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30話 不死者

キマイラが唸りを上げ、落下し──。


黒髪の少年が空中に放り出され──。


金髪の少女が重力に身を任せ、キマイラとの空中決戦に挑む。


「──!」


ミルの声にならない咆哮が上がり、落下が加速する。


このまま行けばおよそ数秒ほどで地面に着く。


つまり、覚悟を決めた。地面に着く数秒までに決着する気だ。


彼女が持つ短剣が煌めき、キマイラの爪がミルを斬り裂かんと振り抜こうとする。


ミルの短剣が爪をいなし、足蹴りを顔面に食らわせ──。


代わりに、キマイラの暴風がミルの顔を殴りつける。


風に煽られ、若干ながらミルのバランスが崩れ──。


キマイラが隙を突き、暴風を生み出す翼が彼女の脇を抉らんと迫る。


距離、僅か1cmにすら満たない。秒もかからずキマイラの翼が振るわれ、鮮血の華を咲かせる。


──その寸前。


「血を求めよ。我は全てを捧げる。汝は獰猛な獣──血を欲し、我を喰らえ」


呪文が口ずさまれる。


シュウだって聞いたことのない魔法の歌。


彼女の奥の手がこの場において発揮され、彼女の金色の瞳が獰猛な赤へと変貌した。


光がミルの体を纏い、キマイラの瞳が驚愕に染まる。


「──な!?」


ミルが突然回転した。


側転し、抉られるはずの一撃を見事なまでに回避する。


そのままの勢いで剣を振り抜き、翼を根元から断絶し──。


反対側の手に短剣を投げ渡し、もう一度下から這うように斬りつける。


止まらない。


何度も回転してはキマイラの攻撃を回避し、キマイラを傷つけていく。


──まさに、規格外だ。


先ほどまでの動きとは格段に良くなっている──どころか、変貌と言ってもいいほどの変化ぶりだ。


そもそもシルヴィアですら不可能な空中で動いている。足場もないのにだ。


どうやって方向転換しているのかは分からないが、竜巻の様に鋭く回転し続けキマイラの体に擦り傷を負わせていく。


対するキマイラも分かって入るのだろうが、結局は攻撃を打ち出すしかない。


攻撃を一瞬たりとも緩めれば、高速の斬撃で斬り刻まれることを本能で悟ったのだ。


ゆえに、攻撃を打ち出すしかない。だが、それも長くは続かない。


『グッ!?』


ついに、ミルの掌打がキマイラの眼を捉えた。


キマイラの視界が潰され、危機を悟ったのか乱暴に攻撃を繰り出す。


それら全てを児戯でも見ているかのように躱し、更に加速。


「──堕ちて」


空気を切り裂く斬撃が、キマイラの首を正確無比に狙い落し──。


返り血を躱すように、回転。そのままキマイラの切断面を足で踏みつける。


とん、と。


軽い音。それだけで生気を失った化け物の体が落ちていく。


首から上を失い、人で無くなった怪物は地面へと落ち、無残な屍を晒した。


キマイラとの空中決戦。軍配は、ミルの方に上がった。


だが、忘れてはならない。


今現在、シュウは投げ出されている最中なのだ。


「うおっ!?」


その事実を忘れ、ミルの戦いに夢中になっていた。


気づけば地面まで僅か数メートルもない。このままぶつかれば即死は免れ得ない。


「はあ……。本当に世話の焼けるわね……」


鈍い音をまき散らし地面に激突するその寸前、赤い瞳を宿したミルがシュウを横抱きにして攫っていった。


横抱き。即ち、お姫様抱っこ。


元からシュウには誇りなどなかったが、一日に二度も女の人に抱えられると精神的に来る所がある。


「シュウ。本当に役立たずよ? どうするの」


「どうにかしたいけど、基本何も出来ないんだよ……」


戦闘力皆無の人間に何をしろというのだ。


シュウが『オラリオン』に目覚めていれば別かもしれないが、あいにく目覚めた覚えはない。


完全に傍観者の位置に立っている。


そのまま空中を何秒か舞い、風をうならせながら着地する。


「さて、これからは自分で身を守れるようにしなさい。──それじゃ、本物の登場というとこかしら」


シュウに自分の身は自分で守れとの忠告を受け、若干気落ちしながら地面に足を付け──ミルとともに目の前でわなわなと震える少女を見据える。


「お姉さん。……その瞳、3000年前に滅んだ種族と同じだね……。ま、どっちにせよ、私達の障害になる敵だよ」


3000年前の戦争。


多種多様な種族が参戦し、その半分以上が滅亡に追い込まれた後にも先にも類を見ない最悪の戦争。


その戦争に関しての資料はほとんどが残っておらず、詳しい内容は公表されていない。


その件に関しては戦争の当事者である『賢者』は沈黙を貫いているそうだ。


なんでも、今はまだ時じゃないの一点張りだ。


 世界に存在している種族は人間、魔族、獣人族のみ。


 他は全て戦争で滅び、妖精族(エルフ)炭鉱族(ドワーフ)なども戦争で死滅した。


 だからこそ信じがたい事でもあるのだが、ミルは少女の言葉にただ黙るだけで何も言わない。


「だから、とりあえず死んで?」


 終始変わらない口調で、ついに少女が出陣する。


 異様な緊張感が漂い始め、異形を取り込んだ少女が舞い降りた。


 ミルもその場の異様な雰囲気に気づき、一層警戒を強める。


 対する少女は、素人の様にミルへ向け歩き始めた。


 その歩き方はまるで戦闘など経験していない──シュウなどと同じだ。


 正に素人だ。とはいえ、油断などしてはいけない。


 彼らは異形を取り込み、人間の皮を被った化け物だ。何の能力を持ち、どんな手を隠しているのか、シュウには考えが及ばない。


 一歩、また一歩と化け物が近づく。


 ミルもまた顔に警戒の色を強めながら、短剣を握りしめ──。


「──!」


 ミルが仕掛けた。地面を踏みしめ、少女の下へ走り抜け──。


 先手必勝。先手を取るために放った一撃。勿論、牽制の意味を含めたものだ。


「──え?」


 思わずミルの口から声が漏れた。


 シュウでさえも、その光景に目を疑っている。


「──、?」


 牽制を込めた一撃。それが入った。


 驚くほどすんなりと。あっけないほどに。


 少女の腹から大量の鮮血が流れ出て、堪えきれないように膝をつく。


 風前の灯。この世界で何度も目にしてきた命の終わり。


 今の今までシュウ達を苦しめてきた彼らがこんなにもあっさりと──。


 当のミルも信じられないものを見たように、少女の血が滴る短剣をと夥しい量の赤を流している少女とで視線を行き来させている。


 彼女だって信じられないのだ。まさか、これだけで終わるとは思えなかった。


 その考えを否定するように、少女の瞳からは光が失われ──。


「お、わったの、か……?」


 半信半疑に呟くシュウ。だが、誰もその言葉には答えない。


 つまりはこれで終わったのだ。


 あっけない幕引きに未だ実感が湧かないものだが、一刻も早くシモン達に伝えなければならない。


 そんな結論に辿り着き、ミルを連れこの場から離脱しようと話しかけ──。


「──な、んだ?」


 ミルとシュウの視線が一点に集まる。


 先ほどの少女。


 血の海に沈み、再起不可能なはずの誰か。しかし、その体は死んだという現実を拒むように。


 光り輝く。


 淡い閃光が少女の軽い体を包み込み、目の前の現象を否定していく。


 穿たれたはずの穴が修復し、流れ出たはずの血液が形成される。


 あり得ない事象が、目の前で起こっていた。


 絶対不変の現実。人の死は覆らない。


 そのはずなのに、そうでなければならないのに。


 今まさにそれが覆ろうとしていて──。


「ふう、少しだけ時間がかかっちゃったかな」


 ぽつんと、誰かが呟いた。


 ミルに刺され、絶命したはずの少女は前提を踏み倒して再生した。


「驚いた? ほんとはもうちょっと隠しておきたかったんだけど、容赦ないから」


 驚愕のあまり声すら出ないシュウ達を置いてけぼりにして、黙々と話し続ける。


「な、んで──?」


不死者(ヴァンパイア)って聞いたことないかな。その血を入れたらこうなったんだ」


 不死者。この世の決まりを壊す異形。


「まあでも、別に日光受けた程度じゃ死滅しないよ? ただ完全じゃないから再生の方もギリギリなんだけどね」


 シュウ達の反応を見て楽しむ少女は、舌を出して薄く嗤った。


「ねえ、遊ぼうよ。──もっと、ね」


 王都での戦いはまだ終わらない。


 そして、王都最北にて。


 セレス・アリオトは抜け殻の器をただ見つめていた。


 それはかつて失われた命を宿していた体、すなわち魂を入れるためのものだ。


 彼女は最前線の戦いを見て、妖艶にため息をつく。


「セレス様。そろそろ時間かと」


「ええ。分かっていますよ」


 自らの忠臣に進言され、ようやく彼女の出番が回ってきたことを悟る。


 これまではまさに包帯男が考えたシナリオ通りだ。


 事が上手く運び、抵抗を続ける人間達は完全に彼の掌の上だ。


 踊らされていることにすら気づかず、ただ道化を演じている。


 だが、正直彼女にとってはそんなことはどうだっていい。


 自らの腰に帯びた剣の柄を握りしめ、ただ一人の男を脳裏に思い描く。


 ダンテ・ウォル・アルタイテ。


 セレスが尊敬して止まなかった師の名前。


 セレスがたとえ何百居ようと叶うはずのない最強の敵。


 圧倒的強者を相まみえることを知り、武者震いが止まらない。


 誰か曰く、彼女は武人気質であり何かを仕切る役は似合わない。かつてどこかの誰かに送られた言葉。


 別に、それをおかしいとは何一つ思っていない。


 だって、当たっているのだから。セレスは生粋の武人なのだから。


「さあ、美しい舞踏を演じましょう。我が敬愛する師よ。──私は普通の演武では満足できませんよ?」


 小悪魔のような笑みを見せ黒髪を流麗になびかせながら、彼女もまた舞台へ降り立つ。


 絶望の時は近い。

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