17話 人間の境地
始まりはシルヴィアからだった。
踏みしめていた地が爆ぜ、銀色に彩られた剣は銀色に輝き、世界を穿つ。
それを青年は知っていたかのように、腕を突き出し防御。
それを知ったシルヴィアは止まることなく、次の一手──手首を返し、切り払い。
だがそれも防ぐ。 驚異的、などという言葉では表現出来ないほどの速さで銀閃が閃く。
だがそれを悉くを打ち落とし、次々に迫る剣戟を防いでいく。
傍から見ているシュウでも感じ取れるほどの強さ。
互角だ。
──今のところは、という言葉がつくのだが。
シルヴィアは横着状態を嫌ったのか、飛びずさる。
「どうやら、腕は何一つ鈍っていなかったみたいだ。僕としてはうれしい限りだ」
「──」
「だが、舐めてるのか? あの程度の剣戟を防げないとでも思っているのか? 剣を教えたのは、お前だろう」
声に怒りを込め、激情を露にする青年。
確かに、行動の端々からシルヴィアの残滓が感じられた。
第143期──癖の強い集団であったと聞き及んでいる。
その中の一人。結局は、何かしら優れているところがあったのだろう。
「──知ってる。だから、次はもっと早く行くよ」
風が翔けた。
一瞬で間合いを詰めたシルヴィアは剣を後方から這わせ、斜めに切り結ぶ。
勿論、それにも反応して見せ青年のポテンシャルをまざまざと見せつけられる。
いや、それよりは。
──体が、覚えてるって感じか……?
シルヴィアに訓練を受けたものの一人であり、シルヴィアの剣技は恐らく割れている。
そして、何よりの懸念材料は──。
「そんなに僕の腕が気になるか?」
シルヴィアとシュウの視線に気づき、青年は誇示するように見せる。
未だ全貌が明かされない腕の力に、シルヴィアも警戒を解いてはいなかった。
「気になるなら、そう言ってくれればいいのに。──見せてあげるよ、シルヴィア。これが、君を殺す力だ」
魔力が、集まっていく。
空間の魔力が一斉に、青年の方へ──いや、正確にはその腕に。
周りの魔力を吸い、膨張する異形の腕。
青年が無造作に、無秩序に、無遠慮にその腕を振るう。
空間がよじれた。
引き裂かんばかりの風圧。魔力の一斉放出。それらがシュウの肌を掠め、何もない空間へと引き込まれ──遠方で爆発。
注意してみれば、王都を囲っていた山の天辺。そこが抉れていた。
「どう? ま、今の攻撃を何発も撃てるんだったら苦労はしないんだけどね。さすがにチャージが必要だ」
遠方で爆ぜた地に気を配りつつ、青年は語る。
「でも、人一人殺すのにこの威力はいらないからね」
いっそ邪悪な笑みを向けて。
シルヴィアを威嚇する青年。
だが、それらを受けてなお、輝きは失われない。
「──行くよ」
低い声音で合図があった。
剣をだらりと下に下げ、獲物を取る以前の獣の様に眼光を細める。
今の今まで青年の顔に張り付いていた余裕は、かき消える。
「──来い。地獄を見せてやる」
短い返答があった。
異形の腕を携え、怒りの双眸でシルヴィアを見据える。
互いに相手を見据え、膠着状態に入った。
二人の間を朝の冷たい風が吹き抜け、森が揺れ──。
次の瞬間には、シルヴィアの姿は消えた。
シュウですら見えない程の動き。
だが、青年は確信を持ってシルヴィアの剣を受け止めた。
しかし、それでは止まらない。
「──な!?」
青年の驚愕の声が聞こえる。
斬りつけた勢いのまま、回転。──駆け上がった左足が青年の頬を直撃し、吹き飛ばされる。
剣が閃き、更なる追撃が青年に迫る。
その寸前。今度は青年の腕が光る。世界を爆破する一撃がシルヴィア目がけて射出された。
チャージしていないのにも関わらず、目を見張るほどの威力。
それをシルヴィアは地を蹴り空中を舞い、回避。その一連の行動には美しさがにじみ出ている。
正に戦場の戦乙女が如き進軍を続け、青年の喉元に剣の切っ先が迫り──。
それすらも予想していたかのように身を捻り、後方へ回転。剣の軌道は喉元から空虚へと変換された。
地を踏みしめる音が同時に響く。
一瞬の合間。距離は剣では届かない。
好機と悟り、腕より魔力が凝縮され放たれ──。
「──っ」
初めてシルヴィアの顔に焦燥が浮かぶ。
既に打ち出された一撃。退避の道はなく、時間すら与えられない。
逃げ場など何一つない空間で、青年は勝利を確信し、シュウは唇を噛み締め、シルヴィアは──。
舞った。
地を蹴り、唯一の逃げ場の空中へと逃げ込む。
だが、それはシルヴィアの誇る速度を殺すもので──。
「──おいおい、嘘だろ……」
シュウは信じられないものを見たように嘆息する。
視線の先、そこでシルヴィアは真っすぐに翔けた。
逃げ場がないのなら真っすぐに進むという選択肢を選び取ったのだ。
「残念だったな!? 空中なら逃げられないだろう!?」
シルヴィアの剣が届く前に、青年の腕が光り輝く。
致死の攻撃がシルヴィアに幾度とも知れない死を告げる。
だが──。
「なっ!?」
青年の予想を上回る行動に打って出る。
逃げられないと悟ったシルヴィアは剣を後ろに下げ、踏み台として横に逃げる。
シルヴィアほどの実力と判断能力、反射神経。どれか一つが欠けてもこの芸当は完成しない。
予想外の行動を目の当たりにした青年は顔を真っ赤にして、激情のまま叫ぶ。
「くそ、が! ふざけやがって……!」
圧倒的な才能の違い。
剣士としての格、騎士としての判断の良さ、何もかもの差を見せつけられ、今までにないほど怒り狂っていた。
シュウの目からすれば、対峙する青年も決して弱くないように映る。
だが、それ以上に。シルヴィアという人間が跳び抜けている。
これが、限界を極めようと足掻いた誰かの努力の結果。
憧れた背中に追いつこうと、必死に限界を突き詰めた誰かの咆哮。
人間の至れる最後の境地──シルヴィアはそこにいる。
「いつだって、そうだ……お前は、いつだって嘲笑うかのように超えていきやがる……!」
「──」
「お前は、人間が努力して到達する所を、簡単に踏み越えていきやがる……!」
彼らが辿り着いた場所を軽々と超えるシルヴィアに、憎悪がぶつけられていく。
「どうして、そんなにも人間の矜持をぶち壊すんだ? お前は強いよ。だから、イラつく」
並みの人間では辿り着けない居場所。
そこに佇んでいる少女を貶めようと、青年は叫ぶ。
怒りのままに髪の毛を掻き毟り、ミシミシと腕を鳴らせる。
「あの時だって、そうだ。僕たちを見捨てて……、どうだよ、『英雄』。僕たちを捨てて、選んだ道は最高だったか?」
呪いに侵され、炎に身を焼かれ、無念を叫んだ同胞がいた。
国に尽くし、挙句の果てに見捨てられた仲間たちがいた。
彼らが消えた世界で、シルヴィアは深く傷ついた。
見捨てる選択肢を選ばざるを得なくなり、その先で苦痛に悩まされた。
「僕は憎い。僕らを見捨てたお前が。こんな最後を押し付けたこの国が。破滅の運命を押し付けたこの世界が」
だからこそ、復讐なのだ。
彼を取り巻く全てに終焉をもたらす。
それこそが彼の復讐。
少女の知己である青年の末路を、シルヴィアは悲しそうに見つめて。
「──終わらせるね」
シルヴィアが呟く。
生きながらえた彼に。彼を取り巻く環境全てに。
剣が閃き地が爆ぜ、光の弾丸となって突貫する。
間違いなくシルヴィアが出せる限界。そこに足を踏み入れた速さを持って。
運命に翻弄された哀れな青年に終わりを告げる。
「ぐ、おおおおおおお!!」
反応すら許されない剣技に青年が咆哮。
腕から射出される魔力の塊がシルヴィアの体を掠め、後方へ逸れる。
そのまま青年の懐に潜り込み──一閃。
「ぶ、あ!?」
青年の悲痛な叫びが耳朶を震わす。
同時に響くのは鈍い音。そして、赤。根元から異形の腕が切断された。
迸る鮮血を剣で受け止め桃色の髪が風に靡き、揺るがない決意を宿したサファイアの瞳を露になる。
後方へ飛んでいく赤黒い腕。
「──は?」
シュウは目の前で起きたことが理解できなかった。
「──っ」
シルヴィアも目の前の出来事に目を見張る。
切断された腕の面。
そこから噴出するどす黒いナニカ。
「うわああああああああ!??」
怒りが、闇の奔流が、青年の頭を、心を埋め尽くす。
徐々に闇は体を覆い、体の各所が変化していく。
そして。
──シュウはこれを知っている。
青年を蝕み、心を変えていくのは、願いだ。
それを、直感的に悟る。
どこで見たかは知らない。
だが心が、魂が危険だと警告している。
王都の高台で。
「意志や願い、祈りは容易く人間を変える」
包帯を巻いた誰かは呟いた。
自らの過去に照合させ、懐かしむように言った。
「過去において、それは実証されているものだ」
世界を変えた人間たちは皆、願いによりそれを変えていた。
「で、あれば」
数十人ほどの願い。
一人の願いだけで変わるはずの魂は、どうなる。
余りにも過剰な願いは、人を変え、世界を破滅へと誘う。
「私が見つけ出した秘術。現代において再現が不可能であると推測されてきたそれは、意志の力によって再現が可能だ」
失われたはずの秘術。
一人の人間を魔物へと変貌させる最悪の呪い。
貧民街の一角で、変貌を遂げる誰かの咆哮を見て、口角を吊り上げる。
「私の説は正しかった。人の願いは時に、身を滅ぼすと」
身を翻す。
もう、これ以上は興味がないと言わんばかりに目を背ける。
「君は最初からこのために育て上げた。だから、もういいよ。──ここで血の花を咲かせたまえ」
その寸前。男の喉元──そこに剣が突きつけられていた。
「ダンテ・ウォル・アルタイテ。『大英雄』か」
取り乱すことなく、淡々と告げる。
対して、不敵に笑うダンテは。
「よお。お前が、数年前からの魔族がらみの首謀者だな?」
確信を持って、包帯男に悪ガキのような笑みを向ける。
「そうであれば、どうする?」
「決まってる。お前を殺すだけだ」
剣を振り上げ、止めを刺そうとするダンテに、包帯男はただゆっくりとベールを脱ぐ。
「──な」
「全く、酷いものではないか。旧知の仲に、剣を向けるなど」
「て、めえは死んだはずだろうが……!」
気安く話しかける包帯男に、ダンテが忌々しそうに呟く。
日の出が見える高台にて、もう一つの戦いが起ころうとし、不思議になことに高台は輝きを帯び始めていた。




