20話 錯綜する悲鳴
王都で反乱の報が知らされ、魔獣の出現が全体に広まったのは僅か一時間にも満たなかった。情報網がしっかりと確立されていないこの時代において、それは余りにも早いと言える。
最悪に備えていると言えば聞こえはいいが、逆に言えばそれほどまでに魔獣を恐れているのだ。
黒髪の少年──シュウとシルヴィアは全ての中心である貧民街の真ん中に向かっていた。
「どうなってんだ!? 反乱って、まじかよ……!」
「それに魔獣も確認されてるって、言ってた」
シュウ達にその知らせが伝わったのは、およそ数分前。
シュウ達を探していた騎士──伝達役が見つけ、伝えたのだ。
だが最終的にはナルシアのおまじない──もとい、占いの結果でシュウ達の居場所が分かったようなのだが、正直彼女の占いの結果が当たっていて怖い。
遅れたが、今のシュウの格好はシルヴィアに米俵抱っこされている最中である。
恥ずかしい事この上ないが、人の命が関わっているので文句は言っていられない。
「ていうか、魔獣なんてどこから来たんだ!」
「たぶん、少し前にあった王都で魔獣が確認された時の、地下水路を使ったんだと思う」
「ああ、なんかそんなこと言ってた記憶があるぞ……?」
それに際して、世界中に広まっているという地下迷路。
それと相まり、非常に面倒な問題となっている。
「てことは、敵方はそこに魔獣を誘導して、王都に呼んできたってか……」
「そういうことになる──っ」
「シルヴィア!」
順調に貧民街での中心へと進んでいく二人だったが、そこで何かに防がれる。
魔獣の群れ。
一匹一匹に関してはそこまでは強くないものの、群れというのがネックだ。それに加え、逃げ遅れた人達。
まさに地獄絵図と成り替わろうとしていて──。
「うおっ!?」
「シュウ!?」
魔獣の群れや群衆に押され、シュウが波に流されていく。
シルヴィアは離れたシュウの手を取ろうと、手を伸ばすも魔獣がそれを防ぐ。
「シュウ……」
シルヴィアの心配する声が響いて、魔獣の殲滅が始まっていった。
貧民街の詰所。
そこに魔獣の討伐隊が集まっていた。
当然、そこには市民の避難誘導を行う部隊もここに呼ばれている。
その中で、一人。同期からは冴えないの評価を頂いている20代の男性がいた。彼の名はミレ・マガハス。
騎士をしているとは思えない程に鍛えられた様子が見えなく、中肉中背のどこにでもいる男を公言して憚らない男で、変人という大変不名誉な称号も頂いている。
彼にしてはそれは当然の評価であり、彼には何か胸を張れるような特技があるわけではない。
例えば絵に自信があるわけでもなければ、腕っぷしが強いわけでもない。
ただ、何となく騎士になった男の一人だ。ただ惜しむらくは彼にはそれなりの才能があったということだ。
何をしても普通以上に出来てしまう。
だが、裏を返せば何も突き詰めるものがないということだ。
圧倒的な一は全体に勝ることがあるということだが、まさに彼はそれだ。
そ れなりに才能があるにもかかわらず、今日まで注目されてこなかったのはそのような理由があった。
「おい、どうしたよ。ミレ。死にそうな顔してよ」
貧民街の方向を見て嘆息するミレに、同期の一人アムズがきさくに話しかけてくる。
「なんだよもどうだよも関係あるかよ。せっかくの休日が消えちまった。ちくしょう、恨むぜ……」
「まあまあ。だが、今日活躍してみろよ。金なんざがっぽりもらえるぜ?」
「金で休みが買えんのかよ。もしそうだったら、俺は全財産を使ってでも休日を取りに行くね」
ここがミレという男を端的に物語っている。
そう、彼には欲が欠如しているのだ。
何をするのにも面倒くさがり、結果中間のような立場になっている。
「全員、準備はいいだろうか! これより我々は市民の避難誘導、並びに魔獣の討伐を行う! 心してかかるように!」
規則正しく胸に手を当て、敬意のポーズを取る。
そして、そんなこんなで。
「ああ~、家に帰りてえな……」
戦場に入ったというのに、人影はおろか魔獣の影すら見えない状況に入っていた。
それに痺れを切らし、ミレは呟いたのだ。
「おいおい、ミレ。言葉には気をつけろよな。どこで誰が聞いてるもんか分かったもんじゃない」
「分かってるよ。それよりも、ここまで来たにも関わらず、何の影も見つからねえとはな」
地図上で語ればミレ達討伐隊は既に貧民街の半分の所まで進んできている。
にも拘わらず、誰にも会えていない。
「──なあ、ミレ」
「なんだ。アムズ」
「これさ、何かおかしく──」
「て、敵を確認しました!」
このおかしい状況に気づき、アムズが何かを言おうとして大声に遮られる。
「数は」
「そ、それが……ゴブリン。ガーゴイル、コボルド、それにミノタウロスまで……種族に一貫がありません!」
「ああ?」
ミレが報告を受け、おかしいと言わんばかりに聞き返す。
そもそも魔獣は他の種族と群れを成すことなど確認されていない。
彼らは仲が悪いのか、他の種族と手を結ぼうとしないのだ。
今日まで彼らの猛攻を受け人類が生きてこられたのは相手の内裂に原因がある、とまで言う学者もいるほどだ。
「ほ、報告です! 第一陣崩壊! 第二陣は魔獣を抑えろとのことで……」
「壊滅だあ!? 第一陣がか!」
ミレのいる部隊は本来第二陣。
第一陣の援護及び退路の確保が優先事項である。
だが、その第一陣が壊滅した。
状況は最悪に近い。
「アムズ!」
「ああ、分かってる!」
その危険度にいち早く気づいたミレとアムズはすぐさま後ろの部隊に報告を飛ばす。
そして、自分たちも一度有利な状況まで下がろうとして──。
気づいた。
「あ……?」
周りに無数の影があることを。
遅かった。全ては誘導だったのだ。ミレ達第二陣を殲滅させるための、魔獣の策。
「くっそがああああああ!!!」
「全員っ、武器を取れ! 囲まれてるぞ!!」
ミレが雄叫びを上げ、アムズが部隊全体に怒号のような指示を飛ばした。
第二陣は何度も言うが、本来援護の役回りだった。
ゆえに、大した装備は持ってきていない。対してあちらは先ほど第一陣から強奪した武器がある。
最悪、どころでは済まない。
下手をすれば全滅は免れ得ない。
「てめえら! 突撃いいいぃぃぃぃ!!!」
戦いの火蓋──二回戦目は遅すぎる始まりを迎えた。
民家に炎が燃え移り、道中には魔獣と激突している騎士達。
傍らには第一陣から逃げおおせてきた民間人が血みどろになっており、また魔獣に殺された誰かの死体が転がっている。
「うおおおおお!!」
ざしゅっ、と。
大仰な音を立てて、魔獣の首が刎ね落ちた。
ミレとアムズだ。
唯一といっていいほどの年長者である彼らは戦場全体をカバーするように走っていた。
「が、あっ!?」
すぐ後ろで守っていたはずの後輩の首が空中に舞う。
その光景にミレは舌打ちをして──。
「死ね、くそったれがあああ!!」
仲間をやられた憎しみを込めて、コボルドを一瞬で細切れにする。
「くそっ、ミレ! 今度はあっちだ!」
「ああ、了解だよ!」
今度は別のところで後れを取っている仲間たちの下に駆け付け、加勢する。
「どおりゃあああっっ!!」
ミレの振るう剣が魔獣の大剣を逸らし、アムズがその隙に首を刎ねる。
それが彼らの必勝方法だ。
だが、この状況では何の自慢にもならない。
「ああ? くそ、あんなところに逃げ遅れたやつがっ……!」
ミレの視線の先、そこに血を顔に被った少女がふらふらとおぼつかない足取りで歩いていた。
「おいっ! 早く行け! ここにいたら──って、うおおおああああ!!」
真っ先に少女の下に駆け付け、注意を促すが隣からミノタウロスがやってきてそれを阻害する。
「ひっ……」
「くそったれが……。アムズ!」
「おうよ!」
この戦場において何度使ってきたかもしれない必勝を使い、猛牛を殺す。
盛大に肩で息をし、顔についた血をふき取り。
「早く! ここに居たらあぶねえ!」
だが、その一歩手前で女性はミレの先で血の華を咲かせていた。
「な、あ?」
ミレは理解できなかった。
そこで起きた出来事を。同時に。
「ごっ……!」
どさっ、と。
何かが倒れる音がした。
その音源はすぐ隣で、アムズが立っていたはずの場所で──。
「あ、むず……?」
ミレの足元に転がってきたのは、見知った親友の首。
騎士になって初めてできた心の許せる友だった。
時には喧嘩したりもしたが、ミレにとっては数少ない友人と言える一人だった。
「う、おおおおおぉぉぉぉ!!」
頭が沸騰した。
訳も分からずアムズを殺した猛牛の背中を狙い、首を落とす。
周りを囲んでいた魔獣たちも全て。
殺戮が終わり、返り血がミレを着飾る頃。
「ああ……」
ミレは愕然とした。
周りの状況に今更ながらに気づいた。
第二陣、ほぼ壊走状態。生き残っている者は少なく、抵抗はしているものの猛牛達が囲めばケリがつく。
首を回せば死体。
左を見れば、胴と首がくっついていない死体。
地獄とはまさにこの光景の事を言うのだろう。
火の魔法が住宅に燃え移り、周りには死体が転がっている。
「あ、ああああっっ!?」
「ご、ふっ……」
仲間が、死んでいく。
悲鳴が辺りを覆っていく。
「なん、で……?」
極め付けに。空が光った。
それは閃光のごとく空を翔け、ミレのいる前線に放たれる。
魔法。それも光属性の。
つまりは、この戦場を放棄した。
戦う騎士たちを無視して、魔獣の殲滅を優先した。
「あ、ああ……?」
直後、光が炸裂した。
「ああああああああ!!??」
誰かの無力な叫びが虚空に吸い込まれていく。
悲鳴が、王都を包んでいくのだった。




