38話 知りたいもの
「ええっと……それで、反乱は鎮圧されたってことで、いいんですよね」
「ああ、間違いないだろう」
ガイウスからされた説明を、レイは要点だけをつまんで理解していた。
先ほどの戦いでアレスを退けた二人は、正に満身創痍な姿だった。
ガイウスは先の一戦──自らの父ユリウスとの激闘で全身に裂傷を負い、ミルは先ほどのアレスによって意識を失う寸前までいった。
そして、当のシュウは未だ起きることなく眠っている。
そんな中、彼らは入り口で戦っているであろうレイ達との合流を優先。
結果正面付近で待機していた彼らと落合い、現在に至るまでの経緯を事細かに説明し、状況を分かってもらったのだ。
「でも、ガイウスさんが……」
「問題ない。今、私まで抜ければ大変なことになる」
ガイウスの身を案じるレイの声に、しかしここから退くことは出来ないと主張する。
前線で戦っている五人将は、ガイウスのみだ。彼が最上位の騎士と言っていい。
そんな彼が後ろへ下がればどうなる。
一気に前線が崩れ去る可能性だって否定はできない。
それに──。
「私よりも、大きなけがをしている者など大勢いる。死んでしまった者もだ。──それなのに、どうして私が死を恐れるだろうか」
それは決意だった。
前線で命を失った同胞たちに向けて、自らが死んだとしてもなお誰かを守ろうとする騎士達に向けて、どうしてガイウスだけがわが身可愛さで逃げられるだろうか。
「──はあ。分かりました。どうせ、言っても聞かないですよね、そうですよね。……ほんと、男って馬鹿ばっかり」
零れるように紡がれた言葉に、僅かながらにガイウスは目を細め──すぐさまシモンへと視線を移す。
「シモン。話は聞いていたな。これより私達は魔獣の殲滅に加わる。相手がどんな策を練っているか分からない以上、対策を練るのは不可能だ」
「──分かりました」
いつもは命令違反を繰り返すシモンも、彼の意見には反対しないようだ。
レイも基本的にはガイウスの案に賛成だ。
「では、シュウ達についてだが……」
次に取るべき作戦を練り、そして次に考えなければならないのは二人だ。
アレスによって意識を失い、シュウは何らかの反動か寝覚めることはない。
この二人の処遇だ。特にシュウについてはダンテからの伝言を預かっているようだし、それに──。
「とすれば、このまま寝覚めるのを待つ、か」
「ど、どうしてですか、ガイウスさん」
「彼に与えられた役目は一つ。──シルヴィア様に伝言を伝えることだ」
ガイウスの判断に疑問を覚えるレイを諭すように、理由を述べていく。
与えれた役目は果たす。例え、それが何の役割だったとしてもだ。
「じゃあ、シュウ達の目覚めを待ってから──!?」
結局押し切られるような形で合意し──かけたところで、不意にレイの肩がはねた。
「な、んだ──?」
またガイウスも目の前で起こる光景には目を剝くしかない。
寝ているはずのシュウが、光った。
空気中の魔力が騒めき、シュウの体に纏わりついていく。
なんだ。何が起ころうとしているのだ。
そして、光はやがて色づき──黒へと変貌を遂げる。
おぞましい。率直な感想だった。
収束する闇はその本質が読み取れないほど深淵が深く、何らかの感情が渦巻いてる。
まさに、負の感情だ。人間の負を司る代表格の感情。
古くより伝わり、『大罪』として今もなお禁じられているもの。
『傲慢』などといった際限のない欲だ。
それが、この闇からは感じとれる。
「レイ! シモン! 戦闘態勢を!」
そして、すぐさまその場にいた二人に戦闘態勢に入らせ、また自身もミルを庇う位置に降り立つ。
また、彼の体を乗っ取った何者かが暴れる可能性は高い。
何せ、あの男は言っていたではないか。
厄介なやつがいると。
だが、ガイウスの予想に反してそれは唐突に終わりを迎えた。
闇はやがて小さく凝縮し、何かを探すかのようにどこかへ消え去っていった。
それっきりだった。
シュウを包んでいた光は消え失せ、何事もなかったように場は静まり返る。
「一体、今のは……なんだったの?」
レイの疑問に、答えられる者など誰もいなかった。
「はあっ……はあっ……」
目の前で潰えた獣の亡骸を視界に入れながら、シルヴィアは肩で大きく息をしていた。
それは少し前、シルヴィアとシュウが初めて出会った時にいた男だ。
そして彼もまた、自らの体を変じさせシルヴィアを殺しに来た。
いや、それも違う。
彼は時間稼ぎだ。
全て読まれている。
シルヴィアが『オラリオン』を使って失敗することも、何もかも。
全てはその先に控える最悪の策を邪魔されないための方策。
「シュウと、合流しないと……」
まどろむ意識の中で、しかしまだ倒れるわけにはいかなかった。
王都での反乱はどうなったのか。魔獣は。
色々と知りたい情報は積もっている。
だが、それらを全て捨ててでも。
シュウという少年と合流しなければならない。
彼は弱い。恐らく彼が何人いようとシルヴィアには勝てないのだ。
だからこそ、守らなくてはならないのだ。
「そう言えば……ちゃんと、話したこと、なかったな……」
とはいえ、シルヴィアは何も知らないのだ。
シュウは自分の事をあまり語らない。いや、語りたくはないのだろう。
彼の過去に何があったのか。シルヴィアには知ることも出来ない。
ただ言えることは、どことなく似ているという疑似的感覚だけ。
シルヴィアとシュウは恐らく根本的な所で似ている。
「これが終わったら、色々、聞きたいな……」
簡単な事でいい。些細な事でいい。
何が好きだとか、どんな生活をしてきたのかとか。
知りたい。シュウという人間を知りたい。
こんなことはシルヴィアという人生の中で初めてだった。
誰かを気にし、知りたいなどと思うことなど。
そして、同時にシュウと喋ることによって弾むことも初めての体験だった。
シルヴィアの心の中を渦巻くこの感情は一体何か。分からない。
分からないこそ、知りたい。この感情の正体が、何なのか。
16年過ごし、その中で初めて知った感情。それを知るために。
それだけを目標にして、シルヴィアは前へと足を踏み出す。
彼との再会を目指して。
どこかで。
名もなき誰かはこう呟いた。
「運命は、数奇なものです」
銀髪の長髪をひとまとめにしている少女は、胸に手を当てた。
「運命はきっと覆ることのないもので、私達からしたらきっと悪魔のようなものなのでしょう」
決して自らの思い通りにならない気まぐれな運命。
時には挫折を用意し、時には喜びを与える。
本当に気まぐれだ。
「だけど、もしもそれ以上の意味があったら?」
誰も知らないはずの情報を、彼女は知っていた。
誰にも漏らすことの出来ない、最悪の何かを確かに知っていた。
「もしも、これを知ったら貴方は怒り狂うかもしれません。だけど、仕方がないのです。誰も、逆らえないのです。──運命というものに」
それがこの世の摂理だと。そう言っている。
「だから、これはお願いです。──どうか、変えてください」
天に祈るように、ただ願いを捧げる。
「貴方だけが、鍵なのです」
縋るように、呟いた。
「どうか、何もかも壊してください。──全ての根源である運命も、この世界も」
銀髪の少女に生きる意味を与えてくれた少年を思い浮かべる。
「貴方の本質は、『破壊』なのですから」
救いではない。『破壊』。
彼に与えられた役割なのだ。
「それが、迫りくる絶望に抗う唯一の方法なのです」
最早、絶望からは逃れられない。
だからこそ、何もかもを壊せば、まだ芽は残されている。
「どうか、生きてください。──私の、愛する人」




