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13話 父親として

「それじゃ、遠慮なく。今、シルヴィアが苦しんでる過去ってのは何なんだ?」


「──ほう? まず最初に他人を優先させるか。ま、別にいいが」


シュウが引っかかっていること。


その中の一つ。


シルヴィアが立ち止まっている過去の事。


彼女が今どんな苦しみを味わい何を思っているのか、その一端でも知りたい。


その欲が、口をついて出た。


「──シルヴィはただ強くなりたいと願った」


「──」


「実際の所、俺はシルヴィに戦う術を教える必要はないと思っていた。そんなことよりも普通の人間として過ごして、結婚して普通に生きてくれればよかったんだ。ま、これも俺の身勝手な願望なんだがな」


 だが、普通の少女として生きるにはきっと世界が狭すぎたのだ。シルヴィアという少女は枠に収まりきる器でない事ぐらいシュウだって分かる。


「だけど、まあ当然っていうか。剣はシルヴィを離さなかった。誰よりも才能に恵まれて、それ以上に輝いていたからかもしんねえな。俺とは違った答えを出してくれるって」


 誰よりも才能に溢れ、それに溺れることなく自らを磨き上げた。


 戦うことではきっと最高の未来を掴みとれることは出来ない。誰もがその道を取って破滅を導いてきたのだ。ダンテもまた同じなのだろう。だから、自分とは違った答えを出してくれると期待したのだ。


「だけどまあ、案の定誰もが通る道をシルヴィは避けられなかった」


 剣術を教え、体術を教受し、強くなるための術を与えた。


 いつの日か、シルヴィアが決断を迫られた時にダンテとは違った答えを出せるように。


 だが、結局は変わらなかった。


「騎士になって、数週間たったころか。初任務を命じられた」


「初任務……?」


「ああ。つっても、所詮は見習い程度の奴らだ。大した任務じゃなかった。──そのはずだった」


「なんか、あったのか?」


「ああ。最悪だよ。まさか、魔族の連中があそこら辺に蔓延ってたとはな」


 任務の途中、以前王都で相対したような魔族の力を取り入れた最悪の敵。


 それに遭遇し、シルヴィアを除く全員は全滅。


 それがシルヴィアの心を蝕んでいる事件。


「お前でも分かるだろうが、シルヴィは優しい。それは長所でもあり、同時に弱点でもあった」


 優しい。


 それ自体は単なる長所で終わる。


 だが、度を過ぎればそれは弱点へと成り替わる。


「それ以来、あいつはほとんど笑わなくなった。常に張り詰めて、思いつめた表情をするようになった」


 だから、ダンテは驚いたようだ。


 笑わなくなったはずのシルヴィアが、シュウの前では普通に笑っていることに。


「俺にゃシルヴィが抱えてる何かを察することは出来ても、どうにかすることは出来ない。見守ることしかできない」


 悔しそうにそれでいて子供の成長を見守る親のような表情を見せ、続ける。


「こういう時、親ってのはくその役にも立ちやしねえ。大体は子供が自ら乗り越えるんだ」


「──過去を、乗り越える?」


「そうだ。そんで俺らは見守って、背中を押すぐらいしかできない。俺にはそれも、出来やしねえが、な」


 シュウが怪訝そうに聞き返すと、ダンテは自嘲気味に言う。


 だが、シュウは。


「──乗り越える必要は、ないんじゃないか」


「あん?」


 シュウの口から出た言葉に、ダンテは耳を疑う。


「だって、苦しいんだろう。辛いんだろう。乗り越えられない出来事にぶつかって、何があるんだ?」


 そもそも過去というのは終わった物語であり、どうしようもない出来事。ならば今更過去をどう思おうと関係はないのではないのか。


 終わった出来事に足を取られるのはただの本末転倒でしかないのだから。


「何を……ああ、そういうことか」


 苦しいなら、辛いなら、乗り越える必要はない。


 部屋の中で閉じこもっていればいい。


 それなら、苦しい思いも辛い目にも遭わない。


「それじゃ、お前は信じてないのか? シルヴィアが乗り越えることを」


「それは……」


 痛いところを突かれたと言わんばかりに目を伏せるシュウ。


「お前がどう思ってるかは、知らねえが……俺は、シルヴィアを信じてる。あいつが乗り越えるって信じてやまない。だって、当然だろ。親ってのは、子供を信じるもんなんだから」


「──」


「あとは、乗り越えることを心の底で願ってるよ。──で、他に聞きたいことは?」


 話を強引に終わらせ、ダンテは次を要求する。


「『英雄』ってのは、何なんだ?」


 この世界来てから幾度なく聞いて来た『英雄』という単語。


 その意味も、どうしてそう呼ばれるようになった理由もシルヴィアから聞き及んでいる。


 だが、未だ分からないのは。


「『英雄』が二人いること。シルヴィアの場合は後継者ってなってるが、どうみても人間の力を超えてるように見える」


 シュウにはシルヴィアの速度があれ以上上がると思っている。


 だが、腑に落ちない。


 『英雄』。


 それは果たしてただの称号なのか。


 あるいは──。


「お前の察しの通り、『英雄』には代々特別な力が与えられる。それこそが『英雄』を特別たらしめている理由だ」


「特別な力……?」


「そう。代々受け継がれてきた力。それが希望となる」


 シュウの睨んだ通り、『英雄』には特別な力が受け継がれるようだ。


つまり、シルヴィアもその恩恵を受け取っているわけで──。


「おい。結論を急ぐな。まだ話は終わってねえ」


「ほかにも何かあるのか?」


「ああ。そいつには明確な線引きがあってよ。俗に言う『英雄の一族』こそが優先されるらしい」


 『英雄の一族』。


 『英雄』力を優先的に受け取り、その力を持って世界に貢献し続けてきた一族。


「だが、そいつらはあまり家名を明かさねえ。当然だ。圧倒的な力がたった一つの血族に優先されるんだからな」


 万が一、それが漏れて一族の血を引く者を誘拐されたら。


「もし、その血縁が他の国に行ってもみろ。即刻捕まって、『英雄』が無償でそっちに行っちまう」


 だから、明かさない。


 この国の最高戦力を明け渡すわけにはいかないのだ。


「シルヴィアは、その力をちょっとばかし受け継いでるってわけだ。完全じゃない。ほとんど人間と同じだ」


「人間と同じ──?」


 あの目を見張るほどの戦闘力が、人間の至れる境地。


 自らを限界まで磨き上げ、そこに達した。


 その事実にシュウは軽い戦慄を覚える。


 冷や汗を流すシュウにダンテは言っただろう、と言わんばかりの顔で。


「だから、言っただろうよ。シルヴィには天賦の才能があるって」


 ダンテが言った本当の意味が理解できた。


 『英雄』の力もなく、ただ一人の人間でそこまで至れるほどの才。


 圧倒的、などという言葉は生温い。


 文字通り、次元が違う。


 シュウはごくりと、喉を鳴らして。


「そのことは、シルヴィアに?」


「いんや。まだだ。あいつが乗り越えたら話そうと思ってた」


 ゆっくりと背伸びをし、そう告げるダンテ。


「そう、全部。あいつが知らない全部を話そうって、心に決めてた。──が、運命は如何せん許さなかったわけだ」


 今日出会った青年。


 あれこそがシルヴィアの乗り越えるべき対象。


 過去の過ち。


 シュウには分からない。


 どうして、自ら窮地に追い込まれようとするのか。


 シュウには理解できない。


 シュウにとって過去は終わった出来事であり、目を離す事柄。


 そこに乗り越えるべき何かも、何もありはしない。


 だが、ダンテは違うと乗り越えた先に見えるものがあると言ってくる。


 その真意をシュウは察せない。


 あるいは、理解することを放棄しているのかもしれない。


 そうすることで、ちっぽけな──を守ろうと。


「──?」


 思考に空白ができたことを疑問に思うも、すぐに消えてしまう。


 こういうことは何度もあった。


 思い出そうとして、空白を知ろうとして手を伸ばし、そして何も掴めず終わること。


 珍しいことではない。


 特にこの世界に来てから頻繁に起こっている。


「ま、そんなとこでどーよ。今日のとこはこれでお開きだ」


「あ、ああ。こっちとしても聞きたいことはまだあるが……それでも、有意義な時間だったよ」


「そうか。なら、契約の件はよろしく頼むわ」


 どこまでも愉快そうに笑って、そこから去っていくダンテ。


 橙色に鮮やかに輝く光はシュウの背中を熱く照らしづつけていた。
























 世界の裏側。


 世界の中心にて。


 一人の少女が漂っていた。


 黒髪、黒瞳。


 世界で忌み嫌われている最悪の色。


 その少女は未だ黒く輝いているそれを見続け、嘆息する。


「本来、この場でシルヴィア・アレクシアとササキシュウは出会わなかった」


 様々な記憶が渦巻く世界で、少女は呟く。


「これは定められた運命じゃない。これは異常事態(イレギュラー)


 微かに灯る光を見て、少女は思い出していた。


 3000年前の戦争。


 あの場に──がいたこと自体、ありえないことだ。


「であれば、これは誰の陰謀?」


 世界の中心にいるはずの少女や、そこに宿る意志すら騙しおおす誰かの策略。


 そして、最大の難関は。


「どうして、クロノスは何もしない?」


 知己の対応に怒るように、少女は呟く。


 これから巻き起こるのは世界の記憶にも触れられない、『未知』の世界。


 誰が手綱を取り、誰に運命が絡めとられてるのか、それすら分からない。


 しかし、少女には世界に干渉する権利を与えられていない。


 それを破った先に待っているのは、記憶の消去。


「──信じるしかない」


 だが、それらを吟味して。


 問題ないと、そう判断する。


「例え貴方が世界を滅ぼすとしても、私は最後まで信じます」


 今はまだ弱い輝きを見つめ、信じると言い放つ。


 そうして。


 少女は消去(リセット)された。

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