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33話 契約

「それで、ダンテ様はいったいどこにいらっしゃったので?」


 貧民街での反乱。


 それを実質的に収束させた。彼らを率いていたはずの人間は倒せなかったというか会えなかったのだが、それでも魔族の力を持ちうる少女を倒せた。


 本来であればシモン達に情報を伝え、投降を促したいところではあったが、シュウ達はそれをせず、目の前の男性──ダンテに質問をしていた。


 いずれ聞きたかったことだ。


 この戦場が始まってから、彼がどこで何をしていたのか。


 なぜ、今の今まで姿を現さなかったのか。


 人類の希望とまで称される彼が前線に立っていたなら、もはや反乱は終息し魔獣達は壊滅していた。


 だからこそ、今ここで聞き出さなければならない。


 彼が味方なのか、それとも──。


 ミルから投げかけられた質問に、ダンテはただ呆れたように声を上げた。


「ああ、それについては高台に居たんだよ。ちょいと足止めされててな」


「足止め……?」


 ダンテから出た言葉に、シュウも眉をひそめる。


 レイからもたらされた情報。

 

 その真偽は定かではなかったものの、今彼の口から出た言葉が真実だ。

 

 つまり、彼は足止めされていたのだ。


 それが今までこの場に出なかった理由。


 見え隠れする敵の切り札。それが少しずつ正体が暴かれてきている。


 だが、一方でダンテの答えにミルは納得していなかった。


「それは本当に、ですか?」


 鋭い眼差しで睨み、そう問いただそうとする。その眼には若干ながら怒りが──否、怒っているのだ。


 ダンテはその懐疑の視線を受け止め──溜息をついた。


「ミル。最初の契約、覚えてるか?」


「──っ」


 ギリッ、と。凄絶な歯ぎしりが響いた。


 痛いところでも突かれたように顔を苦渋に歪ませ──それでも、彼女は何も言わなかった。


 恐らくではあるが、シュウと同じようにダンテとの間で何らかの契約が交わされている。


 どんな内容かはシュウには分からない。だが、あれほどまでの怒気が一気に鎮圧しているのを見れば、それがいかに絶対的なものなのかはシュウにでも分かった。


「だから、今ここで契約の対価を求めよう」


「──なぜ、今なのですか……」


 奥歯を噛み締め悔しさを押し殺しているミルに、追い打ちをかけるように。


「汝が支払うべきもの。今こそ対価を払わん」


 ダンテの声が紡がれ、少女の体が淡く光り契約が執行された。


 やがて、光は収束されミルを一つの空間へと閉じ込める。


「な、おい! どうなってんだ!?」


 そのありえない事象を前に、思わずシュウは声を荒げた。


 だが、ダンテは気にするなと言わんばかりに懐から何かを取り出そうとしていた。


「これは契約の対価だ。来るべき時が来たとき、ミルとシルヴィには何も伝えないようにするための工作だよ」


「なんで、そんなことを?」


「そうだな。──その前に、お前にも働いてもらうぜ」


 シュウの質問には答えず、代わりに彼はとある物を渡してきた。


 丸い映写機のようなものだ。その形状は今現在王都中に配置されているものとほぼ同じ、いや同等だ。


 恐らく、『賢者』お手製の魔法道具。


「それはお察しの通り、魔法道具だ。ついでに、それは番であって初めて効果を発揮するもんだ」


 そう言って、ダンテは自らの懐から同じような映写機を取り出し、魔力を込める。


 そして、次に彼は周りを頻りに見回し──王都に配備されていた映写機を見つけると、自分が持っているそれを映写機に向けてかざした。


 ジ、ジジッ、と壊れたテレビのような音を漏らし、次には信じられないものが映し出される。


「映像……。しかも、俺達が写ってる……」


「そういうことだ。こいつの役割は他の映写機と繋げて映像を映し出すことが出来る」


「これを使って、何を?」


 シュウは自らに手渡されたものを見つめ、何をさせるのか、それを聞き出そうとする。


 が、ダンテはそれを手で制し。


「まあ、焦るな。──実はこれには欠点があってな。自分が撮った映像は一か所にしか映し出せないんだ」


「──?」


「映像を記録すんのに、ほとんどの魔力を使っちまうんだ。だから、この機能を使っている間は最も近いところでしか写せねえ」


 ダンテはシュウに渡した映写機に魔力を込めて、更に別の映写機へと繋げた。


「だが、ここにもう一台が加われば片方が記録している映像を拾えて、それを繋ぐことが出来る」


 つまりは、テレビのようなものか。


 テレビは本来電波塔から発せられた電波から、映像──番組など──流している。


 それをこちらの世界で作ったようなものだ。


 文明の利器であるテレビと同じ原理を作り出した。


「ま、これについては賢者の発案じゃなく、前任の『英雄』なんだけどな」


「前任の『英雄』って……ああ、何日か前に言ってた人だな」


 契約を交わしたときに出てきたダンテの前の『英雄』。


 その人物が、これを発案した。


 『賢者』ですら思いつかなかったようなものを、一人の『英雄』が思いついた。


 そこから導き出されるのは、ただ一つ。


 間違いなく、シュウと同じ世界から来た人物だ。


 転移か、もしくは転生。


「そんで、俺がお前に求める対価はたった一つだ」


「──」


「俺が合図を送ったとき、こっちの魔法道具が撮った映像を、お前の魔法道具で拾ってくれ。あとは、自動でやってくれるはずだ」


「それだけで、いいのか?」


 ダンテから求められた対価。だが、ミルの比べてもあまりにも簡単すぎる。


 無論、彼女とダンテとの間に交わされた契約はシュウの物と違うだろう。


 それでも何も知ることが出来ない彼女から比べたら、なんと軽い事か。


「ああ。そんだけだ。簡単だろ? まさか、出来ないなんてことは言わせねえぜ」


「──そうか」


 ダンテの調子に乗った声に、ただ低くして答えた。


 その様子を見かねたのか、それとも単なる気まぐれか。


 あ、とダンテは何か思い出したように空を仰いで。


「それと、出来ればシルヴィには伝えず、そんでシルヴィを絶対に関わらせるなよ」


「なんでだ? シルヴィアがいた方が円滑に進むんじゃ?」


 もう一つの条件。シルヴィアには何も知らせない事。


 だが、シュウには納得できなかった。


 当然だ。ダンテがこれから何をしようとしているのかは知らないが、シルヴィアは人間の境地に辿り着いていると言っても過言ではない。


 なのに、頑なに彼は考えを改めようとしない。


「ああ。確かに、シルヴィは強い。流石は俺の娘だ。……だが、それはあくまで人間として、だ」


「人間として……?」


 含みのある言い方に、シュウは顔をしかめる。


「人間の最高峰にいるとは言っても、結局は人間を超えることは出来ない。──シルヴィアはどこまでいっても人間なんだ。今のままならな」


「『英雄』だったら話は別だった、てことか」


「その通りだ。──この先の戦いには、人間じゃ及ばない」


 シルヴィア・アレクシアは確かに人間の最高峰に居る。


 それはダンテも認めていることだ。

 

 だが、だからこそ足りない。


 人間どまりではこの先には進めない。人智を超えた別次元の戦い。


「お前はお前がやるべきことをすればいい」


「──っ」


「それと、シルヴィに言っといてくれ。──今日の風は、少し悪いってな」


 言葉の意味が分からず困惑するシュウだがダンテはシルヴィアに言えば分かると言い張り、詳しく説明しない。


「つーわけで、この件は内密に頼むぜ」


 神妙な面持ちはかき消え、いつも通りに明るく振る舞いこの場から去ろうとする。


「あっ、待てよ! まだ話は……って、もういねえ」


 シュウが引き留めようと手を伸ばし、声を上げ──しかし、もうダンテはそこにはいなかった。


 いつの間にかミルを包んでいた光は解けていて、何やら不機嫌そうな顔をしたミルが近づいてくる。


 シュウには未だ分からない。


 彼が行おうとしていることも、それがどんな結果を導くのかを。


 この時、信じていた。何があろうとも、結局世界はいい方向へと進むと。


 だから、抜け落ちていた。


 この戦いが始まる前に、黒髪の少女から言われた忠告。


 その予言がもたらす終焉は、確実に近づいてきていた。






















 シュウ達がダンテを見失い、シルヴィアにダンテから預かった伝言を伝えようと出発したころ。


 突如、貧民街の建物が一斉に崩壊した。


 まるでダンテの行く先を防ぐように、ダンテの進もうとしていた道に瓦礫が積み上げられる。


 その頂点に一人の女性が降り立った。


 その少女は流麗な黒髪を惜しげもなく晒し、清楚なイメージを漂わせる少女。


 ダンテがかつて剣を教えていた弟子の一人であり、尚且つ最も頭の切れた少女だったことを覚えていた。


「ダンテ様。お久しぶりですね」


「セレス、か。今や魔族のトップだな」


 昔の事を思い出し、今の彼女にそれが似合わない事ぐらいは容易に想像できる。


 大方、幹部に引っ付いていたセレスが担がれたのだろう。


 彼女のその小さな体に、魔族全体の意思が乗っかっている。


 とんでもない重圧だ。少なくとも、ダンテなら耐えられない。


 自分には出来ない事をやってのける少女に敬意を表しつつ、剣を握った。


「ずっと、この時を楽しみにしておりました」


 その声は若干ながら、震えていた。


 ずっと会えないと思っていた愛おしい誰かに出会えたそんな感涙の涙が零れ落ちそうになっているのがダンテですら分かる。


「今や敵と味方。ですが……未だ足らない身である私に、どうか最後のご教授を」


 剣をすらっと抜き、ダンテと相構える。


 ダンテはその仕草に、誰か(ダンテ)の影を見て、純粋に笑った。


「ああ、いいぜ。最後の演武を教えてやるよ。──何分持つかは、知らないがな」


 魔族と人間。


 相容れるはずのない二人。


 だが、今だけはその心を共通させる。


 弟子と師匠の最期の時が紡がれるのだった。

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