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16話 シルヴィアの物語

 シルヴィアの覚悟から二日後。


 決戦の日はやってきた。


 過去に向き合うと決めた少女の背中は眩しく、尊い。


 内に更なる輝きを秘め、その場へと赴いた。


 朝焼けの光を浴びる中、廃墟と化したそこには一人の青年がいた。


 間違いなく、あの時の青年。シルヴィアの心を揺さぶった事件の生き残りだ。


 荒涼とした世界を駆け抜ける風。それは冷たく、三人の心に浸透していく。


「来たか。シルヴィア」


 瞑目するように目を瞑っていた青年は、少女の到来にうっすらと微笑む。


 待ち望んだ決着の時に、ただ喜ぶ。


 至高の時間。


 互いの意思をぶつけ合い、思いの丈が強いものが勝つ決闘。


 誰にも邪魔されてはならない勝負の中に異分子が一つ入り込んでいた。


「で、君は何の用かな」


 青年はシュウを見つめ、呟く。


「見届けに来たんだ。シルヴィアの戦いを」


 短くそう答えるシュウ。

 

 その言葉が信じるに値するかはシュウの姿を見れば明白だった。


 剣も、何も持っていない。


 とはいえ、それだけで警戒を解くほど青年も甘くない。


 いつだって賑わい癖の強かった第143期で過ごし、培われた勘は並ではない。


 もしかしたら、何か仕込んでいるかもしれない。その考えが彼から警戒を奪わない。


 だが。


「安心しろよ。俺はこの戦いに介入する気はさらさらない」


 当の本人であるシュウに言われれば、青年も納得せざるを得ない。


「本当に、かい? 僕としては少々怖い。一世一代の大勝負を邪魔されるのは、ね」


 警戒心を捨てずシュウを見据え、奥の手はないのか。


 そう尋ねてきている。


「ないよ。あるわけがない」


「本当に? 君の事は聞き及んでいる。君には戦う力はない。であれば、君が得意とするのは助っ人を呼ぶことだ」


 シュウの弱点を知り、彼が取りうる選択肢を言い当てた。


 シュウは疑い深い青年に手を上げ、降参のポーズを取る。


「だから、何もないって。神に誓ってそれはない」


「それを信用する根拠は──?」


「簡単だよ」


 シュウは不敵に笑い、宣言する。


 未だシルヴィアを信用しない誰かに向かって。


 シルヴィアの性格を知っていれば、自分一人で乗り越えようとすることぐらい分かる。


 最もシルヴィアの輝いていた世界で過ごしていた青年に向かって、怒りをぶつけるように。


 高らかに宣言する。


「これは、シルヴィアの物語だ。俺の介入する余地なんて、どこにもないさ」


 これから起こるのはシルヴィアの物語。彼女の過去に決着をつけるための戦い。


 そこに土足で足を踏み入れるほど傲慢ではありたくない。


「ま、二日前はそうだったけどな……」


 二日前、シルヴィアと話したとき。


 あの時シュウはシルヴィアのけじめを無粋にも邪魔しようとした。


 シルヴィアのために。


 そんな都合のいいことを言って、彼女をダメにしようとした。


 いつか、罰は受ける。


 だからこそ、もうシュウは邪魔してはいけない。


 過去に立ち向かう一輪の花が咲き誇るのを。鳥が飛び立つのを。


「──なら、大丈夫だと信じよう」


 青年もそれで納得する。


 そして、ようやくシルヴィアと青年。


 過去の因縁と、対峙する。


「別れは済ませてきたか?」


「別れ?」


「当然だよ。君は今日、僕に殺されるんだ。そのために準備は整えてきたつもりだ」


 優しそうな目は吊り上がり、敵意を露に接する。


だが、シルヴィアは臆することなく一歩前に踏み出す。


「残念だけど、私はまだお別れを言うつもりはないよ」


「──ああ、不愉快だ」


 揺らぐことのないシルヴィアの意思に接触し、目障りだと断固する。


「なんだ? その目は。あの時の意思はそんなものではなかっただろう? もっとか細くて折れそうだったのに……それじゃ、あの時と同じじゃないか……!」


 忌々しそうに、呟く青年。


 市場にて出会った時、確実にシルヴィアは揺れていた。


 吹けば飛んでしまうものだっただろう。


 だが、輝きは勢いを増し、もはや太陽の様に光り輝く。


 あの時──シルヴィアが第143期を受け持った、おそらく世界で最も輝いていた時代。


 その輝きに触れた当時の誰かは、似ていると言った。


「どこまでも……嘲笑いやがって……」


 唇の端を力の限り噛み締める。


「始めよう。私は覚悟は出来てる」


「いいよ。こっちも君を血祭りに上げる準備は出来てる」


 シルヴィアが剣を抜き放ち、青年が外套を脱ぎ捨てる。


 案の定、外の空気に触れるのは異形の腕。


 赤黒いミノタウロスの腕。


 自ら禁忌に手を染めた復讐の妄念。


 覚悟を決めた『英雄』と、瞳に復讐の炎を宿した青年の激突が始まる。


 誰にも止めることは出来ない、許されない。


 今、決戦の火蓋が切って落とされようとしていた。




















「──?」


 その直前。


 シルヴィアが何かを感じ取ったのか、辺りを見回す。


 四隅に立ち上がる光の塔。


 それは結界の端を表すもので──。


「ああ、安心してほしい。あれは別に人体に影響を及ぼさない。ただ特殊な効果がかけられている」


「どんな効果を──」


「この場に立っている二人のうちのどちらかの死が確認されなければ、この結界からは出られない」


 驚愕の事実にシルヴィアは目を見張り、シュウは顔を歪ませる。


 どちらかの死が確認されなければ解けない、いわば呪いの様に醜悪なもの。


 これはシルヴィアにとって最大の足枷になる。


 優しすぎるその心を逆手に取られた。


 相手も理解しているのだ。


 シルヴィアが人を殺せるわけがない、と。


 だからこそ、最悪の条件を取り付けた。


 シルヴィア・アレクシア。


 『英雄』の後継者を殺すための最善の一策。


「お気に召したかな、この演出は」


 今も大気を覆っているだろう結界を愛おしそうに眺め、青年が呟く。


「一つだけ、聞かせて」


「なんだ?」


「この結界は、壊せるの?」


 見えないはずの結界を指さし、青年に結界を破壊できるかを尋ねる少女。


 当然、シュウが敵であればそれをばらすことなどしないが──。


「まさか、この結界を壊すつもりか? いやいや、天然はいらないんだよ、ここではね」


「──む」


「いや、シルヴィア。悪い。俺も何言ってるんだ、って思っちゃった」


 天然と言われ、若干頬を膨らます少女だがその意見にはシュウも賛成だ。


 この結界。


 素人であるシュウが見ても分かる。これは魔法の類だ。


 どれだけの魔力が籠められているかで威力が違くなるのだが、恐らくシュウとシルヴィアでは壊せるような術はない。


「壊せるわけがない。もし、魔法でも使えれば結界を壊せたかもしれないけど、君たちには魔法は使えない」


 あっさりと弱点を明かす青年。


 その態度に浅はかと言いたいところだが、確信しているのだ。


 シルヴィアがこの結界を壊すことが出来ない事を。


 その評価は正しく、シルヴィアを含めシュウもこの結界を壊せない。


「ついでに言えば、出入りも不可だ。結界が解けない限り、ここからは出れない」


 つまりは閉じ込められた。


 シルヴィアがかの青年を倒さない限り、シュウもシルヴィアもここに閉じ込められたまま。


 運が悪ければ何日も解けず、死に至る。


 道が一本に集約されている。


 目の前の青年を倒す方向にしか、道は続いていない。


 シルヴィアにとって、最大のハンデを生かすためにこれも仕組んだのだ。


 シルヴィアはただ青年を発言を黙って聞き、結界を眺めていた。


「シルヴィア──」


 大丈夫なのか、本当に目の前の人間を殺せるのか、不安に駆られたシュウが問おうとしたが。


「──」


 シルヴィアの強い決意がシュウの目を射貫く。


 ──大丈夫。


 ──だから、見ていて。


 視線はそれだけを訴えていて。


「ああ、くそ!!」


 自らの頭を思い切り殴りつける。


 言ったではないか。信じると決めたばかりではないか。


 なのに、今シュウは疑った。


 そのことを悔やみ、シルヴィアを再度見つめる。


 シュウの力強い視線に気が付き、シルヴィアはうっすらと微笑みを向ける。


 ──ありがとう、と。


「さて、茶番は終了したかな?」


 目の前のやり取りを見ていた青年は、実に退屈そうに言った。


 シルヴィアも言葉は発さず、ただ頷く。


「じゃ、今度こそ始めようか」


 短く、それでいて闘志の籠った声が始まりを告げる。


 サファイアの瞳が輝き、青年の目が復讐に染まる。


 王都での決戦は始まりを告げるのだった。

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