気に入らないが、それと仕事は別だからな。
輸入した本で良さそうな物が有れば嘘偽り無く提示してくるし、押し売りもしない。
だから、取引相手としては信頼している」
「なるほど、そう言う事でしたか」
随分と割り切れる物だと思いながら、メチコバールを出口まで案内し、見送る。そうしてから、マリユスはまたソンメルソの部屋へと戻った。
「只今戻りました」
「ご苦労。ところで、先程あいつが弾いた本を見せてくれ」
「はい、こちらでございますね」
なんだかんだで持ったままだった異国の本三冊を差し出す。それを受け取ったソンメルソは難しそうな顔をして本を捲っている。
「ううむ、やはりさっぱり内容はわからん」
だろうな。と思いながらも、マリユスはこう声を掛ける。
「他にも、異国の本に興味を持っている方はいらっしゃると思います。そちらの方に入荷情報を伝えておきましょうか?」
マリユスの提案にソンメルソは、そうしてくれ。と一言返して一息ついた。
「あいつは気にくわないが」
突然の呟きに、マリユスはソンメルソの顔を見る。何のことかと思ったが、おそらく、メチコバールのことだろう。
「なんだかんだで俺の友人が体調を崩したときに面倒をみてくれているからな。無碍には出来ないんだ」
「そうなのですね」
ソンメルソの友人は、マリユスも何度か会ったことがある。マリユスよりも頭一個分ほど背が低く、栗色の髪が透き通るように白い肌を際立たせているのが印象的な人だ。確か、貴族ながらにジュエリー職人をして居るという事でソンメルソが貿易で買い付けた宝石や金を買い求めてくることもある。ソンメルソと話している所を見る限りでは物腰が柔らかで、穏やかな人柄だ。そんな人であるから、きっとソンメルソやメチコバールを含めた友人が沢山居るのだろうと、マリユスは思っている。
それに何より。
「そうだ、今度あいつに紅茶の差し入れを持っていこう」
独り言とは言え、その友人のことを口にするときのソンメルソは嬉しそうで、自分の主人が大切にするような人はきっと、皆から愛されているのだろうと思った。