48話 激化する戦い
最悪の魔獣、八咫烏の襲撃。
予想外の襲撃に、王都中に震撼が走ったのも束の間。
黒髪の少年は吠え、ただひたすらに走る。
決着の時は図らずも近い。
そして八咫烏がシュウを目指し動きを開始した頃、ダンテもまた激しい攻防を繰り広げていた。
──いや、それを激しい攻防と呼んでいいのか、それとも一方的な殲滅と呼べばいいのか、誰にも分からなかった。
「死ねよ。シルヴィには指一本触れさせねえぞ」
底冷えする声があった。
ダンテだ。その手には血でまみれた剣が握られており、どこか人間離れした冷酷な笑みを見せる。
その先で膝をつくように、項垂れているのは最強と謳われた大罪たち。
『憤怒』、『嫉妬』、『色欲』、『暴食』、『強欲』。
都合五人が体の至る所に傷を負っていた。
「ああ。……どうやら、腕は鈍っていないようだ……」
息も絶え絶えに、アルカイドが喋る。
全身をローブで覆った異常者もまた、鮮明な血を流しながらただ座っている。
「全く、お前の頭の良さは羨ましいが……ま、頭だけってこった」
「そんなことが言えるのは君だけだよ……」
どこか皮肉気に語るダンテに、アルカイドは肩をすくめ──ようとしてやめた。
何かに気づいたように、後ろを振り返る。
「ようやく来てくれたようだ……我らが長は」
「ユピテルか……」
どこか気まずそうに頭を掻き、登場するであろう最強の一人を待つ。
そして、暴虐はやってくる。
その表情に憎しみと恨みと、何もかもを込めて。
『傲慢』と称された白髪の不死者が、降り立った。
「よお……ユピテル。久しぶりだな」
「──黙れよ。お前と、話す義理はない。こっぴどくやられたようだな……アルカイド、フェグダ」
ユピテルは気軽に挨拶してくるダンテを無視し、傍にへたり込んでいる浅黒い肌を晒しているフェグダと全身ローブ男のアルカイドへと話しかける。
「ああ。全くこっぴどくやられた。これじゃあ、あの作戦を実行するしかなくなるね」
「そうだな。──幸い、八咫烏もここに来ている」
「んだと!?」
二人の会話を傍から聞いていたダンテもまた、八咫烏という単語に驚かざるを得ない。
とはいえ、ダンテは八咫烏の襲撃を知っていた。
だが、これほどまでに早いとは夢にも思わなかったのだ。
それにやつは大した目的などなく、世界を跋扈する魔獣だ。
被害など考えたくもないし、それにそこには必ずシルヴィアがいる。
『救済』という本質である彼女が、誰かを見捨てることなどできない。
「チクショウが……ユリウス、覚えておけよ……」
「どうした? そんなに忌々しそうな顔をして。──まあ、気にする必要もないか。どうせ、これから死ぬんだからな」
ドオッ! と大気がなびく音が不思議と聞こえる。
それはユピテルが本気に近い力を出した証拠に過ぎない。
そもそも、ダンテは本当の意味で『大罪』を圧倒していたわけではない。
──彼らは力の根源である『大罪』の権能。それを一個たりとも使用してはいない。
それが分かっているからこそ、ダンテもまた安心してはいない。気など抜けない。抜いたらそこで殺されるのだから。
「さて、結局はお前の娘、だったか? に頼る形となった。悪く思うな──いや、昔の罪が返ってきたとでも思えばいい」
「ああ。本当に罪が返ってくるなんて、付いてねえ」
不運だと、上を仰ぐダンテ。そして、始まる。
最大最強の戦い。
歴史に災厄として名を連ねた『大罪』と、人間族を救った裏切り者の『大英雄』。まさに15年前をなぞるように、事実上最高峰の戦いが始まろうとしていた。
決戦は人があまり近づかない王城近く。
もしかしたら、そこにも人がいるかもしれない。もしかしたら、この惨状から逃げまどい王城へ来た者もいるかもしれない。
だけど、これがシュウに選べる最善だ。
最悪五人将たるローズがいれば、更なる被害の拡大は防げるはずだ。
そうあることを願いつつ、八咫烏をそこへと導くために奔走していた。
ただし、その間にも人混みを進めなければならないため、非常に進行速度は遅い。
ここで立ち止まっていれば、あの鳥は今すぐにでも突進を再開するかもしれない。
そうなれば、どうなる。
ここに住む人たちは、押しつぶされ見事な血花を咲かせるだけだ。
無駄死になど、させるものか。
正直、今日はいろんなことがあり過ぎて走るのがつらい。
ただでさえ、消耗が激しい囮作戦をこれを含め二回もやっているのだ。
足への負担は相当な大きさになっているだろう。帰ったときに、ゆっくりと休ませねば。
などと、かなり的外れなことを考えた。
思えば、疲れることばっかりだ。
シュウなんかがやらなくてもいいことばかりをやっている。いや違う。
きっと、世界そものがシュウという人物を嫌いなのだ。でなければ、この事件の巻き込まれ率は一体何なのか。
でもそうでなければ、ササキシュウは──。
「──?」
ふと、何かに引っかかった違和感があった。
だが、それはすぐに忘れてただ一心不乱に走り抜ける。
『フ──ウウウ』
だが、そんな考えは長くは続かなくて──。
ついに最悪の予想が彼らを絶望へと叩き落す。
八咫烏が、全長数十メートルの体を捻り猛進してくる。
「シルヴィア。撃退は!?」
「たぶんいける!」
シルヴィアは近くの建物の側面を翔け、再び上空から接近してくる八咫烏へと剣を振り上げ──。
ドスッ、と鈍い音がシュウにも聞こえた。
八咫烏を覆う羽毛らしきものは確かに赤に染まり、脈々と血が溢れ出て──。
「え──」
しかしそれでも止まらない。
シルヴィアの渾身の一撃をその身に浴びながらも、強靭な肉体を持ってそれをものともせずただ一点──シュウのみを目指して下降してくる。
「──させない!」
それと同時に、シルヴィアの剣が何度も突き刺さる。だが、決定的な一撃は与えられない。
どころか、もはや意に介してすらいない。
シュウだけだ。あの魔獣の視界に映っているのはシュウという少年だけだ。
「う、おおおお!!?」
全力で走った。
少しでも王城へと近づくために。
震えるほど酷使した足だがどうやら火事場の馬鹿力でも残っていたのか、今までにないスピードで最短のルートを駆け巡る。
そして、八咫烏がシュウをめがけて嘴を突き出そうとした瞬間。
それに、シュウですら気が付いた。
濃密なまでの剣気。素人にまで察せられるほどに肥大化した鬼のような、正に悪鬼の所業と言うべきか。
本来ならば感じ取れるはずのないそれを、束の間シュウの周りを包んでいた。
発生源は、上空を落下中のシルヴィアからだ。
正直、シュウはシルヴィアが本気を出した場面を目撃したことがあまりない。
だが、その時には決まってこんな感想を持つ。
あれが、人間の辿り着ける最高の領域だと。
しかし、今のシルヴィアから発せられる剣気は今までのを遥かに凌駕していて──。
「──っ!」
空気を切り裂く斬撃が風圧となり、八咫烏の翼を剝いでいく。
いつしか走る足も止めて、暫くその光景に見惚れていた。
──唖然とするほどの、攻防を繰り広げている。
それは先ほど、『傲慢』と対峙した時よりも動きは明快だ。
「すごい……」
思わず、呟いた。
気づけば、避難をしていた住人もシルヴィアの攻防に目を奪われていた。
太陽にように照りつける金色の羽毛に、上塗りするように桃色の髪の少女が挑んでいく。
まるで英雄譚の一頁。神話に残るような絶世の戦いを前に、世界は停滞していた。
剣が振るわれるたび羽毛が飛び散り、災厄を運ぶ力を振るおうと翼をはためかせればシルヴィアはすべて回避し、攻撃を与える。
『英雄』のような戦いぶりだ。
だけど──。
「っ。シルヴィア! 離れろ!!」
八咫烏の後方で、何かの動きを発見したシュウは唐突に叫んでいた。
シルヴィアもそれに気づいたのか、自然の流れに身を任せ下に落下して──。
「──!」
「くっそ……。逃がすわけねえよな……」
だが、八咫烏はそれを許さない。
不敬を働いた人間に罰を与えるために、八咫烏はシルヴィアへと狙いを定める。
シュウもそれを察知して、走り──。
シルヴィアの剣が自らの身を守るように掲げ──。
八咫烏がシルヴィアを屠ろうと事象を起こし──。
直後、空間が捻じれるような感覚が襲い──暴風が、シルヴィアを殺すために放たれたのだった。




