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10話 彼らの描くシナリオ

 ガイウスは先ほどの言葉を聞き、ただ瞑目していた。


 初撃はこちらにやる、そう言わんばかりに攻撃する気がない。


 シュウの脳裏に思い描くは攻撃の構図。


 しかしどんな攻撃を与えようとしても、どんな筋道を辿ろうともそれが通る道が何一つ見えない。


 ──大きい。


 大きすぎる。目の前の存在の強さを、対峙する事によってようやく理解する。


 それに、シュウは今日こんな事をしに来たのではない。


 任命式、貧民街の現状、そしてシルヴィアを守りたいというその身には余る願いを秘めた。


 ならば、この状況で取るべき選択肢はなんだ。


 シルヴィアの従者として、自分が取るべき行動はなんだ。


 闘うことか。


 目の前の脅威に立ち向かい、無様に敗北する事か。


 逃げだすことか。


 目の前の脅威に怯え、尻尾を巻いて逃げ出す事か。


 勝つ選択肢は与えられていない。


 シュウは別にガイウスの力を見た上でそれでもまだ勝てる、などと思う楽観者ではない。


 だから、取りうる選択はその二つ。


 どちらを選んだとしても、結局シルヴィアの顔に泥を塗る結果となる。


 ──だからこそ。


「こいよ。ガイウス。かっこつけた風に気取ってんじゃねえ。さっさと倒しちまえばいい」


 挑発に打って出た。


 それに乗る確率は正直そこまで高くない。


 だが、これしか選ぶことは出来ないのだ。


 しかし、それを受けても青年は揺るがない。


 それどころか、そんな言葉を吐いたシュウに哀れみすら持って。


「まさか、剣を持って戦ったこともないような者に、攻撃をするのはあまりにも酷だろうと思ってね」


「だから、最初は譲るってか」


 甘い。


 そう思わざるを得ない。


 だが、その甘さをカバーできるほどの実力を持っている。


 それが羨ましいことこの上ない。


「それで、どうだろうか。まだ、来ないのかな?」


「そっちから来ねえ限り、俺から行くことはないな」


「そうか」


 シュウの固い意志を知ったのか、短く会釈し、整えられた道が爆砕する。


「──な」


 ──早い。


 傍から見るシルヴィアの速度には及ばないものの、それでも圧倒的に早い。


 先ほどの攻防が嘘のように、嘲笑うようにそれまでの速度を上回ってくる。


 鈍い音。


 木刀と木刀とが真っ向からぶつかった音。


 たまたま出したシュウの剣が、ガイウスの一撃を受け止めた。


 ──否。違う。


 わざとそうしたのだ。


 シュウが遅れて出した剣に敢えて合わせた。


 圧倒的なまでの差。自らを鍛え続けてきた時間の違い。


 それが、シュウとガイウスの間に絶対的な壁となり目の前に立ちはだかる。


 それを察したかどうかは分からないが、ガイウスは後ろへ後退する。


「どうだろうか、次からは本気で行っても?」


「くそ……今ので本気じゃねえのか」


 いけ好かない態度をとるガイウスに恨み言を吐きつつ、ガイウスに攻撃を促す。


「──では、行かせてもらおう」


「──は?」


 気づけば、シュウの鳩尾に木刀の先がめり込んでいた。


 数秒後、忘れていた時間が戻ったかのように、勢いに任せ吹き飛ばされる。


 そのまま壁に激突。


 視界を明滅させ、体のあちこちから悲鳴が聞こえる中シュウはただ一つの事を考えていた。


 ──見えなかった。


 速過ぎて。捉えきれなかった。


 この世界に来て初めてだ。


 王都でのシルヴィアの動きはまだ霞む程度であれど、見えた。


 だが、それを超える速さを──?


 この青年はどこまで速くなる?


 悪寒が、凍り付くような冷や汗が、シュウの背中を伝う。


 感じたことのない恐怖が、シュウに襲い掛かる。


 再び、足場が崩れる。


 先ほどと同じ──いや、それ以上の速度。


 その速度の攻撃を、シュウは防衛する手段を持ち合わせていない。


 木刀を持ち上げて防御しようとするも、間に合わない。


 上がる鈍い音。


 しかし、それは前の鈍い音とは違い、体の骨が折れたような鈍いものだ。


 実質、今の攻撃でシュウの骨が折れた。


 焼けるような痛みと、痛みから引き起こされる気持ち悪さがシュウの思考を奪っていく。


 だが、ガイウスは止まらない。


 腕、足、肘、膝、胸、顔。順番に木刀を当てられ、その度に鈍い音が響いていく。


 音のオンパレード。


 そう言えば聞こえはいいが、実際は骨の折れる音が永遠に続くだけのものだ。


 その光景を見て、騒いでいた貴族や騎士達は静まり返っていた。


 彼らが今抱いているのは恐怖、憐憫だ。


 憐憫はガイウスに目をつけられてしまったシュウに対するもので。


 恐怖は素人であるシュウに対し、本気で戦いに行っているガイウスに向けてだ。


 やがて、音は鳴りやんでいた。


 その場に佇むのは、ただ一人。


 ガイウスだ。


 その白い服には汚れなど何一つ付いておらず、新品同様だ。


 その服を見れば、きっと先ほどまで戦いをしていたなどと分かるわけがない。


 だが、ふと騎士たちは気づいた。


 ガイウスの眼が、未だササキシュウに向いていることを。


「そこまで。ガイウス、これ以上は、危険よ」


 灰色の髪を揺らし、バラのような棘を隠し持った女性。


 ローズが、シュウを庇うように立っていた。


「どいてくれないだろうか、ローズ。これは制裁のだ。王を貶めた彼への罰」


「。それは戦うことも知らない少年を一方的に痛めつけること?」


「──それこそが彼の選んだ道だ。ならば、全力を持って叩き潰すのみ」


 ローズの後ろにいる少年に対峙するために、ガイウスはその先に行く。


 その直前。


 空気が凍った。


 それを殺意だと感じたのは、この場においてごく少数だろう。


「私の能力、分かるわね。──貴方では、私に及ばない」


「ああ、私では届かないだろう。だが、それがどうした」


 静かに闘志を込めるガイウス。


 勝てないとわかっていても、この場では退くわけにはいかない。


 五人将同士の真剣勝負。


 それが行われれば謁見の間どころか、王城さえも持たないかもしれないほどの激戦が予想される。


 だが、実際に起こることはなかった。


 不意に、ガラッと。


 地面の破片が落ちる音がした。


 立った。あれほどの攻撃を受け、騎士ですら気絶するほどの剣撃を受けたにもかかわらず、なお立つ。


 ガイウスはそれを信じていたかのように剣を構え、ローズはその光景に疑問を宿した。


 既にシュウの頭を覆っていたフードは剥がれ、黒髪が露になっている。


 だが、この場においてそれを気にするものはもうどこにもいない。


 互いに無言。


 その場を行き交うのは二人の息のみ。


 視線が交錯する。


 シュウの瞳が陰り、ガイウスの眼が鋭く光る。


 痛ましい音。何度目かも分からない鈍い音。


 だが、未だ倒れない。


 ガイウスは木刀を返し、シュウの手首を狙い──骨が折れる音が響く。


 それでも、まだ抗う。


 まるでこれ以上の痛みを知っているかのように、味わったかのように、何度でも再起してくる。


 ──何のために?


 それを、騎士たちは理解した。


 終わりのない戦い。無意味な戦い。


 それは誤りだ。


 だって、シュウはいつだってとある少女のために──。


 ついにガイウスの一手が容赦なくシュウの顔に突き刺さる。


 そして、今度こそ。


 倒れた。


 もはや、立ち上がることは出来ない。


 シルヴィアは真っ青な顔でシュウに向かい、ガイウスはただ瞑目して──。


 ここに仕組まれた舞台は、幕を閉じた。


「さて、どうだろうか」


 だが、今まさに閉じられようとしていた幕を上げるように、今の光景を見てどう思うだろうかとダリウスが問いかけていた。


 この場の全員に対して。


 戦いが始まる前の眠そうな目つきは既に開け放たれ、王の威厳を漂わせている。


「この戦いを見て、何を感じた?」


 騎士に、貴族に、彼らの心に王は訴える。


「貴公らの眼にはかの少年がどのように映っただろうか。愚かな勝負に挑んだ愚者か、はたまた王に逆らった馬鹿者か、それとも黒を備えた危険人物か」


 人間の心に植え付けられている黒への恐怖。


 それを今更ながらに忠告を促すダリウス。


 いつもなら厳しく罵声を送るはずの貴族は押し黙り、騎士たちは静観している。


「──否、否だ。私には、意地を貫き通した大馬鹿者に見える。何の意地か、決まっている。自らの忠誠を尽くすべき相手──その者に忠誠を尽くした」


 ダリウスは歴代の王と比べ、あまりにも聡明だ。ゆえに他国の宰相との交渉にも一歩も引けを取らない。


 彼がいなければ、隣の商人国と宗教国家と和平を結ぶことは不可能だったと言われるほどに。


 だからこそシュウが何のために戦い倒れたのか、その意味を最初から理解していた。


 いや、正しくはそうなるように誘導したのだが。


 ダリウスにとって、シュウが剣を振るわなかったのは誤算だった。


 だが、問題はない。


「忠を尽くすために、自らの主を想い選択をした」


 謁見の間に、王の声が響き渡る。


「その行いは尊く、誰にも貶められるものではない」


 ガイウスはただその声を聞いていた。


「認めようではないか。勇気を示した少年を」


 無謀な賭けに挑み、道を切り開いた少年に掛け値なしの称賛を送る。


 それはつまりササキシュウを認めたということで。


「さて、皆は知っているだろうが、この国にはこの世界には黒を忌避し、禁止し、貶めるような法律があり、暗黙の規則がある」


 そして、貴族達はこの戦いの意味を知る。


「この場にいる少年は黒髪だ。だが、それだけでこの少年を貶めることが出来ようか。主を真に想い、行動した少年を法律だからと、自分が恐れているからと裁くのか」


 少年は体を張り、『英雄』の後継者たるシルヴィアの立場を守った。


 あの場での攻撃は、王への反逆であるとそう解釈したのだ。


「もう一度、皆に問いかけたい。この少年をどう思うだろうか」


 黒。それは今もなお人々の胸に深く刻み付けられている。


 その恐怖と、全ての人間が戦っている。


「私は、今日ここに宣言したい。──黒を差別する法律は今日でおしまいだ。我らは、世界に居る黒を受け入れよう」


 世界に確認されている黒の髪、黒瞳、それらを受け入れる覚悟を示す。


 だが、それは世界の国に逆行する態度で──。


 何より、国民が許すはずがなく勝手な説明もなしに決めた国王を許すはずがない。


 しかし、そんな心配は杞憂に終わる。


「今日の任命式は、王都全体に放送されている」


 王都全体に張り付けられた監視カメラのような小型魔法道具──そこから、ここでの事件を放送していた。


 全ては、王の計画通り。


 もはや反論する者は誰もいない。


 あれほどの覚悟を示したササキシュウを、全員が認めた。


 王の思惑通り黒への恐怖は残っているものの、平等への一歩を歩み始めた。


 これが、世界に伝播すれば世界は真の意味で平等へ近づく。


 それが、王の真意。


 それを知り、苦渋の末に協力したのがガイウスだ。


 全ては掌の上。


 だが、所詮はそれも上辺でしかない。


 今後何かを起こせば再び黒は失墜する。


 全ては今後次第。


 だが、王は疑っていない。


 ダンテがあれほど押した少年を。自ら赴き、その瞳に宿る全てを見て。


 彼ならば、何かでかいことをやってのけると。


 そう、信じている。


 貴族達の呆気に取られた顔を晒され、こうして波乱だらけだった任命式は終わりを告げる。


 一歩、また一歩と。

 

 絶望は進んできていた。

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