14話 シルヴィアの気持ち
「ミル。シルヴィアは、大丈夫か?」
ダンテとの会話を終え、シュウは宿に戻ってきていた。
今は太陽は地平線の奥に沈んでおり、煌びやかな光を奏でる月が顔を出していた。
シルヴィアの因縁、過去の過ち。
その象徴である青年と対峙してから約数時間。
昼に出会ったにも関わらず、シルヴィアは未だベッドの上で眠っていた。
青年と出会い震えていたシルヴィアを連れ、ミルがいるはずの宿にすぐさま戻った。
そこで一旦眠りにつかせたのだが、この時間になるまで一切起きていないということだ。
「ええ。とりあえずは。シュウがいなくなってから数十分は酷いものだったわ。取り乱して……」
ミルが僅かに目を伏せながら、事情を説明してくる。
どうやらシュウがダンテとの約束を守り、一人で向かった後。
シルヴィアは何かに怯えたように取り乱したらしい。
ミルでも抑えるのに時間がかかったらしく、他の部屋の人に迷惑をかけたらしいが、なんとか事なきを得たということだ。
普段そんな素振りを見せないシルヴィアが、取り乱す。
シュウには予想も出来ないことではあるが、それほどなのだ。
それほどまでに過去の過ちはシルヴィアの心を蝕んでいる。
「そんなもの、乗り越えられるのかよ……」
先ほどの会話、ダンテの言葉を思い出す。
彼は言っていた。
シルヴィアは乗り越えると。
それを信じていると。
だが、この姿を見て。それでも過去を乗り越えるのが正しい、とそう言えるのか。
シュウには言えない。
「シュウ。それで、どうするの? シュウの話が本当なら、二日後に決闘、があるようだけど」
「それについては、俺が何とかする。しなきゃならない」
シルヴィアがこの調子では戦うこともままならない。
であれば、シュウが何とかするしかない。
そう誓ったではないか。シュウがこの世界に来て、初めての光明が差したときに。
シルヴィアを守ると。
「シュウが? 戦う力もない貴方に、何が出来るの?」
「そりゃ、どっかから戦力かき集めてくるしかない。魔族関係となりゃ、騎士たちも力貸してくれるだろう」
ミルの辛辣な一言に傷つかなくもないが、間違っていることが何もないだけに何も言い返せない。
シュウには力がない。
戦う術も、生き残る術も、何も持っていない。
吹けば飛ぶような弱者であり、自分一人では満足に立ち上がることすら出来ず、戦闘面だって足を引っ張るだけだ。
それが、たまらなく悔しい。
だが、ないことを悲観しても何も状況は変わらない。
「貴方が全部決めようとするのは別に構わないけれど……ただこれだけは忘れないで」
「何を?」
ミルは迷いのない瞳で真っすぐにシュウを見つめ。
「私たちは、シルヴィア様の従者。──で、あれば、私たちが従うのはシルヴィア様。シルヴィア様がどんな判断を下そうと、私たちはそれに付き従う」
「──それが、例えシルヴィアを苦しめるって、分かっててもか?」
「ええ。私たちの主人は、シルヴィア様。どんな決断を下そうとそれに敬意を払うわ」
「それが、間違っててもか?」
シルヴィアだって人間だ。
彼女が間違えないことなどありえない。
だが、間違っていたとしても、シュウ達は背中を押さなければならないのか。
「ええ。言ったじゃない。敬意を払うと。そこに間違いがあろうと、自ら悩み、下した判断は尊い」
「──そうか。やっぱ、合わねえな……」
屋敷で働き始めてから幾度となく口癖のように言っていた言葉。
最近では言わなくなっていたそれを今回ばかりは呟いた。
価値観が違う。
文字通り、シルヴィアを崇拝している。
桁が違う。
例えどんな判断を下そうと、シルヴィアに間違いはないと盲目的に信じている。
「そう? 私は分かり合えると思ってるけど」
「いや、無理だ。俺にはそんなに誰かを信じることは出来ない」
一人の人間である以上、間違えないことなどない。
ダンテであろうと、賢者であろうと、シルヴィアであろうと。
誰だって失敗は犯す。
ここが決定的に分かたれている。
ゆえにミルとこの論争で分かり合えることは、少なくとも訪れる可能性は低い。
「てなわけで、俺は今すぐにでも騎士たちに報告したい頃なんだが……ミルはどうする」
「ここで、シルヴィア様が起きるのを待っているわ。……それに、寝顔を描くのも趣味ではあるしね」
「ほんと転んでもただじゃ起きねえよな、お前」
前向きなのか、それとも馬鹿なのか。
時々分からなくなるのだが、まず変人の類だ。
「ん……」
束の間、静かになった部屋の中で寝息が乱れた声が聞こえた。
「シルヴィア……?」
「シルヴィア様?」
二人が呼びかけ、夢の奥に飛ばされていたシルヴィアはようやく目を覚ます。
「ん、あ……えっと、どういう状況なの、これ」
今の構図は簡単だ。
シュウとミルでどちらがシルヴィアの視界に映るかの勝負をしているだけの話である。
「そっか。それで、私眠っちゃってたんだ」
「いや、別に自分を恨むことはないよ。俺だって、トラウマに遭ったら多分一日籠ってる」
「さすがはシュウね。精神も腐ってるわ」
「なあ、傷つくからやめてくれる!?」
落ち込むシルヴィアを励まそうとシュウが口を開き、その発言に皮肉気に呟くミル。
まさかのコンボが発動し、シュウのメンタルを削りにかかる。
そんな何気ない日常の光景にシルヴィアは小さく吹き出す。
ミルとシュウが言い合い、シルヴィアがそれを後ろから見守る。いつもはシルヴィアが笑い、その光景を目の当たりにした二人が毒気を抜かれたように矛を収める。
今回も例に漏れなかった。
「どうやら俺を使った作戦で笑ってくれたみたいで何よりだ。体の方は、なんともないか?」
「うん、大丈夫、だと思う。正直、本調子ではないけどね」
空元気を振り絞り、無理やり笑って見せるシルヴィア。
「そっか。なら、よかった」
「そうですか。安心しました」
二人の従者は同様の内容を呟き、安堵の表情を浮かべる。
「それで、なんだけどね。明後日の事。二人に話しておきたいな、って。そう思うんだけど、どうかな」
シュウとミルが気をつかって遠ざけていた主題にシルヴィアは切り込んでくる。
余りの特急ぶりにシュウはたじろぎを見せるが、溜息をついて。
「ああ。いいよ。俺もその話について、言いたいことがあったんだ」
「問題ないありません」
シルヴィアの提案に、シュウは同意し、ミルも賛同する。
「今日の事、ミルはシュウから聞いてる?」
「ええ。状況は概ね。シルヴィア様の因縁と相まみえたと、そう聞き及んでいます」
「因縁ってほどじゃないんだけど……昔の、友人なのかな。その人が生きてて、私を狙ってきた」
「シルヴィア、辛いなら話さなくても……」
「ううん、ありがと。心配してくれて。でも、大丈夫」
苦しそうに語るシルヴィアに、シュウは思わず心配の声を投げかけるが、シルヴィアはそれを制止する。
「あの時の事は、今でも時々夢に出てくる。痛くて、悲しくて、辛くて……そんな夢を見るの」
視界を包む赤。体を蝕む呪い。
それらが彼らの命の魂を削っていく様をただひたすらに見るしかない。干渉することは許されず、命が奪われるのを観察するしかない。そんな悪夢を何度も見ると、シルヴィアは言った。
「シルヴィア。そのことについてなんだけど……もし、辛いなら、俺が代わりに行こうか?」
シュウのその提案にシルヴィアが目を見張る。
辛いなら、誰かが肩代わりすればいい。
そのためにシュウがいる。
だが、シルヴィアは。
「ありがとう、シュウ。──でも、それだけは止めて」
「え……?」
強い語調でそう言われ、シュウが固まる。
「シュウのその気持ちはうれしい。でも、これは私が向き合わなきゃいけない問題だから」
月の光を背中に受け、確固たる決意をシュウに向けてきたのだった。




