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21話 偶然の導き

 市民の避難誘導、びに魔獣の討伐に組まれた部隊は貧民街に足を踏み入れていた。


 何の影もなく順調にいっていると思われた避難誘導だがそれは魔獣たちの罠であり、彼らはその策に嵌った。


 辺りが血の海に沈み、殲滅を目的とした魔法が放たれる。


 騎士達の悲鳴が貧民街に響いて、炎に包まれていた頃。


 黒髪の少年──シュウは肩で息をしながら、片隅に座り込んでいた。


「はあっ……はあっ……くそ、シルヴィアとはぐれちまった……」


 先ほどの混乱に呑まれ、桃色の髪の少女──シルヴィアとはぐれてしまった。


「それに……なんだ? さっきの光の柱は……」


 シュウは目撃していた。


 貧民街の奥の方で、光の柱が立ち上るのを。


「魔法、なのか……?」


 だが、シュウの記憶にはあれほどの規模の魔法などない。


 先ほどの一撃。恐らくは広範囲に及ぶものだっただろう。周りの民家をも巻き込み、破砕していったはずだ。


 魔獣を殲滅するためとはいえ、かなり強引な方法だ。


「いや、それよりかは……被害は、考えてねえってか」


 この騒動を受け魔獣の討伐隊などが組まれ、今頃は突入している頃合いだろうか。


 つまりは戦場に騎士達がいるにも関わらず殲滅を開始したのだ。


 騎士達もろとも吹き飛ばした。


「どんな作戦だよ……いや、それだけ戦況が切羽詰まってるってことか」


 そんな強硬策を取らざるを得ない程、王国は追い詰められている。


 王国を象徴する五人将。


 彼らの内、ここにいたのは立った二人。


 強大な力を持つ五人の精鋭がいない状況での、反乱。


 戦力が絶対的に足りない中での苦渋の判断だ。


「くそ……これが狙いかよ……」


 五人将が揃っていない──つまりは全勢力がない状態でシルヴィアを貧民街におびき寄せ、反乱を起こす。


 シルヴィアの過去の因縁を知って、利用した。


 だからこそ王国現在の最高戦力は隔離され、この現状に対応が出来なくなった。


 シルヴィアから聞いていた魔獣がらみの事件。


 全ては今日この日のための布石だったのだ。


「くそっ……早く行かなきゃ」


 何も出来ない少年は膝に力を籠め、立ち上がる。


 そこで気づく。


 避難に使われていたはずの大通りが、少しばかり騒がしい。


「な、んだ……?」


 大通りに顔を出すと。


 ドンッッッ‼ と爆音が辺りを覆った。


「な、あっ……!?」


 爆風に煽られ、思わず目を瞑ってしまう。


 爆風が収まり、恐る恐る目を開けてみれば。


 視界には地獄絵図が広がっていた。魔獣だ。人間の匂いを嗅ぎ分け、襲撃に来たのだ。


 人の形をした魔物が、角を生やした猛牛が、人の命を容易く奪っていく。


 至る所に血の海がその凄惨さを物語っている。


 初めて見る戦場の悲惨さにシュウがその場に立ち尽くしていると。


 べちゃ、と。


 何かがシュウの足元に降ってきた。


 それは誰かの肉片。頭と胴が離れたものが、赤い何かを流しながら落ちていく。


 吐き気が、目の前に広がる全てを見て全てを吐き出す。


「はあっ……はあっ……うごおっ……!?」


 今までこの状況は見てきたつもりだった。


 何度も同じような悲惨な戦況を見てきて、間違ってしまった。


 あれが戦争なのだと。


 だが、間違っていた。今、シュウが体験しているものこそが戦争だ。


 憎しみを込めて怒りの攻撃がぶつけられる度に肉片が飛び散り、恨みが蓄積していく。


 これが戦争だ。


 互いに憎しみ合い、それが溜まって新たな火種となる。


 それを理解していなかった。


 震えが止まらない。吐き気が終わらない。憎しみが、怒りが、シュウの心に魂に響いてくる。


「あ、ああ……?」


 全て吐き出して、何もかも出して、それでもまだ絶望は終わらなかった。


 どうして、シュウがこんなことに巻き込まれなければならない。


 元はただの一般人だった。


 それがなぜか異世界に召喚されて、自らが選んだ道の先には破滅しか待っていない。


 いつだってそうだった。


 運命という壁はいつだってシュウの心を折ろうとする。


 その度に撥ね退けて、見向きもしなかった。


 自分は大丈夫だって、まだ終わってないって、そう叫び続けてきた。


 そうしないと、心が折れてしまうから。


 自分の心を欺くために吠えて、叫んで、どうにかやってきた。


 だけど、この選択肢をシュウは望んでいるわけではなかった。


 助けたいと何度も思っているのに運命が諦めるという選択肢をぶら下げて、それを弾けばまた新たな絶望を仕向けてくる。


 もううんざりだった。


 諦めてしまいたかった。


 全部放り投げて、何かも諦めたかった。


 だが、シュウの中の想いが、願いが、それを許さない。


 走れ、と。守れ、と。何度も囃し立ててくる。


 あの時の想いが、誓いが、シュウの行動を縛り付けている。


 以前、賢者メリルに言われた事があった。


『本当に、厄介な呪いをかけていったものだ、と』


 確かに呪いだ。恋という悪しき呪い。たとえ、何千年経とうと薄れることのない呪いがシュウの体を締め上げる。


 そして、こうも言っていたではないか。


『そっちは地獄だ』と。


 シュウの選択肢の結果が、これを引き起こすと知っていた。


 いつかそうなると信じていた。


 全てはササキシュウが招いたこと。


 ならば。


 ──ここで、いなくなればいいのではないか?


 何も出来ない癖に、何かを成し遂げようと足掻く自分に終局をもたらすのも選択肢の一つだ。


 それに、目の前には自分を殺せるだけの状況が整っている。


「は、ははっ……」


 だというのに、未だ足を動かせない自分に反吐が出る。


 だが、案外終わりはすぐにやってきそうだった。


 大きな足音を立てながら、猛牛がやってくる。


 シュウが自分一人で初めて相対した魔獣だ。


 あの時と変わらない憎しみを、怒りを込めて、シュウを穿とうと剣を振り上げる。


 これが振り下ろされれば、とにかく終局はやってくる。


 自分で自分の命を絶つことがなくなり、安堵している自分もいるが、どうせ死ぬのだ。


 これ以上考える必要もない。


 ゆっくりと、目を瞑る。


 そして、大剣が振り下ろされて盛大に血をまき散らして──。


「ばっかやろう!!!」


 横から割り込む声があった。


 純潔を彩る白の鎧に返り血なのかそれとも自分の物なのか、分からない血を体に浴びている誰かが割り込んできた。


 ミレ。


 シュウには知る由もないが、彼は先ほどの号砲から奇跡的に助かった一人である。


「ちくしょう!? ここもかよ!」


 目の前の猛牛を背中から刺し、何度も刺しつくす。


 猛牛の瞳が怒りに震え、光が失われて──。


「おい! 大丈夫か!? どうなってんだ、ここは!」


 ミレがやけ気味に叫び、また近づいてきた魔獣を地に還す。


「あ、なたは……」


「そんなことはどうでもいい! とにかく生存者は他に居ねえのか!」


 呆然としているシュウに怒鳴りつける目の前の騎士。


 普段の彼からは考えられないような怒声だが、結局は彼だって騎士の一端なのだ。


 命のやり取りとなれば、余裕なんて消えてなくなる。


 だが、シュウが答える前に。


「くそっ、今はお前らと戯れている暇じゃねえんだよ!」


 魔獣が群がってくる。


 何度も言うが、彼は瀕死と言ってもいい身なりだ。


 才能はある。その体格を生かした剣技だって中々のものだ。


 だが、その剣技にはずれが生じる。


 一つ一つは小さくても、やがて重なれば大きな亀裂となる。ゆえに、押されてくる。


 コボルドの振り回した剣が、ミレの鎧を傷つけ、猛牛の角が貫く。


 圧倒的な数の差に押され、ミレの鎧が血に塗れ──。


 全てが終わった。


 唐突に、終わりを迎えた。


 辺りを支配していた化け物たちはその首を刎ねられ、行動を停止していた。


「まさかシルヴィア様を探している時に君に出会うとはね」


 空中からゆっくりと下りる影があった。


 それは五人将と呼ばれる精鋭の一人。


 王城にてシュウを痛めつけた誰かの憂える声だ。


「ガイウス」


「二日ぶり、だろうか。壮健なようで何よりだ」


「なんで、ここに……?」


「それについては、後に話そう」


 ガイウスは後から這い出てくる魔獣達を見据え、剣を振りぬく。


「さあ、ここを切り抜けよう」


 正義感をその藍色の瞳に宿し、全てを凍てつかせる凍気を剣に纏わせ、魔獣を殲滅していった。

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