第四章 聖体拝領
とある日曜日の事、いつものように教会へ向かう準備をする。身嗜みを整え、靴も教会へ行くときだけに履く物を出す。準備を終えたマリユスは、すぐ側に有るユリウスの部屋へと向かう。
「ユリウス、準備はできてるかい?」
ノックをしてからそう声を掛けると、中からぼんやりとした声が返ってきた。
「もうちょっとー。ちょっと待っててね」
ユリウスがのんびりと準備をするのはいつものことなので、ドアの前でしばし待つ。すると、すっかり身嗜みを整えたユリウスが、眠そうな顔をして部屋から出て来た。
「おまたせ。じゃあ行こうか」
「眠そうな顔してるけど、ミサの最中に寝ちゃいけないよ?」
「善処します」
元々の顔つきが眠そうだと言うのはあるのだが、教会に行く日はいつもより朝が早いせいか、普段にましてユリウスは眠たそうに見えるのだ。
マリユスとユリウスはそれぞれ主人の下へと向かう。マリユスはソンメルソの部屋へ、ユリウスはソンメルソの父親の部屋だ。
主人に声を掛け、その後を付いて館を出る。するとそこには二台の馬車が用意されていて、葦毛の馬が牽いている方にソンメルソの両親とユリウスが、栗毛の馬が牽いている方にソンメルソとマリユスが乗った。
馬車は栗毛の馬の方を先頭に、館の塀の外へと出て行く。地面は石畳で舗装されていて、ごつごつと馬車が揺れるけれども、これももう慣れた物だ。進行方向側の席に座ったマリユスが、正面の席に座るソンメルソを見ていると、どうにも具合が悪そうだ。
「どうなさいました? お加減がよろしくないようですが」
心配になってそう訊ねると、ソンメルソは口元を押さえながら答える。
「実は昨夜、寝付きが悪くてあまり寝られなかったんだ。それで、疲れてて気分が悪いんだと思うんだが……」
「なるほど」
それを聞いたマリユスは、ポケットの中から小さな瓶を取りだし、ソンメルソに差し出す。
「気付けの薄荷油でございます。これを嗅げば少しは楽になるかと」
「ああ、ありがとう」
ソンメルソは瓶を受け取り、蓋を開けて匂いを嗅いでいる。それから、一息ついてマリユスにこう言った。
「少し楽になったが、まだ落ち着かないな。
悪いが、隣に来て肩を貸してくれないか?」
「かしこまりました」
マリユスはすぐさまに席を移動しソンメルソの隣に座る。すると、ソンメルソが肩に頭をもたれてきた。
少しは楽になったと言っていたけれど、かなり酔ってしまっているなと、マリユスは心配になった。
教会に着き馬車から降りると、ソンメルソはようやく落ち着いたようだった。
早速教会の中に入り、マリユスとユリウスも長椅子に座る。座って居る場所は聖堂の後方の辺りで、主に貴族に仕えている使用人達が座って居る場所だ。
聖歌隊の演奏が終わり、司祭様の説法も終わり、控えていた修道士様達がパンとワインを配り始めた。早く自分にもパンが配られないかと、ユリウスがそわそわしている。
「こちらをどうぞ」
丸眼鏡をかけた修道士様がマリユスとユリウスに、パンとワインを渡す。その渡されたパンを見て、ユリウスがマリユスにこう言った。
「お兄ちゃん、僕のパンと交換してよ」
それを聞いたマリユスは、困ったように笑って返す。
「僕のパンの方が大きいからって、欲張っちゃだめだよ?」
ふたりのやりとりを聞いていたのか、パンを配ってくれた丸眼鏡の修道士様が、くすくすと笑ってユリウスに声を掛けた。
「それはたまたまお兄さんのパンの方がよく膨らんだだけですよ。
生地はきちんと測って全部同じ量にして居ますから、どれも重さは同じですよ」
「そうなんですか? でも、うーん」
どうにも納得いかないと言った様子のユリウスを見て、修道士様がにこりとしてマリユスに言う。
「それでしたら、交換してあげていただけますか? お兄さん」
「そうですね。それで納得するなら」
マリユスもくすりと笑って、ユリウスの物とパンを交換する。少しだけ大きくなったパンを見て、ユリウスも満足そうだ。
修道士様が去ったあと、聖体拝領の儀式が始まるまでの間、ユリウスは杯に入った赤ワインをころころと転がしている。それを見てマリユスも、そう言えばワインは空気に沢山触れさせると美味しくなると言う事を思い出し、同じようにワインを転がした。
そして聖体拝領の儀式が始まり、ふたりはワインに口を付ける。すると、渋く重いけれども華やかな香りが口に広がった。しかし、舌触りはどこかざらついている。
どう言うことだろう。マリユスが不思議に思っていると、ユリウスがやってしまったという顔をしている。これは何か心当たりが有るなと思ったマリユスは、あとでユリウスに訊ねようと、そう思った。
その日の晩、マリユスはユリウスに訊ねた。ミサの時、ワインを飲んだら舌触りが悪かったのだが何か心当たりは有るかと。するとユリウスはこう答えた。
「あのワイン、結構お年寄りだったみたいなんだよね。だから、空気に触れさせすぎて澱が出ちゃったみたい」
「んん? ヴィンテージワインはあまり空気に触れさせない方が良いの?」
先日、若いワインは空気に沢山触れさせると飲みやすくなると言う話を聞いていたので、何故今回、空気に触れさせるのが良くなかったのか、マリユスは疑問に思った。
「うん。今言ったけど、ヴィンテージワインは空気に触れさせすぎると澱が出て、舌触りが悪くなるんだよ。だから、ヴィンテージワインを入れるデキャンタって口が小さいの多いんだけど」
ユリウスの説明に、そう言う物なのかとマリユスは納得する。
「教会のワインって、割と若いの使う事多いから油断してた」
「なるほど、これからは余計なことしない方が良さそうだね」
「そうだね。そもそもお水で割ってるし、あれは美味しく飲む物でも無いよね」
確かに、言われてみればそうだ。あのワインは儀式のために飲んでいるのであって、楽しむために飲んでいるわけでは無い。
本質を忘れてしまっていた事を恥ずかしく思いながら、マリユスは夜が遅くならないように、ユリウスに声を掛けて部屋に戻った。




